フィリピン
これであなたも
シー・アール通

安部理恵

 

フィリピンのトイレ。便座がないところが多い

 

首都マニラのマカティ風景。路上でバラ売りの煙草を売るベンダーとその仲間たち

 

この上に靴で乗って……たいへんですよ、これは……

   フィリピンではトイレのことをC・R・(シー・アール=Comfort Room)と呼ぶ。直訳すれば快適空間≠ニいえようか。しかしこのC・R・、日本人からすると快適空間≠ノはほど遠いようだ。高級ホテルなどを除く公共のものは清掃が十分ではないことに加え、日本のトイレと比較すると、ないものだらけなのだ。つまり紙もない、便座もない、タンクもない……。あるのは便器だけ≠ニいうことが多い。そのため職住近接の潔癖性駐在員の中には、職場でもよおしてもわざわざ家に帰り用をたす人もいた。これは極端な例だとしても外でトイレに行く≠アとに対し憂鬱な日本人は多かったようだ。最近ではショッピング・モールの数ヶ所に使用料一〇ペソ(約二六円、ちなみにコーラ一缶分の値段)の高級有料C・R・ができたが、あくまでもお金持ち専用。もちろんそこに行くのもよいが、一般的C・R・に馴染み、フィリピン庶民の習慣を覗いてみるのも悪くはない。そこで外出先でありがちな三つの傾向と対策。
その@●紙が置かれてない=水で汚れをぬぐおう。C・R・の入り口か個室内に水入りバケツ(またはドラム缶)とひしゃくが用意されているので、紙を忘れた際にはひしゃくで水をかけ、指でお尻を洗ってあげよう。フィリピン人はフォークなどを使用しない場合は右手で食事をする。したがってインド人同様、お尻を洗うときは左手だ。紙に親しんだ私たちには抵抗があるが、自前ウォシュレットと思えば清潔さの点においても優れているだろう。ただし、水をぬぐうお尻用タオルはお忘れなく。
 フィリピンは紙製品の値段が高いため、庶民に紙で拭く¥K慣が浸透していない。日本のように外を歩けば携帯ティシュがもらえることはないし、タオルと水で用が足りるのなら紙をわざわざ買うことも少ないだろう。私の知人も会社でこそ机にトイレット・ペーパーをしのばせ、使用量だけ切ってC・R・に向かう。しかし実際は、紙だとお尻が痛くなるからと言い、家ではひしゃく愛好者のようだ。フィリピンでは痔≠フ人が少ない、と聞いたことがあるが、肌に優しいこのやり方はその一因かもしれない。
そのA●洋式便器なのに便座がない=便器に乗り和式スタイルでしよう。中腰の人も多いようだが、姿勢が苦しいので、足腰が強靭な方以外は、避けた方がよかろう。なぜ便座がないかと知人に聞いたところ、だれかが持ち去って自家用にする、設置されていても結局便座に乗り和式スタイルでするため壊れてしまうなどの理由でつけるのをやめた、とのこと。
 公共のC・R・の個室は防犯のためか、中の温度上昇を避けるためか、戸の上部、下部が三〇p位ずつ開いていることが多い。中で気配がするのに下の隙間から足が見えない場合、使用者は便器にのぼって和式スタイルをとっている、と考えて間違いないだろう。その後入ってみるとくっきり靴の跡が残っていることもある。達人にもなるとハイ・ヒールでも便器に乗ってことを行えるらしいからあっぱれなものだ。ただし、初心者は滑って落ちないように気をつけよう。また使用後は靴の跡を消して出ることがエチケットだ。
そのB●タンクがない、またはあってもフラッシュ(流すこと)できない=ひしゃくを使って流そう。
 ひしゃくでバケツの水を便器に流し込み、手作業で頑張ってみよう。それも駄目なら壊れているようでフラッシュできないわ≠ニ、次の人に言い訳して素早く立ち去るべき、と知人。
 紙を使用した場合は便器に入れず、ゴミ箱に捨てよう。水量が少なく、水圧も低いため、紙さえ流れないときもある。タンクがついていても水が入っているかは運次第。水洗レバーがカラカラとむなしい音をたてるだけ。まして女性特有の行動、用便中の音消しに水を使用したら、肝心のものが流せなくなるし、その後数分間、個室内でタンクに水が入るのを冷や汗をかきつつ待つしかない。フィリピン人からすれば、用便の音まで気にするなんて日本人は不思議、それよりも水の無駄使いに注意すれば、とのこと。水はただ♀エ覚だった私には耳が痛い言葉であった。
 日本では当たり前の設備が過剰と感じられるほど、C・R・は簡素だ。工夫次第、便器さえあれば用が足せることを考えれば、普段日本で何気なく使用している便座シートや静御前≠ネる音消し装置(ボタンを押すと水の流れる音がする)、フラッシュの際のあふれんばかりの勢いの水も無駄かもしれない。そして紙を使う≠アとが洗練されている、当たり前だ、という考えも偏見かもしれない。そんな結論に達する頃には、私もタオルを抱え、便器に乗り水を使用する習慣が身に付いた、ひしゃく操り名人≠ニなっていた。まったく経験の積み重ねとは恐ろしいものだ。
 ただし自分も含め使用者の便宜を考えたら、フィリピンの便器販売関係者にひとこと言いたい。
和式スタイルでする人が多いようなのでいっそのこと和式便器はいかが?
 もっともな意見と思うんだけどなあ……。

 

アジアのトイレその1
その2
その3
その4

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