イラスト/小尾祥子

 

 

 

 

 

 

 

 毎日を健康に生活するためには快眠、快食、快便、これが一番。旅行中でもしかり。アジアには様々なトイレがある。国によって形や方法は違っても、することはいっしょ。今回は第44号の「アジアのトイレ」に続き、「その2」としてアジアのトイレの話を集めてみた。トイレにまつわる事柄とともに、日本とはちがった各国の様々なトイレ模様、アジアのトイレ事情をまた覗いてみよう。

柏崎招子

 中国といったら、厠所(中国語でトイレの意)。強烈な印象を残す中国のトイレに最初は驚いた人も多いはず。まさに世界一の人口を誇る大大国中国。これだけ溢れんばかりの人口がいれば排出物の量も半端ではない。
 首都北京では街中のいたるところで公共のトイレを見かけた。日本式に考えてみると、さしずめ銭湯の番台に座っているおばちゃんとでもいうのだろうか。入口でそのおばちゃんに一円にも満たない程度のお金を払い、それと引き換えに少量のトイレットペーパーをもらう。が、これは都市部または特定の場所に限ってのシステムのようで、たいていの場合はただ漠然とトイレがあるだけであった。
 中国には扉がない。なので、用を足している最中でも目の前またはすぐ後ろを平気で人が通り過ぎていく。慣れないうちはなかなか落ち着いて用を足すことができないが、これがまた、「ニイハオ!」などと、声をかけ合うくらいに慣れてしまうのだから不思議だ。女同士、裸の付き合いならぬ、お尻とお尻の付き合いである。まだ横に隣とを仕切るつい立てがあれば良い方で、地方などの場所によってはただ穴や溝が掘ってあるだけのところもたくさんある。その穴や溝の配列が縦か横かによって、おのずと足の踏場が決まり、縦一列か横並びかお尻の突き合わせ方が決まってくるのだ。
 用を足した後はというと、中国では水で処理する習慣がない。したがって、まわりを見渡しても水指しや手桶はない。紙が命である。私は旅行中トイレットペーパーを芯を抜いて持ち歩くことにしていた。ティッシュだとかさばってしまうが、こうするとかさばらずに持ち歩けていろいろな用途で使えるので結構便利だ。
 私が地方で公共トイレに入ったときのことである。そこは横一列に長い溝があり、横に並んで用を足す形式のようだった。そこには先客としておばちゃんが一人、用を足している最中だった。そのおばちゃんが壁にお尻を向けて用を足していたので、私も真似をする。私がガサガサゴソゴソとトイレットペーパーで後処理をしていると、おばちゃんがニヤッと笑い、
「ニイハオ!」
と手を差し出してくるではないか。どうやら 「紙をくれ!」ということらしい。そう言われては……と、私はトイレットペーパーをちぎってわけてあげた。すると、おばちゃんは「シェシェ」と言ってニヤッと微笑んだ。
 ただ浅い溝があるだけのトイレにはどこにも紙がない。ましてや、水指しや手桶がない中国のトイレ。紙を持たない中国人はいったいどうやって後処理をしているのだろうか? これは中国人にしかわからない疑問である。

 

小尾祥子

●都市部・家庭のトイレ
 私が、インドのデリー郊外の家でホームステイをしていた時のことだ。
 トイレの便器の横に置かれた、水の入ったバケツと水指しの使用法が分からず、トイレットペーパーを使い続けていた私は、数日後、あることに気付いた。マーケットに行こうと玄関のドアを開けると、真横にある浅い溝に、私の使用後のピンクのトイレットペーパーの塊と、排泄物が転がっているのである。用を足す度に便器に空けられた排水用の穴から外が丸見えなので気にはなっていたが、まさかそのまま外の通りに流れていただけとは知らず、ピンクのトイレットペーパーこそが私の排出物の位置を示していたのだ。その恥ずかしさのため、私は初めて水を使う決心をしたのである。
 水でどうやって洗えばいいのか、その家の二〇歳の女の子にこっそり聞いてみたところ、ためらいながらの返答が帰ってきた。
「まず、便器では穴の方に背を向け、座るの」
 どうやら私はスタート地点から違っていたらしい。それまで日本式に反対向きに座り、排泄後、水差しに水をくんで勢いよくかけたが、うまく流れず、便器を汚す度にペーパーで拭き取っていたのだ。
「次に、用を足したらしゃがんだまま、右手に水差しを持ってバケツの水をくみ、左手をおわん型にし、そこへ水を入れる。そして、その水をお尻にかけて繰り返し洗い、お尻に付いた水を払えばいいのよ」思わず私が、
「……パンツが水でぬれない?」
と聞くと、さすがはインド人。
「すぐにそんなの乾くわよ」
 ところで、外に垂れ流しの排泄物はどうなるのだろう? 
 私は疑問に思い聞いてみたところ、通りの排泄物、ゴミなどを回収する最下層のカーストが存在するとのことだ。
 確かに、掃除をする時も、家にゴミ箱は存在するが、外に全て掃き出しているのである。家の中は何度も掃除をしきれいだが、街がゴミや排泄物(人・動物の物)で汚れていギャップには、ゴミ回収が最下層カーストの仕事という心が、裏側に隠れているからなのである。
●地方・家庭のトイレ
 地方では、トイレが存在する所は少ない。私は、ガンジス川上流リシケーシュの家庭にお世話になったが、この辺
りは電気、水道設備、道路など発達しておらず、その家の高校生も、学校に通うのに徒歩一時間かけているような場所であった。私は尿意をもよおし、
「トイレはどこですか?」
と尋ねたところ、水の入った小型バケツを持たされ、 「あっちよ」
と、野原を指された。意味が飲み込めず困っていると、
「自然のトイレよ」
と、一家は大笑いで答えた。歩いていくと、確かに排泄物らしきものが転がり、更によくよく見渡すと、所々にしゃがんでいる男の人たちが見える。私は彼等が見えない場所を探すのに苦労したものの、自然のトイレはしゃがんだ目線に地平線が広がり、大地と一体になって生きる彼等がうらやましくなったが、その家の高校生の女の子に話を聞くと、生活の厳しさも同時に感じられる。
 女の人たち4人が大きな金色のつぼを頭にのせ、歩いていたので、 「彼女らはどこへ行くの?」と聞いてみると、
「水をくみに行ったのよ。この辺では水が得られないの。でも、洗濯に、料理、トイレ……たくさんの事に水はいるわ。だから、女性は一日に二回、二時間かけて水をくんでくるの。水は貴重なのよ。大事に使わなきゃならないの」 都会、地方、他のトイレも様々見たが、場所によりスタイルが違う。しかし、日本においては便利さのあまり、トイレと一言ですまされるが、インドにおいては、トイレは一言では言い尽くせない人々の生活の裏側が見え隠れするのである。

 




與田紀子


 マレーシアのトイレで最も特徴的なのは、必ず個室に設置されている蛇口やそこから伸びたゴムホース、水の入ったバケツです。イスラム教ではトイレットペーパーではなく、左の手で器用に水を使って洗います。私はマレーシアに留学中、インドネシアの友人がルームメイトだったので、家のバスルームにもバケツがちゃんと置いてありました。また、場所によりますがトイレに入るのにお金を払います。相場はだいたい三〇セント、ティッシュも欲しいときは五〇セントでした。
 マレーシアのトイレで一番忘れられないのが、クアラルンプールからシンガポールまでの長距離バスに乗っていて途中立ち寄ったトイレ休憩のときに入ったトイレです。中に入るとやけに水浸しでおかしいなと思っていたのですが、水を流したら便器に向かってではなく、自分に向かって勢いよく水が吹き出してきました。よける間もなく私の足はずぶ濡れに。悲鳴を上げるとなぜか両隣から同じ悲鳴が。私たちの後に入った友人たちが無事であったことはいうまでもありません。
 もうひとつ、クランから船で一時間くらいの華人系の人々の住む小さな島に行ったことがありました。住民はマングローブ林の周りのわずかな干潟の上に家を建てて生活していました。そこは南国の美しい海とマングローブに囲まれた風景と、独特の華人の人々の文化がミックスされている、とても不思議な場所でした。さてトイレは? と思って入ってみると実に合理的でワイルドでもありました。長方形の穴の下をのぞくと干潟が見え、カニが歩き、サラサラという波の音が聞こえました。なんとも言えない開放感を味わうことができます。
 さらにクアラルンプールにはディスコやオカマバー(マレーシアのオカマは物凄くグラマラスできれいでした)のトイレではなぜか便座にドロドロの足跡が。どうして? さすがに驚きました。
 マレーシアのトイレはすべて衛生的とはいえないし、たしかにお世辞でもきれいとはいえません。トイレは数多くありますが、今では政府がトイレをきれいにしようと去年からさまざまな対策がとられているそうです。でもとりあえず慣れてしまうことだと思います。
 香港のトイレで印象的だったのが高級ホテルの最上階にあるバーのトイレです。トイレには従業員のおばさんがいて、個室に一人ずつ案内してくれます。洗面台ではおしぼりまで渡してもらいました。親切なトイレだと感心していたら、チップを要求されました。チップの習慣に不慣れで小銭を用意していなかった私は結局おばさんのサービスにこたえることができなかったのでした。

 

柏崎招子


 その国の玄関口となる空港に降り立つと、私は必ずトイレに寄ることにしている。というか、なぜかもよおしてきて自然とトイレに行きたくなってしまうのだ。
 よっぽどの例外もあるかもしれないが、だいたいにおいて、空港のトイレはきれいである。掃除はされているし、トイレットペーパーもついている。水洗トイレの場合がほとんどで、水もジャブジャブと使いたい放題である。
「空港使用料を払ってるんだし……」
 ここで気を付けたいのが、置き引き。一人旅のときには特に荷物の管理はきちんとしたいもの。なので、どんなに大きな荷物のときでも私はトイレの中まで持ち込むことにしている。床が汚れているときは、重くても我慢して背負ってみたり、前に抱えてみたりと四苦八苦。旅には辛いことや、苦しいことはつきもの。が、それと背中合わせに楽しいこともいっぱいある。
「よお〜し、いくぞ!」
と空港のトイレで私は気合い一発、旅の心構えを再確認。と同時に、普段日本で何気なく使っている水や紙がとても貴重なものに思え、我が家の水洗トイレが特別に贅沢な代物だったということを再認識するのである。

 

アジアのトイレその1
その2
その3
その4

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