亜洲奈みづほのアジア映画紹介



『ミラル』
(2010年/イスラエル・インド・伊・仏映画/112分/2011年8月6日より「ユーロスペース」にてロードショー)



(C)photos - Jose Haro


 イスラエル・パレスチナ紛争の中、3000人もの孤児を育てた女性教師と、平和への祈りを胸に世界的ジャーナリストとして羽ばたいた少女ミラルの感動の実話――そう銘うたれた本作は、あくまで「人間」に焦点を絞って、紛争の歴史と真実に迫ろうとした力作であり、実在の女性の自伝的実話「ミラル」を映画化したものだ。

 1948年、イスラエルがパレスチナを侵攻した年に、戦争孤児を集めて、ヒンドゥ(ヒアム・アッバス)は養護施設を創設する。学校には、希望の、そして未知数の可能性を秘めた少女ミラル(フリーダ・ピント)がいた。東エルサレムに生きる彼女は、幾度も立ち現れる占領と紛争のなか、自らの生い立ちと、揺れ動く世界を見つめながら、成長していく。

 本作では、養護施設の創設者と、少女ミラルの母、その友、そして本人など、少女ミラルとその人生に関わる4名の人物の物語が、オムニバス風に、つむがれている。早いテンポで交錯する、さまざまな生きざま。ちなみに監督のジュリアン・シュナーベルは、画家としても名高いこともあり、たとえ悲惨な現実が描かれようとも、画面の格調が高い。

 それにしても、パレスチナ弾圧のなか、反体制組織に身を投じて暴力には暴力で対抗すべきか。それとも教育によって平和をたぐり寄せようとする女性教師の信念を受け継ぐべきか。ミラル自身は葛藤する。そしてそれはまた、世界中の被抑圧民族たちの、永遠の問いでもあるのだろう。 

 ちなみにイスラエル圏内において、人口の2割をパレスチナ人が占めている。本作では、どれほどまでに、その地でパレスチナ人が蹂躙(じゅうりん)されているかが描かれている。破壊される建物、突然の拘束、尋問と拷問。少女ミラルでもあった原作者のルーラ・ジブリールいわく、
「中東には、空想の入り込む余地はありません。この目で見たものを語ること以外、できないのです。」

 そう語る彼女もまた、母の投獄と自殺、擁護施設での成長、反体制運動への参加など、あまりにもドラマティックな出来事を体験しており、物語が自伝であるとは信じがたいほどだ。それでも事実なのであるのが、痛々しくもあり、また、たくましくもある。

 最後に。少女ミラルの無言で何かを訴える、潤んだような瞳が印象的だ。

(筆者よりひとこと「ラストの字幕“両国(パレスチナとイスラエル)の和平を信じるすべての人々に捧ぐ”が、すべてをものがたる。」)(2011.7)

・公式ホームページ:http://www.miral.jp

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亜洲奈みづほ(あすなみづほ)
作家。97年、東京大学経済学部卒。在学中の95年に朝日新聞・東亜日報主催『日韓交流』論文で最優秀賞を受賞。卒業後の99年、上海の復旦大学に短期語学留学。2000年に台湾の文化大学に短期語学留学。代表作に『「アジアン」の世紀〜新世代の創る越境文化』、『台湾事始め〜ゆとりのくにのキーワード』、『中国東北事始め〜ゆたかな大地のキーワード』など、著作は国内外で20冊以上に及ぶ。アジア系ウェブサイト「月刊モダネシア」を運営。