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発展する中国の顔
その3
2002

ハルビン駅から臨む市街風景。
ハルビンは959万人の人口で、
人の数は東京なみ。
中国には500万人を超す大都市がたくさんある。
中華人民共和国
第10次5カ年計画主要目標一覧
(2001年〜2005年)
●経済成長率            7%/年
●GDP(2000年度の物価を基準に計算)12.5兆元(約187.5兆円)
         ※参考日本513兆円/米1196兆円(2000年)
●国民一人当りのGDP       9,400元(約14万1000円)
●都市部登録失業率         5%以下
■経済主要目標
●GDPに占める各産業の割合     (2000年)
      第一次産業     13%(15.9%)
      第二次産業     51%(50.9%)
      第三次産業     36%(33.2%)
●社会全就業人口に占める各産業の割合
      第一次産業     44%
      第二次産業     23%
      第三次産業     33%
●都市部の新就業及び農業余剰労働力などの新増労働力
              4,000万人
■科学技術・教育の主要予期目標
●全社会研究と開発経費のGDPに占める割合 1.5%以上
●就学率
      中学校       90%以上
      高等学校      60%
      大学入学率     15%
■発展の予期目標
●人口自然増加率        0.9%以内
●全国総人口          13.3億人以内
●森林比率          18.2%
●都市部の緑地率        35%
●廃棄物廃棄総量(2000年比) ▲10%
■国民生活レベル主要予期目標
●都市部の収入成長率     5%/年
●都市部平均住宅建築面積   22平方m/人
●全国有線テレビ加入率     40%
出所■2001年3月5日付『新華網』

紫禁城で清時代の服を着て
記念写真を撮る少年

天安門広場を散歩する北京市民たち

北京の北海公園の中の伝統
宮廷料理店の呼び込み女性

万里の長城は中国全国、また世界からの観光客でいつも賑わっている


西安の街角で胡弓を弾いて日本
への学資の寄付を募る女子学生
アジア短信メモ
●フィリピン
ミンダナオ島に3500mの滑走路の飛行場を計画
近くの港湾に日本のODAによる建設
中国大規模港湾建設改修計画アプローチでこれを牽制

●ラオス
陸路で中国から大量輸送物資
●ラオスの木材
ビルマの材木、ラオスへ持ちこんでさばく。ビルマ政府軍・カレン軍・ワ軍・タイ軍全部が参加して、ビエンチャンへ運ぶ

●中国
外貨溢れを日本のODAと同じで大規模援助
タイのサタヒップ軍港湾の発電施設建設に援助をもちかける
●西安
郊外にボーイングの小型機の生産工場
北京の
焼きいも

坂本 惠
北京留学便り 2

 北京の冬は焼きいも≠ニともにやって来る。
 季節の変わり目が極端な北京では、「もうすぐ本格的に寒くなるぞ」という前ぶれがない。いきなり冬がやって来るので、北京での生活に慣れていない留学生は、慌てて冬支度をする人が多い。そのような中で、冬の到来を早めに予測させてくれるのが焼きいも≠ナある。街角で焼きいも屋を頻繁に見かけるようになると、冬が近いという合図になる。
 焼きいも≠ェ好きなのは北京でも圧倒的に女性。一見日本の焼きいも≠ニまったく同じだが、食べてビックリ。日本のものより、やや甘味が多く、いもの肉厚もあり、色はオレンジと黄色を混ぜたような濃厚な色、そしてとても水分が多くしっとりしている。日本の焼きいも≠ェホクホクならば、北京はややねっとりという感じで、喉につかえる心配もなく、食べる時に飲み物がなくても大丈夫。
 北京の焼きいも屋は自転車の横にドラム缶を装着した特別仕様車でやって来る。焼きいも≠ヘ、一つ平均二〜三元(約三〇円〜四五円程)で売られている。外国人だとわかると多少高く値段を設定してくるが、負けずに値切るのがコツ。ドラム缶を見ただけで不衛生だと敬遠する人も中にはいるが、日本であまり焼きいも≠食べなかった人も、「安くて美味しい健康的な食べ物だ」と、一度食べると病みつきになる人も多い。言うまでもなく私もその一人。ちなみに北京の人たちは焼きいも≠フことをカオ白薯(カオ・バイ・シュウ)≠ニ呼んでいる。
 季節の話題をもう一つ。日本でも冬至を越えると暦もしだいに春に向かうように、北京でも冬至から春を迎えるまでの数え唄がある、と友人が教えてくれた。最近は、この数え唄を知らない若者が多いそうだが、私の友人は「おばあちゃんが教えてくれた」と言っていた。
一九 二九 不出手
三九 四九 氷上走
五九 六九 河辺看柳
七九 河開
八九 燕来
九九加一九 耕牛遍地走
 冬至から九日目と一八日目は手も出さず、二七日目と三六日目は氷の上を歩き、四五日目と五四日目は河岸の柳を見る。六三日目に河も開き、七二日目には燕が渡ってくる。八一日目から九〇日目には牛があちらこちらの田畑を耕し出す。
 内容はとてもわかりやすく、最も寒さが厳しい時期や、氷も溶けて暖かな春の訪れる時期がよくわかる。頻繁に外出ができなくなるほど寒さが厳しい冬の間、昔から人々は唄を歌いながら春の訪れを待ちわびたことだろう。
 今年この厳しい寒さを私は初めて体験する。
(北京留学中)

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その1
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