亜洲奈みづほ


アジアウェーブ電子本所収の映画紹介の再録です。
新しいものが上にきています。



『エンプレス ─運命の戦い─』
(2008年/中国・香港映画/95分/4月4日より「シネマート六本木」「シネマート新宿」ほか全国順次ロードショー)

 王女の剣が国を救う、真実の愛が王女を救う──そう銘うたれた本作は、王位継承を受けた一国の姫を守るために、命を懸けて彼女を守る軍人たちの愛と戦いを、ダイナミックなアクションと圧倒的な映像美で描いた、武侠アクション映画の超大作だ。闘いあり愛ありと見どころ満載であるばかりでない。主演には香港の女性トップスターであるケリー・チャン(陳慧琳)や、香港の男性スター四天王のレオン・ライ(黎明)を迎え、豪華なキャスト陣を誇る。ちなみに題名のエンプレスとは訳せば「女帝」だ。
 時は中国の戦国時代。趙国と戦いを繰り広げる燕国の王が討たれた。王は死のまぎわに側近の将軍、雪虎(ドニー・イェン/甄子丹)に後を頼むと言い残し、伝家の宝刀である飛燕剣を、姫である燕飛児(ケリー・チャン)に託す。しかし雪虎は王位継承者として姫を選んだ。すると王の甥で野心家の胡覇は、彼女の暗殺を企み、刺客を放った。絶体絶命の危機にさらされた彼女を救ったのは、山奥で隠遁生活を送る元剣士の段蘭泉(レオン・ライ)だった……。
 何よりも印象的なのは、壮大なスケールで繰り広げられる戦闘シーンだろう。中国の広大な大地を古代の軍兵が駈けめぐる。甲冑を身に着けた数百の兵士と騎馬隊たち。高々と掲げられる槍、累々たる屍。特に剣を駆使したアクション・シーンは見ものだ。将軍・雪虎の一対多の対決シーンは、髪ふりみだし血はにじみの息を飲む迫力である。本作は動員されたエキストラが数百人を数えるばかりでない。総制作費は1500万ドルにのぼるという。
 ただし武侠映画といえども、闘いを描くだけにとどまらず、「愛」もまた作品を支える重要な柱となっている。そのせいだろうか、闘いがすべてを解決するわけでないというメッセージが、随所にこめられているように感じられる。たとえば敵将を捕らえようとも殺さずに和平の道を模索する姫の決断。または戦を嫌って隠遁する剣士の存在など。こんなセリフも登場する、「剣は人を殺すためでなく、大切なものを守るため。」さらには映画の冒頭、のっけから死にゆく兵士の遺言として遺された家族への想いが語られもする。そしてラストをしめくくるのは彼女の決意、「人間同士、争うことはもうしない。」──物語が闘いの連続であるだけに、その言葉はずっしりと重く聞こえる。古代を舞台にしているとはいえ、現代の我々の胸にも共感をもって響くものがある。
 それにしても見終わってしばらくののちも、剣のかちあう音が耳について離れなかった。(亜洲奈みづほ2009.3)



『チェイサー』
(2008年/韓国映画/125分/5月1日より「シネマスクエアとうきゅう」ほかにて全国順次ロードショー)

 漆黒の闇を疾走する戦慄のクライム・サスペンスの傑作、誕生。──そう銘うたれた本作は、鑑賞年齢制限があるにも関わらず、韓国では、またたくまに観客動員500万人を記録、2008年上半期の最大のヒットを誇ったという。受賞歴も輝かしく、韓国アカデミー賞(大鐘賞)主要六部門と大韓民国映画大賞主要7部門で受賞をはたしている。またカンヌ映画祭にも招かれたほか、レオナルド・ディカプリオ主演でハリウッド版リメイクが決定するなど、国際的な展開を見せている。
 では物語のほうは。デリヘル店を経営する元刑事ジュンホ(キム・ユンソク)のもとから、ヘルス嬢たちが相次いで失踪した。時を同じくして、街では連続猟奇殺人事件が勃発する。彼は女たちが残した携帯の電話番号から、客の一人であるヨンミン(ハ・ジョンウ)にたどり着く。「女たちは俺が殺した。そして、最後の女はまだ生きている」──捕らえられたヨンミンは、あっけなく自供するものの、証拠不十分で釈放されてしまう。警察すらも愚弄されるなか、ジュンホだけは、囚われた女の命を救うため、夜の街を走り続ける。ただ一人闘いを挑む男の、極限ギリギリの追走劇が始まった。ちなみに本作の原題は『追撃者』である。
 たとえば全身を縛られたまま血だらけで横たわる女性の姿。または地中に埋められた被害者の土色の指先など。まるで悪夢のようなシーンがしばしば現れる。数々の殺人が、被害者の後頭部に杭を打ちこむ・または撲殺するという方法をとっているだけに、飛び散る血しぶきや肉の壊れる音が生々しい。本作では、必ずしも銃声が聞こえるわけでも、また爆弾が爆発するわけでもない、にもかかわらず、あれほどまでに衝撃的な印象を残すとは……。
 というのもナ・ホンジン監督にとって本作は、長編映画第一作であるせいだろうか、決して「見せる」ための小手先ではない、渾身のエネルギーが映像作りにもキャストにもみなぎっている。あくまでも殺人事件をリアルに表現することだけに心がそそがれているのだ。その真摯さが、500万人もの観客をひきつけるに至った要因かもしれない。主演のキム・ユンソクもヒットの理由をこう語る。「ずばり“正面衝突”。ストーリーは複雑に絡みあい、どんでん返しがあるようなものではない。(中略)最初から連続殺人犯のヨンミンと彼を追うジュンホの二人で正面突破を図る。その力が人を惹きつけてやまないんだと思う。」
物語は、決して死と隣りあわせのマフィア同士の殺しあいによるものでない。かたや一市民がふらりと殺人鬼になり、またジュンホもデリヘル店の経営者という一般人であるだけに、本作には「あれは殺し屋の世界」と片付けることのできない生々しさがある。そう、この物語は決して作り事でないのだ。実際に韓国では、2003年から10ヶ月の間になんと21人もの人々を殺害したという、殺人犯ユ・ヨンチョル連続殺人事件が発生している。そのせいだろうか、映画を見終わってしばらくの間は、今、こうして自分の身が安全であることが、不思議にすら思えてしまった。それほどまでに本作は、見る者を闇の渦深くまでひきこんでしまう不気味な威力を放っていた。(亜洲奈みづほ2009.3)



『子供の情景』
(2007年/イラン・フランス合作映画/81分/4月18日、「岩波ホール」より全国順次ロードショー)

 この世界をつくったのは誰?──そう銘うたれた本作は、アフガニスタンを舞台に、ひとりの少女を通して、戦争の無慈悲さ、大人が子供に与える影響の重大さを寓話的に描いた衝撃作だ。世界各地の映画祭で数々の受賞をはたしている。
 舞台はバーミヤン、破壊された仏像がいまも瓦礫となって残る村にて。六歳の少女バクタイ(ニクバクト・ノルーズ)は、お隣りさんの少年アッバス(アッバス・アリジョメ)に触発されて、学校に行きたいと願うようになる。ノートを買うお金を得るために、街に出て卵を売ろうと四苦八苦。その末、何とかノートを手に入れるが、学校に行く途中で、少年たちに取り囲まれてしまう。彼らはタリバンを真似た“戦争ごっこ”で少女を執拗に脅しはじめる……。
 イラン映画といえば、さまざまな規制ゆえに、結果的に子供を主人公にした映画に、たけるようになったという事情がある。『友達のうちはどこ』のアッバス・キアロスタミ監督作品などは、その典型だ。本作の監督ハナ・マフマルバフは、なんと弱冠19歳の娘さん。描かれる子供たちの視線に、大人たちよりも近いからこそ、作りものでない、ピュアな映像を撮ることが可能となった。
 たとえば大人たちに邪険にされ、犬には吼えられ、売り物の卵は割れ、それでもけなげに売り歩く少女の姿。時おり涙をぬぐいながら、鼻をふきながら、必死に目的をめざして歩むさまは、見る者の涙を誘う。少女の学校に行きたいという一途な想いは、この物語を牽引する。さらにその願いは、まるで学校に通えない世界中の子供たちの叫び声のようにも感じられた。アフガニスタンは就学率が低く、女子の場合、小学校五年生までにやめてしまう子が七割にものぼるという。バーミヤンの女子の就学率にいたっては、わずか38パーセントどまり。というのもタリバンの考えの中心には、「女性は守られるべきもの」という信念があり、女性に対して、就学・就労の禁止、親族の男性を伴わない外出の禁止など、過酷な権利制限が強いられてきたためだ。
 監督いわく「私はこの映画で、この国が経験し今も続く暴力が、どんな影響を与えたのかを描こうとしました。」──アフガニスタンといえば、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロに続く戦争のみならず、1979年のソ連のアフガニスタン侵攻から、その後の内戦に至るまで、23年の長きに渡って、戦争状態に置かれてきた。それが子供たちの心に、暗い影を落とさないはずはない。たとえばやっとの思いで少女が手に入れたノートをとりあげた少年たちが、その紙で折り始めるのは爆撃機。またはタリバンの処刑ごっこと称して石を集め、墓の穴を掘りもする。得体の知れない凧が宙を舞えば、「アメリカの戦闘機が来たぞ!」と声をあげ、おもちゃの銃口を向ける。そんな少年たちの暴力から「自由になりたいのなら死ね」、死んだふりをしろと勧める友の声は、まるで侵略されてきた国々が安寧を得るためには、死んだように抜け殻となり、蹂躙をやりすごすよりほかにないのかと、無念に響く。
 本作は、子供達の素朴な1日を描きながら、そこにアフガニスタン、さらにはイラク、イラン諸国がこうむってきた苦しみが、ひっそりと重ねあわされているせいだろうか。声高に反戦を訴えられるよりも、より一層、心に染みるものがある。(亜洲奈みづほ2009.2)



『プラスティック・シティ』
(2008年/中国・香港・ブラジル・日本合作映画/95分/3月、「ヒューマントラストシネマ渋谷」「新宿バルト9」ほか全国順次ロードショー)

「この世界を、生き抜く」──そう銘うたれた本作は、混沌としたブラジルの多民族都市を舞台に、闇の世界に生きる二人の男の、「血の繋がりよりも深い絆」を描きだした、クライム・ムービーだ。骨太で男性的、ハードボイルドな作品である。
 舞台はブラジル。日系ブラジル人のキリン(オダギリジョー)は、幼い頃にジャングルで、中国系ブラジル人のユダ(アンソニー・ウォン/黄秋生)に拾われ、育てられた。青年となったキリンは、父親ユダの闇稼業を手伝っていたが、ユダの命が狙われはじめたことをきっかけに、その人生は死と隣り合わせの危険なものとなってゆく。ユー・リクウァイ (余力為)監督いわく、「『プラスティック・シティ』は“生き残る人々”の話です。」
 プラスティック・シティすなわち「人工的な街」で「ニセモノ(の商品)で本物の金を稼ぐ」。そんな刹那的な日々を送るキリン。混沌とした移民社会のなかで、明日なき身の上として生きる・生き残る。乱闘あり銃撃あり、ひらめくナイフ、とびちる鮮血。本作は人間にひそむ破壊衝動を満たしてくれるような作品でもある。きりかえの早い場面転換と軽快なカメラワークが魅力的だ。何より監督が撮影監督出身であるせいか、映像が美しい。退廃的な移民の街を幻想的に映しだす。
キャストの顔ぶれは、じつに多彩だ。香港出身である父親役のアンソニー・ウォンは、圧倒的な存在感で作品に厚みを加える。主演の息子役・オダギリジョーも、日本人であるにもかかわらず、ポルトガル語と中国語のみのセリフをよくこなしながら、男の色気を放つ。脇を固めるキャストも台湾人・中国人・ブラジル人と多様な顔ぶれだ。本作は中国・香港・ブラジル・日本の合作映画というだけあり、多国籍的でスケールの大きなものとなっている。それまでの中国映画が自分達の物語を素朴に語るにとどまっていたところが、本作で日系ブラジル人を主題としているように、次第に海外の他者を語るほどの包容力を持つようになっている点、注目に値するだろう。中国映画の世界化を予感させる一作だ。(亜洲奈みづほ2009.2)



『風の馬』
(1998年/アメリカ映画/97分/3月より「渋谷アップリンク」ほか全国順次ロードショー)

 チベット、自由への祈りを風の馬に乗せて──チベットといえば、北京五輪の前に騒乱があり、さらに本年には法王ダライ・ラマのインド亡命50周年を迎えるという注目の地だ。ちなみに法王ダライ・ラマは、観音菩薩の生まれ変わりであると信じられており、1989年にはノーベル平和賞も受賞している。そんな彼が昨年末、フランスで会談をもっただけで、中国政府が激怒、中仏首脳会談をキャンセルしたというニュースは記憶に新しい。そもそもチベットという地は、1913年に独立を宣言した国家であった。ところが中国によって侵攻され、その過程で人口の五分の一にあたる120万人もの命が、戦闘や拷問、飢えによって失われた。そんな悲劇の国・チベット。この地の実話をもとに、ラサとネパールの双方で中国政府の監視の目をかいくぐり、ゲリラ的に撮影されたのが、本作である。完成した当時、映画祭では中国政府が上映を阻止しようとしたといういわくつきの映画だ。
 ある日、中国政府は精神的な師である法王ダライ・ラマの肖像の掲示を禁止した。中国人の恋人をもつ歌手ドルカ(ダドゥン)と、希望も仕事もない兄ドルジェ(ジャンパ・ケルサン)の家族は命令に従うが、尼僧であるいとこのぺマは抗議し、「チベットに自由を」と叫んだため、監獄に囚われ、拷問死させられてしまう。兄の言葉が印象的だ。「大声で自由を叫べば救われるのか? 刑務所にぶちこまれてそれで終わりさ。」実際に囚われた尼僧たちには、電気棒による電気ショックやレイプ、激しい殴打といった拷問がおこなわれているという。さらに現在、チベットには千人以上もの自由を求めるチベット人が、刑務所または拘置所に入れられているそうだ。
 主役の兄妹の姿は、チベットを象徴しているように思われる。かたや祖父を中国人に殺されたことから中国人を嫌い、職もなく酒におぼれるしかない兄。対照的にかたや中国語で毛沢東を賞賛する歌を歌わされ、中国の音楽会社からデビューをはたす妹。漢民族に同化することでしか生を保障されないのか? たしかにチベットの都市住民一人あたりの可処分所得は、ここ30年で20倍に上昇した。しかし腹だけ満たされればそれでいいのか。それとも弾圧を受けながらもチベット人としての尊厳を追究するのか。青蔵鉄道が開通したことで、漢民族の移住はさらに加速しており、現在、チベットらしさは急速に失われつつある。つい昨年末に法王ダライ・ラマは、それまでの中道路線を否定する見解を発表した。チベットの今後の行方が気にかかる。
 ちなみに中国の統治から逃れるために、徒歩であのヒマラヤを越え、故郷を離れたチベット人は、その数、十万人に及ぶという。(亜洲奈みづほ2009.1)



『雨が舞う ─金瓜石残照─』
(2009年/日本映画/120分/4月より「ユーロスペース」にてモーニングロードショー)

 この映画の主役は街──そんな表現に聞き覚えのあるかた、そう、本欄では同じコンセプトのもとに創られた映画『風を聴く』を紹介したことがある。その姉妹編『雨が舞う』が、このたび完成した。舞台となるのは、同じ台湾北部の基隆山麓、ただしこのたびは山をはさんだ東側に位置する金鉱の街「金瓜石」だ。本作は、その往時を知る人々の証言とセピア色の写真とで、金鉱の歴史90年を綴ったドキュメンタリー映画である。
 日本統治時代、台湾の金瓜石には、日本人の経営する東洋一の金鉱があった。日本人街が生まれ、台湾人だけでなく大陸からの出稼ぎ労働者や、戦争中はイギリス人捕虜も働いていたという。閉山となる1987年までの間、産出したのは、粗鉱2500万トン、純金120トン、純銀250トン、銅25万トンにのぼるという。
 そんな「眠りについた東洋一の金山」。神社の跡が・宿舎の跡が、無言のまま見る者に語りかけてくる。見る者は人々の証言とともに、小学校生活や参拝、祭りなど、当時の生活を追体験することとなる。台湾へ・同時に昭和初期へと、二重のトリップを経験するというわけだ。金瓜石出身者が口をそろえて言うのは、「一番の思い出は、小学校」──同窓生たちは懐しそうに当時を語る。台湾には皇民化教育が徹底しており、台湾人は母国語を公学校で使うと、日本人教師から手にビンタをくらわされることもあったという。それでも別の台湾人いわく「先生の教育には愛があった」。こうして戦前、台湾人に公学校で教えこまれた日本語は、戦後、使われることなく封じこめられたままとなった。そしてまた戦前に採掘された金のほうは、基隆港をへて、日本の大分の精錬所に運ばれていった。それでもどの台湾人の口からも、収奪された・侵略されたというような声は、全く聞かれない。この点、韓国や満洲とは事情が異なる。本連載の過去二号分で、いずれも抗日を扱った映画を紹介してきただけに、てらいない日本植民地時代懐古というものを前にして、筆者のほうが恐縮してしまう。
 日本の南、台湾の地に眠る日本懐古がうごめいて、姉妹作二編という二つの物語を生みだした。(亜洲奈みづほ2009.1)



『シリアの花嫁』
(2004年/イスラエル・フランス・ドイツ合作映画/97分/2009年2月21日より「岩波ホール」にてロードショー)

 もう二度と帰れない。それでも私はこの境界を越える。──そう銘うたれた本作は、無情に引かれた国境線により分断されてゆく家族の悲劇をえがいたヒューマン・ドラマで、モントリオール世界映画祭でグランプリをはじめ四冠の受賞をはたしている。
 舞台はイスラエル占領下のゴラン高原にて。物語は若き娘モナ(クララ・フーリ)がシリア側へ嫁いでゆく1日を描いたものだ。彼女をはじめ、家族もみな、国や宗教、伝統、しきたりなど、様々な境界に翻弄され、もがきながら生きてきた。それでも、女たちは未来を信じ、決意と希望を胸に生きてゆく。たとえ花嫁が国境をいったん越えてしまえば、もう二度と愛する家族、姉アマル(ヒアム・アッバス)たちのもとへは帰れなくなろうとも。というのも、このゴラン高原とは、1967年の第三次中東戦争で、イスラエルによって占領された旧シリア領なのだ。住民はイスラエルよりはシリア人としての民族意識が強く、多くの人々は“無国籍者”として扱われている。何より、イスラエルとシリアの間には国交がないために、この花嫁のように、イスラエル占領下にあるゴラン高原を離れて、いったんシリア国籍を取得してしまうと、イスラエルへの再入国は許可されなくなる。
「国境を越えたら最後なの、これが現実」──国境とは人為的なものであるにもかかわらず、なぜこれほどまでに隔てられてしまうのだろう。四方を海に囲まれた我々には、国境を足で越える感覚は、なかなかわかりにくいものがあるが、陸続きで国境を接する国、とりわけイスラエル占領下の旧シリア領のような地域においては、強制的に作られた境界は、想像を絶する傷みを伴う。ゴラン高原ではないものの、筆者はそのような国境を直に感じたことがある。韓国と北朝鮮の国境にある板門店を訪ねたさいのこと。ほんの数歩ながら、北朝鮮内に踏み入った。そのときの実感とは。「両国の兵士がにらみあい、地雷が埋められ、鉄策まで設けられ、数百万人もの親族が半世紀にわたり離散家族として引き裂かれているのは、地上に引かれた、このたった一本の線のためだとは!」やるせなさをもて余したものだ。そう、分断された民族とは、遠い彼岸の出来事ではない。お隣りの朝鮮半島には南北分断の事実が厳としてある。じつはこのゴラン高原とシリアとの非武装中立地帯には、国連兵力引き離し監視隊として、1996年より自衛隊が派遣されているという。日本も他人事ではない。
 ところで本作にはこんなエピソードがある。イスラエル占領下の旧シリア領で押された、イスラエル製の出国スタンプというものが、イスラエル占領というシリア側には認めがたい事実を裏づけるものとなってしまうことから、それを押されたパスポートは、シリア側から受領を拒否され、花嫁がシリアへ入国できなくなってしまう。それでもトラブルが解決するまで、人々は根気強く待ち続ける。希望を捨てることなく……。本作の主役である、花嫁の姉の名前が、「アマル」すなわち希望という意味を持つ語であるのは象徴的だ。
 これは余談だが、筆者がかつてEUを旅行したさい、入国スタンプの省略に驚いたものだ。このように隣国との間を自由に往来できるユートピアが、東アジア共同体のみならず、アジア全土にまで広がるのは、一体、いつの日になることだろう。それでも我々は希望を捨てはしない。(亜洲奈みづほ2008.12)



『宋家の三姉妹』
(1997年/香港・日本合作映画/145分/12月2日・3日に「新宿K's cinema」にて「中国映画の全貌2008」の一環として再上映)

 中国に伝説となった3人の姉妹がいた。ひとりは富を愛し、ひとりは権力を愛し、ひとりは祖国を愛した──本作は激動の中国近現代史とともに波瀾の人生を歩んだ三姉妹を映画化した超大作だ。ロードショー当時は中華圏を席巻、きら星のような受賞歴を誇る。香港ではアカデミー賞6部門を、台湾ではアカデミー賞3部門を、中国でもアカデミー賞特別賞を受賞した。
 長女の宋靄齢(ミシェール・ヨウ/楊紫瓊)は、孔子の子孫である大富豪・孔祥熙に嫁ぎ、中国経済を左右するようになる。次女・宋慶齢(マギー・チャン/張曼玉)は、革命家・孫文の妻として中華民国初代総統夫人となった。そして三女・宋美齢(ヴィヴィアン・ウー/●(=烏+郊の右側)君梅)は、軍司令官で後に中華民国総統となる蒋介石の夫人として外交の場で活躍した。中国の辛亥革命、西安事件、日中戦争、国共内戦……時代の波に弄ばれながらも、彼女たちは愛を信じ、自分を偽ることなくひたむきに生きる。
「パパが革命を信じたように、私は愛を信じている。」──孫文との結婚を反対する父親に向かって、慶齢がこう叫ぶシーンがある。歴史上の重要人物といえども、革命を闘う男たちの傍らには、妻がよりそっていた。様々な大事件もまた、歴史の1ページと言ってしまえばそれまでだが、そのワンシーンごとに、時には数千数万もの人々が携わり、血と涙を流してきたことを忘れるべきでない。それらの歴史的事件を最も間近にした女性が、この宋家の三姉妹と言えるだろう。本作は中国の近現代史の縮図であるものの、それを概説としてでなく、渦中にいる生身の人間の視点から描いている点、興味深い。
 これは余談だが、本作は日本との合作映画ということもあり、音楽に喜多郎、衣裳にワダエミが参加している。日本公開時には前売り券が売り切れとなるなど予想外のヒットを記録、上映期間も延長されたという。(亜洲奈みづほ2008.12)


『僕は君のために蝶になる』
(2007年/香港映画/88分/10月25日より、「渋谷シアターTSUTAYA」ほか全国順次ロードショー)

「君には未来がある。でも、僕には、これが最後の恋。」永遠の痛みを抱えた恋人たちに訪れる、切なくやさしい奇跡──そう銘うたれた本作は、ラブストーリーといえども、たんに美男美女が惚れたのはれたのといった話にとどまらない。各々が心の傷を克服してゆくさまが、ていねいに描かれている。何よりも注目すべきは、台湾ドラマ「流星花園(花より男子)」で日本でもブレイク、デビューアルバムが全世界で400万枚以上の売り上げを記録したという、台湾の大人気ユニット「F4」のヴィック・チョウ(周渝民)が、本作で映画デビューをはたしている点だ。このヴィックが台湾出身であるいっぽう、主演女優のリー・ビンビン(李冰冰)は中国大陸出身、監督のジョニー・トー(杜●(=王+其)峰)は香港出身と、本作は中華芸能圏各地の才能が結集した国際的なものとなっている。
 物語のほうは。大学中の人気者アトン(ヴィック・チョウ)に、密かな恋心を抱く女子学生エンジャ(リー・ビンビン)。ようやく結ばれた2人だったが、幸せな時間もつかの間、口論の最中にアトンは交通事故で帰らぬ人となる。3年後、法律事務所で働くエンジャは、哀しい過去を忘れるため、精神安定剤に頼る日々を送っていた。そんなある夜、アトンが当時のままの姿で目の前に現れる。これは幻覚? それとも亡霊? それでも毎夜、不思議な逢瀬が続く。彼の霊が現れるたびに、「あちら側の世界」との境界が揺らぐ。夭折した青年の未練と、遺された女性の悔いとが響きあい、死者との交流という異次元空間がかもしだされる。たとえば真夜中の砂浜にて。または夜ふけのビルの屋上にて。ふたつの世界が交錯するひととき。
 ただし霊の出現といえども、本作はオカルト映画ではない。誰にでもひとつやふたつは存在するだろう、忘れられない昔の恋。その究極の純粋形として、死んでも死にきれない過去の恋人というものが設定されていると考えたほうが良いのかもしれない。たとえ愛する者と生き別れてもあれほどまでにも辛いのに、まして死別しようものなら、毎夜、夢に幻影が現れてもおかしくはないだろう。錯乱しながらもトラウマを乗り越えてゆくヒロインを、リー・ビンビンが好演している。彼女いわく「この作品は心の傷を癒す映画です。過去とどう向きあい、未来へ歩みだすか? 必ず作品の中に共鳴できるものがあるはずです。」
 ところで本作を監督するジョニー・トーは、25年以上にわたり香港映画界を牽引、Tニュー香港ノワールの旗手Uとして注目を浴びてきた。そんな彼いわく、「過去を変えることはできない。でも、思い出や記憶は変えられる。過去に起きたことは記憶の中で修正されることもある。人生を重ねると共に過去への見方は変わるんだ」監督のこの言葉に思わず私がうなずいてしまったのは、自身もまた悲恋の記憶を、ひとりきりでは抱えきれないがために、それを塗りかえるべく、実体験を小説にしたことがあるためだ。しかもそれは奇遇にも、死んだはずの恋人が霊として現れるという内容の話であった。それにしても今まで数年間、本欄を担当してきたが、本作ほど上映中に記事用のメモを取れなかった作品も、また帰宅途中の車内でまで涙が止まらなかった作品もない。(亜洲奈みづほ2008.11)

『ラスト、コーション 色/戒』
(2007年/米・中・香港・台湾合作映画/158分/「新宿K's cinema」にて開催中の「中国映画の全貌2008」の一環として11月15日〜17日・19日〜21日・12月16日に再上映)

 その愛は、許されるのか? あなたはタブーを目撃する──そう銘うたれた本作は、過激な性描写と重厚なサスペンスが交錯する、衝撃の問題作だ。それだけでない。中国文学史上に名を残した小説家・張愛玲の短編小説を、ヴェネチア映画祭グランプリ受賞歴を持つ、台湾映画界の巨匠アン・リー(李安)監督が映画化。しかも主演を中華映画界の大御所トニー・レオン(梁朝偉)が務めており、ヴェネチア映画祭で監督は2度目のグランプリ(および撮影賞)を受賞したという大作だ。
 物語の舞台は、1942年、日本軍占領下の上海にて。抗日運動に身を投じた純真な女子学生チアチー(タン・ウェイ/湯唯)は、スパイとして極秘ミッションを遂行すべく、妖艶な人妻マイ夫人へと変身。日本傀儡政権の特務機関の幹部・イー(トニー・レオン)に近づき、暗殺の機会をうかがっていた。人目をはばかる危険で激しい逢瀬を重ねるふたり。死と隣りあわせの日常から逃れるように、暴力的なまでに激しくお互いを求めあうようになる。極限の愛。その愛は、真実なのか?禁断の愛は時代という大きな荒波のなかで衝撃のラストへとなだれこんでゆく。
 激しい性描写が話題になりがちな本作だが、鑑賞後の私はむしろ、別の想いにうちひしがれていた。大日本帝国の上海占領が、同じ中国人を日本傀儡側と抗日側とに分裂させてしまい、血で血を洗う争いに陥れてしまった……そんな歴史的事実が重く、痛い。
 ところで様々な名作を生み出してきたアン・リー監督だが、本作は鮮やかな武侠映画『グリーン・デスティニー』とも心温まるヒューマンドラマ『恋人たちの食卓』とも全く異なる。息のつまるようなスリリングなサスペンスで新境地を拓いたと言えよう。ただし監督独特の上品な作風は本作でも変わることはない。いたずらに観客をおどすようなシーンははさまず、映像は静かに心にしのびこんでくる。監督いわく「昔のフィルム・ノワールのような作品にしたいと思いました。」
 これは裏話だが、劇中では彼女と同志クァン(ワン・リーホン/王力宏)が、互いにひそやかな想いを抱きながらも結ばれないのだが、この結末に中華圏の多数のファンがネット上で大抗議を展開。さらには現実世界で、彼女を演じたタン・ウェイとワン・リーホンが、実際におつきあいを始めてしまったというニュースも報じられた。(亜洲奈みづほ2008.11)

『さくらんぼ 母ときた道』
(2007年/日中合作映画/107分/今秋、銀座テアトルシネマほか全国順次ロードショー)

 はてしなく広がる田園風景のなか、母と娘のかけがえのない絆が花開く──本作は、現代では失われつつある親と子の絆をテーマとしたもので、その深まりの軌跡を通して、少女が成長していく姿が、さわやかに描かれている。注目すべきは本作が、日中の一流スタッフによりコラボレーションされたものであるという点だ。脚本はベルリン国際映画祭銀熊賞に輝いた『初恋のきた道』のパオ・シー(鮑十)、撮影監督は多くの映画撮影賞に輝いた『眠る男』の丸池納。監督は日本映画学校へ留学経験があり、国際的な映画を撮影してきたチャン・ジャーベイ(張加貝)である。
 物語の舞台は、美しい棚田が広がる中国・雲南省の農村だ。生活は貧しくとも、すくすくと成長してゆく、捨て子の少女・紅紅(ロン・リー/龍麗)。そんな少女をいつも温かく包んでくれるのは、知的障害を持ちながらも、純粋で汚れを知らぬ、心優しい育ての母、桜桃(ミャオ・プー/苗圃)だ。しかし成長するに従い、少女は母を疎ましく思うように。それでも最後には母の愛に気づくのだが…。
 一人っ子政策により、女子が疎まれがちな現代中国で、あえて女の子を拾い、育てるという選択。我が子でないにもかかわらず、少女には、実の子以上の愛情が注がれている。たとえば母の知らぬまに里子に出された紅紅を、死にものぐるいで追いかけ、街中を着のみ着のままぼろぼろになるまで探し続ける母。または下校する娘に傘を届けるべく、どしゃぶりの中、びしょ濡れになりながら、遠路はるばる通学路をたどる母。母の願い、子の想い。すべてがピュアで清冽だ。母親が口もきけない知的障害者であるからこそ、余分な感情はそぎ落とされ、母性愛がストレートに現れてくる。その象徴が、題名にもなっているさくらんぼだ。少女の弁当箱の底にそっとしのばされた真っ赤な実。または発熱で入院中の少女に握らされた、あふれんばかりの実。さくらんぼは、まるで母の愛の凝縮のようだ。これも中国映画ならではの純粋さとでも言おうか。母子の絆がてらいなく描かれており、爛熟しすぎた日本の我々に新鮮に映る。
 叙情あふれる風景も見逃せない。逆光のなか水田で、水と戯れる母子の姿。または花畑で虫とり網を振り振り、母の背に揺られる少女。霧の煙る棚田の風景。美しい自然、素朴な雲南の人々、心洗われるようなシーンの数々。本作は、忘れかけていた何かを思い出させてくれる。ちなみに母親役のミャオ・プーは、第17回永楽杯・上海映画批評家大賞で最優秀主演女優賞を獲得した。(亜洲奈みづほ2008.10)

『七夜待』
(2008年/日本映画/90分/11月よりシネマライズ・新宿武蔵野館ほかにて全国順次ロードショー)

 たどり着いたのは混沌としたタイの森の中。1人の日本女性が、タイ古式マッサージに触れ、癒されながら、新しい自分に出会う物語──そう銘うたれた本作を監督するのは、カンヌ国際映画祭で2度にわたって受賞をはたした河瀬直美監督だ。本作はキャストやスタッフの国籍や舞台・セリフいずれも国際的で、タイとフランスが8割を占めている。
 彩子(長谷川京子)、30歳。日本を旅だち、タイに降り立った。しかし、ホテルに向かうはずのタクシーがたどり着いたのは、森の中。そこで彼女が出会ったのは、タイの母子アマリ(轟ネーッサイ)とトイ(轟ヨウヘイ)、ゲイのフランス人青年グレッグ(グレゴワール・コラン)だった。言葉が通じない、自分を知る人もいない、相手が何者なのかも分からない。癒されるはずの場所で、コミュニケーションがとれないもどかしさ。不安と混乱の中、苛だつ彼女はタイの古式マッサージに触れる。そこで過ごした七つの夜がもたらしたものは何だったのか…。
 興味深いのは演出方法だ。撮影中、俳優たちは、脚本すら渡されておらず、お互いの関係性も物語も知らされていない。その日ごとに、撮影されるシーンの行動メモを各々、渡されるのみである。そのため俳優たちは、セリフもやりとりも、自分自身で創りだしていかなければならない。こうした河瀬監督の独特の演出がもたらしたのは、演技とも素とも判別のつかないリアクション、俳優同士のリアルな触れあいだった。国籍が異なるため、お互いに片言しか言葉が通じない。わからない。それは観客も同様で、外国語に字幕が出ないシーンすらある。見る者は俳優たちとともにとまどい、熱帯雨林の迷宮へとひきこまれ、夢幻の世界を追体験してゆく。どことなく神秘的な雰囲気とともに。
 むせかえるような緑と、それを洗うスコールが印象的だ。何よりも象徴的なのが、朱色の袈裟姿の僧侶とタイ古式マッサージだ。河瀬監督によれば、仏教には心の滞りを、マッサージには体の滞りを流す意味がこめられているという。タイ古式マッサージのほうは、2500年の歴史をもつ伝統医学で、2人ヨガのような形式で、重力を利用しながら、お互いに自分の体重をかけあい、筋を伸ばしてゆくというものだ。まずは指圧マッサージで凝った筋肉をほぐし、ストレッチでゆるんだ筋肉を十分に伸ばし、最後に矯正で体の歪みを整えるという。タイの寺院では奉仕活動の一環として病人たちに無償で施され、民衆を救ってきた。本作を彩るタイの伝統文化の数々。仏教寺院の静謐や、露店の喧騒、出家式の賑わいなど。僧侶や、瞑想、マッサージ。東洋の神秘が随所に秘められている。
 熱帯の木陰のもとでのまどろみ、またはマッサージを受けながらのうたた寝。ところどころに眠りのシーンがこめられているせいだろうか。観客も映画とともに永い夢を見ているかのようだ。映画終了で「めざめた」のちには、ひとときタイの田園地帯を旅してきたかのような癒しの感覚が残っていた。(亜洲奈みづほ2008.10)


『パティシエの恋』
(2005年/香港/94分/10月中旬、「新宿K's cinema」にて開催の「中国映画の全貌2008」の一環としてロードショー)

 本作は香港のイタリアン・レストランを舞台にくりひろげられる、甘くて可愛いラブストーリーだ。中国映画としては珍しく女性パティシエを主役に設定した、軽快なトレンディ・ドラマ風のコメディである。
 イタリアン・レストランのパティシエのジル(カリーナ・ラム/林嘉欣)は、他に恋人がいると知りながらも「友達でも恋人でもつきあいたいの」と一途に医者チーオン(フー・ビン/胡兵)への愛を貫く。彼女の店に新しく赴任したシェフのジャック(イーキン・チェン/鄭伊健)。彼もまた二股をかけられている身であり、そんな者同士、それぞれの恋を応援している。そのうちに次第に心が通じあってゆく二人。憧れのプレイボーイの医者と親身な同僚のシェフ、どちらを愛する?
 本作には全編に愛のセリフが散りばめられている。たとえば「二人の愛情の量が肝心。偏るとだめだ。」──これは二股をかけられた身の上から得た教訓だろう。また叶わぬ恋に疲れた彼女は思わずつぶやく──「世界を変えたいとは思わない。ただちゃんと人に愛されたいだけ。」それでも最後にはハッピーエンド、こんなセリフが飛びだした──「何があろうと君は僕の大切な人。」
 人間模様は三角関係、いや五角関係で複雑にくりひろげられているのだが、そこに嫉妬や憎悪はみじんもない。どっちつかずで「やっぱり二人を愛しているの。」とのたまうセリフに集約されているように、からりとあっけらかんとしている。恋に規則などない。そのときあのひとといる、それがすべてなのだ。
 前述のようにイタリアン・レストランが主たる舞台であるほか、結婚式場や空港なども登場する華やかなロケーション。随所に香港の人気イラストレーターの絵画や丸文字、ラブソングなどが散りばめられており、女の子のハートをくすぐる。二人が作りだすお料理とスイーツも見逃せない。花火があがる「火山アイス」のほか、彼女お得意の「苦味と甘みを二度楽しめるエスプレッソ」、「ピーナッツバターのケーキ」、「甘さ抑え目のウェディングケーキ」などのレシピも本作の魅力のひとつとなっている。(亜洲奈みづほ2008.9)



『リダクテッド 真実の価値』
(2007年/アメリカ/90分/秋、「シアターN渋谷」ほか全国順次ロードショー)

 イラクで何が起こっているのか、私たちは本当に知っているのだろうか?戦争よりも恐ろしいこと、それは真実の「リダクテッド(削除編集)」だ。──そう銘うたれた本作は、「九・一一」以降、主流と異なる意見が排除されがちな圧力が蔓延する米国を相手に「映像こそが戦争を止める」という信念のもと、挑むように生まれたドキュメンタリー・タッチの野心作だ。
 作品の中心となるのは、衝撃の事件──米兵による一四歳の少女レイプおよび彼女を含む家族4人惨殺事件である。これは決して作り話ではない。イラクで2006年に実際に発生した事件だ。作品は次のような字幕で始まる。「この映画はフィクションだが、すべて事実に基づいている。」視点となるのは、駐留する米兵たち。兵士たちの日常と事件とが、様々な映像を引用する形で立体的に語られている。舞台となるのはイラクの検問所だ。ここでは「停止線を越えた車は、検問所を自爆テロで攻撃する」とみなされる。あるとき、米軍の制止をふりきった車があった。ただし乗っていたのはテロリストなどでなく、産院へと急ぐイラク人妊婦とその兄であったのだが。米軍から車へと降り注ぐ銃弾。撃たれて血に染まった妊婦は、病院でまもなく死亡した。このような形で2年の間に実際に検問所だけでも殺されたイラク人は、その数なんと2000名。そのうち真の“敵”とみなしうるのはわずか60人のみで、残りの一九四〇名は罪のない民間人であったという。
「殺した女のことをどう思う。」そんな同僚の質問に対して米兵は事もなげにこう答える。「魚をさばいた程度だ。」随所に散りばめられたセリフは、米国のイラクに対する姿勢を象徴するかのようで、イラク人と同じアジア人としては憤らずにはいられない。「奴らはゴキブリと同じだ。」「こいつらは雑草でいくらでも生えてくる。」
 何よりショッキングなのは、レイプから帰ってきた米兵たちの言葉だ。「今夜の“遠足”は(ラス)ベガスと同じなのさ。」──少女をレイプして撃ち殺し、焼き殺したことが、である。戦場という空間に身を置くと、人間が人間でなくなってゆく。感覚が麻痺して常識と非常識の区別がつかなくなってしまう。しかも日本人も他人事ではいられない。かつて中国の地でおこなわれたことを思い起こせば…。
 米兵による強制家宅捜査、イラク人による爆弾テロ、米兵によるイラク人一家惨殺事件、イラク人による米兵誘拐事件。ここには憎悪が憎悪を呼ぶ、負の悪循環が渦まいている。米兵が駐留している限り、イラクに平和は戻らない。米軍とテロリストとの攻防戦は続く。
 映画は主張する。「映画の中で浮かびあがる“真実”をどう捉えるのか?何を信じるべきなのか? 自分の目はそれを見極められるのか? そもそも戦争は“真実”をしらないことが引き起こす悲劇ではないか?」
 そんな問いをつきつけてくる本作。監督は『アンタッチャブル』や『ミッション・インポッシブル』など次々と話題作を放ってきたブライアン・デ・パルマだ。米軍の蛮行を米国人監督が描いているため、内部告発のようにも見える。監督の勇気には世界がひれふした。本作は2007年ヴェネチア国際映画祭で、優秀監督賞である銀獅子賞に輝いている。(亜洲奈みづほ2008.9)



『ファン・ジニ 映画版』
(2007年/韓国映画/141分/9月下旬、「シネマスクエアとうきゅう」ほか全国順次ロードショー)

 絢爛の時代、運命さえもひざまずかせた、ひとりの妓生(キーセン)の真実の愛の物語──そう銘うたれた本作は、500年の歳月をへてもなお語りつがれる、実在した名妓の激動の人生を描いた時代劇だ。この物語のテレビドラマ版はNHK・BSでも放送されており、話題作である。ちなみに妓生とは、朝鮮王朝時代、宮中で宴席での楽技披露や高官の歓待などを生業とした芸妓のことで、身分は低いものの貴族や外国からの使者を相手にするため、歌舞音曲、学問、詩歌に秀でた高い知性と優れた容貌を兼ね備える必要があったという。
 舞台は16世紀の朝鮮王朝時代。貴族の娘として育てられたチニ(ソン・へギョ)は、15歳のときに自分は女中がはらまされた子であったという出生の秘密を知り、自ら家を出て、妓生としての道を選ぶことを決意する。数年後、詩や絵画、琴や歌に秀で、その知性と気品の前に、貴族たちですら一目を置く、稀代の名妓となったチニ。男女差別、身分差別の激しい時代に、人生の転落を味わい、偽善に満ちた世界と向きあう彼女は、決して誇りを失うことはない。妓生として身は任せても決して心までゆるしはしない。たった一人の想い人を除いて──ただひとりの男・ノミ(ユ・ジテ)への愛を貫きとおした。ノミとは少女時代からの使用人で、彼女が妓生となってからは世話人を務めたこともあり、のちに義賊団の頭目となる男性である。
 儒教の規範が強く、女は卑しい存在だと考えられてた朝鮮王朝時代。芸妓の人生は悲哀に満ちたものであると想像されるが、それすら彼女の気高さにかき消されてしまう。──「凛として立ち、花のように振舞う。」
 この世の天国から地獄まで味わい尽くした女性は断言する。「この世に慈悲などない」かたや彼女は貴族の娘から芸妓に。かたや彼は幼なじみの使用人から義賊団の頭目に。どこで運命が曲がってしまったのだろう。それぞれに分かれ道があった。「選んだ道を行くのです。」という彼女の決意にも似た強い言葉は、運命に翻弄されることをゆるさず、自ら生きる道を切り開いてゆく。
 ところで本作は、監督が映画『接続─ザ・コンタクト』や『カル』などで有名なチャン・ユニョンだ。製作予算は12億円以上で、製作期間は4年にも及んだという。物語以外にも見所は多い。時代の空気を現代的な色使いで伝える美術。一部、シースルーの布地を採用した洗練された衣裳。韓服には、製作当時の2007年にトップ・デザイナーたちが好んで使った流行色であった緑や青、黒が印象的に用いられている。
 また主演のソン・へギョは、役作りのために伝統絵画や書道、美術などを学んだという。努力のかいあってか、彼女は本作で第6回大韓民国映画大賞新人女優賞を受賞した。何よりも注目すべきは、原作『ファン・ジニ』が北朝鮮の有名作家ホン・ソクチュンの作品であるという点だ。これが韓国の文学賞を受賞、映画化にいたるわけである。なぜ北朝鮮と思われるかもしれないが、そもそも実在のファン・ジニは北朝鮮の開城を舞台に活躍したのである。それを象徴するかのように、ラストシーンの撮影は、なんと北朝鮮の本物の金剛山でおこなわれた。本作は南北のボーダーを越えた大作でもある。(亜洲奈みづほ2008.8)



『ヨコヅナ・マドンナ』
(2006年/韓国映画/116分/9月、「シャンテシネ」ほか全国順次ロードショー)

 史上最強のキュートな乙女男子が誕生! 相撲の賞金でマドンナみたいに生まれ変わるんだ!? 女の子になることを夢見る少年の青春むちむちムービー!──そう銘うたれた本作は、お涙頂戴の韓流メロドラマでも、笑いのためだけに人を醜い目に合わせるような過激なコメディでもない。主人公たちの前向きな心が、観客の涙と笑いを誘う。
 ぽっちゃり太めの男子高生、オ・ドング(リュ・ドックァン)。彼の夢は本物の女の子、それも幼い頃から憧れのマドンナのような完璧な女性になって、大好きな日本語教師に告白することだ。しかし夢を実現するための性転換手術を受けるには、いくらバイトに励んでもお金がたりない。そんなドングはある日、「高校生相撲大会」の賞金が五〇〇万ウォン(注・五〇万円相当)であることを知る。ドングのとりえは力が強いこと。そこで優勝をめざすべく、高校の相撲部の門を叩いた。練習場にいたのは、個性的な面々だ。あやしげな監督、高慢な主将、そして真面目なのか不真面目なのかわからない、太っちょ三人組。とはいえ練習はラクではない。初めは裸になることや、男子と肌を合わすことを恥ずかしがっていた彼だが。ドングの長く険しい「女の子への道」が始まった。
 韓国といえば儒教の国。男女の別が厳しく、男性は幼い頃からとにかく男らしくあれと育てられるこの地で、乙女男子の存在は想像以上に衝撃的に受けとめられたことだろう。そんな作品が誕生すること自体に、韓国の価値観の多様化をかいま見る。
 乙女男子を性同一性障害とみなすと陰湿な印象があるものの、口紅をつけて化粧の練習をしては、まわしをサリーのように着て、踊ってみたりするドングに、湿っぽさはない。何より本作はスポーツがテーマであるせいか、からりとした笑いに満ちている。相撲のコメディということもあり、周防正行監督の『シコふんじゃった』を思わせるおもしろさがある。
 主人公のドングが内股で上目づかいにはにかむ姿は愛らしい。そんな主演のリュは、圧倒的な存在感を誇る。なんと二七キロもの増量に加えて、相撲とダンスを猛特訓して本作に挑んだという。努力のかいあって、韓国のアカデミー賞である大鐘賞の新人男優賞をはじめとする各映画賞の新人賞を総なめにした。また監督を務めるのは1973年生まれの新世代、脚本家出身のコンビ、イ・へヨンとイ・へジュンだ。彼らいわく「夢を現実にする喜びや夢を叶えて生きる楽しさを描きたかったのです。その喜びや楽しみが観客に伝わるとうれしいです。」
男女の別の厳しい地で、男性が女性として生きるのは決してたやすいことではない。それでも懸命に自己実現をはたしていく主人公の姿は、けなげですらある。「ただ僕の人生を生きたい」──そんなセリフが印象的だ。(亜洲奈みづほ2008.8)



『チャウ・シンチーのゴーストバスター』
(1995年/香港映画/80分/7月2日・4日、シアターN渋谷にて「香港レジェンド・シネマ・フェスティバル」の一環として上映)

 幽霊退治のエキスパートは精神異常者だった。──本作はシニカルな笑いも恐怖演出もてんこ盛りのホラー・コメディ。奇想天外、息もつかせぬ展開で、観る者を決して飽きさせることのない、一〇〇パーセント娯楽映画だ。
 あるマンションで、リー夫妻の子供に、死んだ祖母の霊がとりついた。自分を事故死させた息子夫婦に復讐するためである。そこに幽霊退治のエキスパート、レオン(チャオ・シンチー/周星馳)が現れ、いったんは霊を追いはらうのだが、この男、じつは精神病院に入院中の男だった。相棒となった変わり者の娘クン(カレン・モク/莫文蔚)やマンションの警備員まで巻きこんで、霊との格闘が始まる。
 真夜中の団地で恐怖に出会う警備員。次から次へと起こる怪奇現象。人もいないのに動きだす物たち。水道から流れ出る鮮血。勝手に明滅する電球。もはや幻覚との闘いだ。ついには電動ノコギリは出るはダイナマイトは出るはの大騒ぎである。ワイヤーアクションあり、爆発シーンありと、見どころに事欠かない。それでも映画『クローサー』を手がけたジェフ・ラウ(劉鎭偉)監督は、細部にまでパロディをしこむ演出の細やかさで笑いをとり続ける。
 「本当に幽霊がいるの。」「いるさ。」そんなセリフも、かの香港の地なら、なんとなく納得がいってしまう。人々は手慣れたもので「幽霊が何もしなくても怖がる、それは(幽霊が怖いという)固定観念によるものだ。」「幽霊とは宙に浮遊するエネルギーだ。」とわりきっている。
 ただし仲間が次々に憑かれてしまうのには閉口する。誰が味方か、誰が正常か。次は誰が憑かれるのか、仲間すらも信用できない。厄介なのは霊が憑いた場合、霊退治は憑かれた本人の肉体まで傷つけかねない点だ。いかに霊だけとり去るか? 霊の憑いた自分を殺せと叫ぶレオン。
 これは余談だが相棒役のクンを演じたカレン・モクは映画『天使の涙』で有名だが、製作当時、チャオ・シンチーの恋人であったという。(亜洲奈みづほ2008.7)



『素足のクンフーファイター』
(1993年/香港映画/83分/7月2日・4日、シアターN渋谷にて「香港レジェンド・シネマ・フェスティバル」の一環として上映)

 「泣けるクンフー映画」──そう銘うたれた本作は、主演が香港アイドル四天王の一人、アーロン・クォック(郭富城)、共演がマギー・チャン(張曼玉)と豪華なキャスト陣を誇る。監督は、本欄でも紹介した『エレクション』などで世界的な人気を誇るジョニー・トー(杜◆(=王+其)峰)だ。
 クヮン・フォンイウ/關豊曜(アーロン・クォック)は田舎から出てきたばかりで、靴も履いたことのない純真な青年。ひょんなことから美しい寡婦(マギー・チャン)のきりもりする染物屋「四季織」で働くこととなる。染めの質で勝負の「四季織」、これに対して覇道の商売をする「天龍紡」、敵対する二大工房の攻防戦の背後には、「四季織」を乗っ取ろうとする町の実力者の計略があった。「四季織」を買収しようと試みたり、店の使用人を賭博ではめたり、放火したり。店は悪辣な嫌がらせにさらされる。
 純真さのあまり、人に利用されていることもわからないフォンイウは、こともあろうに商売敵「天龍紡」に懐柔されてしまう。平民であった青年が染物屋の主任に抜擢されるがゆえの悲喜劇。そこにはカンフーの強さだけで選ばれたという危険性がある。義理人情の伴わない人間関係は危うい。ついにはかつての義兄弟が敵味方に分かれて闘う破目に。
 物語の前半は堅実な染物屋や寺小屋が舞台でどこか牧歌的だ。アクション・シーンはあっても武術大会という設定にとどまっている。対する後半は一転して人々の陰謀が渦巻き、乱闘は死を伴う血なまぐさいものに。いずれにしてもアクションあり涙あり恋愛ありと盛りだくさん、ドラマ性の高いアクション時代劇となっている。
 本作は一九七五年に製作された作品のリメイクというだけあって、演出が細部まで行き届いている。武術指導は当時と同じスタッフが担当しており本格的だ。カンフーはもちろん、剣術あり、弓矢まで登場する。武術大会や乱闘シーンなど、アクションを見たいかたはたまらない。
 本作はアーロン・クォックの華麗なカンフーを見ることができる数少ない作品のひとつと言われている。無知、無学で純粋無垢な青年を、アーロン・クォックがその魅力できらきらと熱演している。(亜洲奈みづほ2008.7)



『闘茶 Tea Fight』
(2008年/日台合作映画/102分/初夏、シネマライズほか全国でロードショー)

 幻のお茶を求めて京都から台湾へ。茶に心を奪われた人々の運命やいかに。そして伝説の銘茶に隠された謎とは。――本作は茶という渋いテーマを人間模様を交えて軽快なタッチで描くヒューマン・ドラマだ。
 京都の老舗茶屋の八木親子(香川照之・戸田恵梨香)は、幻の“雌黒金茶”の謎を探るため、京都から台湾へ渡る。同じくその茶を追い求める、台北の闇の茶市場を牛耳る若き天才茶人ヤン(ヴィック・チョウ/周渝民)とその元恋人(ニン・チャン/張鈞◆(=ウガンムリの下に心+用))とが出会う。運命に引き寄せられるように、四人は“闘茶”することに。はたして幸運を手にするのは誰なのか? 
 闘茶とは、いわば飲み比べのコンテストだ。茶水の色、香り、お点前の技などすべてを競う。これに挑む者は一族の名誉にかけて出場するという。お茶一杯にかける情熱。たかが飲み物一杯というなかれ。お茶には茶摘みのプロセスから製茶、競売、さらにお点前の心境に至るまで、それぞれの世界が秘められているのだ。
 そもそもお茶の発祥地は中国だが、渡った先で育まれるものがある。日本と台湾、実際にそれぞれの地で茶文化が息づいている。日本の茶会の茶道と闘茶の茶芸。その対比がおもしろい。ちなみに日本の茶会のシーンでは裏千家の指導のもとで撮影が遂行され、約四O名もの裏千家関係者が参加したという。一方の台湾茶芸は、流派のような厳密な作法よりも、美味しく入れるほうに重点が置かれているようだ。本作はそれ自体ひとつの日台「茶」交流と言えるかもしれない。いっぽう台湾ならではというのは、茶芸の合間に登場する、伝統人形劇「布袋戯」や道教の廟、日本でもブームとなったパールミルクティーなど。台湾のエスニックの彩りも見どころのひとつである。
 それにしてもお茶という存在の味わいをどこまで映画という手段で表現できるのか、これはひとつの挑戦だろう。セリフの形容で・または香をかいだ反応で・飲み終えた喜びで。「良いお茶は口のなかで少しずつ味わいが変化します。」「たとえば紅茶のようだが蜜のような味わいの東方美人茶。」そんな「茶には女性のような魔力がある。」
 ところで闘茶とは自己と向きあうもので、真の敵は自分自身だという。闘茶参加者たちは、お点前で石臼をひきながら、うかびあがるフラッシュバックに葛藤する。たとえばお茶の呪いで妻を失ったと信じこむ父親、二度と茶に触れるまいと誓った彼が、勇気を奮って臨む闘茶。または天才茶人ヤンは彼を捨てた女性に闘茶の場面で対面、対決することに。父と娘の絆が・または別れた男女のよりが、とりもどされる。茶に秘められたさまざまな想いが交錯する。闘茶はそれぞれがトラウマを乗りこえてゆくプロセスでもあった。
 これは余談ながら、撮影には人間国宝級の茶人を輩出する、台湾の「華泰茶荘」が協力している。この茶芸館が上映時には劇場窓口でチケットを購入した客に限り、中国茶をプレゼントがするという。そんな華泰茶荘のお茶は、筆者も愛飲している。
 ともあれ本作は、見終わった後、台湾茶のようなすがすがしさの残る作品だ。(亜洲奈みづほ2008.6)



『闇の子供たち』
(2008年/日本映画/138分/夏、シネマライズほか全国でロードショー)

 値札のついた命――本作はタイを舞台に人身売買、幼児売春というショッキングな題材を描いたドキュメンタリータッチのサスペンスだ。ロケは全編タイで決行されており、セリフもタイ語をふんだんに交えたものとなっている。
 人間の傲慢さと欲望の代償として、幼児売買、臓器密売など、罪のない幼い子供たちが安易に金銭取引されている。そんな現実をタイ在住の新聞記者・南部(江口洋介)はNGO職員(宮崎あおい)とフリーカメラマン(妻夫木聡)の協力を得て取材を開始する。しかし事実を暴き、虐げられる「闇の子供たち」を救おうともがくほどに、残酷な現実が立ちはだかるのだった。
 幼児売春では、少女たちはエイズにかかると使い捨てられてしまう。黒いゴミ袋に袋づめにされて、ゴミ収集車に投げこまれるのだ。なかには臓器密売の犠牲者として、生きたまま心臓を取られる子供もいる。日本の病児が臓器提供を受けて命を助かるかわりに、タイの子供が生きたまま心臓を切り取られるというわけだ。
 ひとの生命とは等価ではなかったのか? 生まれてくる環境になぜこうも差があるのだろう。一億総中流の日本では想像もつかない現実が、アジアの片隅に横たわっている。しかも臓器の受け手として、または幼児性愛者の客として、日本人もまた加害者の立場にあるということに言葉を失わずにはいられない。苛酷な現実を前に、一体、何ができるのだろう。せめてカメラにおさめるしか・記事にして事実を明らかにすることしかできないのか。ひとは現実を見よと言う。現実を知ることが行動の力になるのだろうか。幼児売春も臓器密売も、今、まさにこの瞬間にも進行しているのだが……。
 ちなみに本作の監督は『亡国のイージス』や『KT』を世に送りだした阪本順治。原作は『夜を賭けて』『血と骨』で名高い梁石日。主題歌を手がけるのは桑田佳祐だ。
 被害者の子供たち、言葉なく見開かれた少女の瞳が、脳裏に焼きついて離れない。(亜洲奈みづほ2008.6)



『一九七八年、冬。』
(2007年/日中合作映画/101分/6月、渋谷ユーロスペースにてロードショー)

 あの冬の日、ぼくたちの心に確かに芽生えたものがある――絵好きの少年の透明なまなざしから、淡い恋のエピソードを淡々と見つめた本作は、青春時代をしみじみとえがく芸術映画だ。青春特有のピュアさが、少年のまなざしを借りることで、あらわとなっている。そんな本作は二〇〇七年東京国際映画祭コンペティション部門の審査員特別賞受賞作だ。
 文化大革命の混乱が終わり、改革開放が始まる直前の空白の時代。中国北部の小さな町、西幹道に住む兄弟の前に、北京からひとりの少女が舞い降りた。凍てつく灰色の風景のなかに、突如として鮮やかな空気を持ちこんだシュエン/雪雁(シェン・チアニー/沈佳◆(=女+尼)。彼女の踊る姿に、一八歳の兄・スーピン/四平(リー・チエ/李傑)は恋をし、一一歳の弟・ファントウ/方頭(チャン・トンファン/張登峰)は憧れを抱いた。
 出社拒否の兄といじめられっ子の弟。団員になれない踊り子。皆それぞれに孤独を抱えて生を営む。厳しい日常生活をかすかに彩るのは、それぞれの希望だ。兄の娘への想い、弟の絵画への情熱、娘の踊り子への夢。いずれも日常のエピソードはささやかなものだ。恋するあまりに陰に日向に娘の後をつける兄。または誤って娘の仕送り金を使ってしまい、返済に奔走する様子。さらに娘の父への病気見舞いに娘の踊り子姿を映してやるなど。
 それらは決して饒舌に語られはしない。抑制された感情表現、きりつめられた言葉による。セリフの代わりに響くのは、無機質なラジオのアナウンスだ。舞台となるのものまた廃屋や工場、古びた家々である。雪に煙る製鉄所。砂塵の向こうのセメント工場。兄弟がてくてくと線路ぞいの枯れ野の道を歩む背中は印象的だ。それらモノトーンの光景は、心象風景のように、登場人物たちの孤独をものがたる。
 これらがロングショットによるのは、監督自身の懐古の想いがこめられているからだろう。この作品の構想は監督によって一〇年以上、暖められてきたものだという。この映画のテーマは人の運命、とりわけ「孤独や漂流、運命の無常」だ。監督のリー・チーシアン/李継賢は、文化大革命時代に少年期を過ごした、いわゆる第六世代。彼いわく「自ら表現しに行ってはならないのです。レンズはむやみに移動せず、それは静観されたものであるべきでした。(中略)私は自分自身も傍観者であり、カメラも同様傍観者であると意識しています。」
 この作品にスターはいない。派手なアクションがあるわけでも、物語にどんでん返しがあるわけでもない。そこには傍観者から見たモノトーンの風景が淡々と広がるばかりだ。
 ちなみに映画の後半、兄は海軍への入隊を決心する。煙る風景のなか、出征の列車が静かに遠ざかっていった。(亜洲奈みづほ2008.5)



『今、愛する人と暮らしていますか?』
(2007年/韓国映画/116分/5月25日よりTOHOシネマズ六本木ヒルズにてモーニング・ロードショー)

「変わらない愛があると信じますか?」――その答えが限りなくNOに近いのが本作だ。前作とはうってかわって対照的な、現代のソウルが舞台のトレンディ・ドラマである。二組の夫婦がお互いの相手と不倫をするというスキャンダラスな大人のラブストーリーだ。日本でも大人気の韓流スター、イ・ドンゴンが主演の最新作で、彼とアイドルスター、オム・ジョンファが繰り広げる熱いラブシーンが韓国では話題になったという。
 建設会社の取締役であるヨンジュン(イ・ドンゴン)とインテリアショップを運営するソヨン(ハン・チェヨン)は若くして成功したセレブのカップルだが、実は形だけの仮面夫婦だ。一方、ファッション・アドバイザーのユナ(オム・ジョンファ)と情の深いホテリアー、ミンジェ(パク・ヨンウ)は、友達のようなカップルだが、熱も冷めてきた生活型夫婦。倦怠期に突入した二組のカップルが、運命のいたずらで互いに交差してしまう。はずみでつながれた二つの手から・または他愛ない口喧嘩から始まる二つの恋がある。二組のカップル、それぞれの想いが交錯する。白黒の結論の出ないまま、別れきれないふたりとふたり。
「僕たちのことは秘密です。」「俺の留守中、何してた。」そんなセリフが登場するが、ダブル不倫といえども、スタイリッシュな映像とクールな感情表現とで、決して三流メロドラマに陥ってはいない。スワッピングなどという下世話な言葉に訳しきれない、微妙な心のひだもさらりと描かれている。
 ところで筆者もまた、主人公と同じ程度の結婚期間を持つのだが、だからこそどきりとさせられるセリフがある。「確かなのはお互いいつかは飽きるってこと。今は何をしてもぬるいわ。」または「今でも私を見てドキドキする?」「恋愛期間四年、結婚期間三年だから、ドキドキしてたら心臓病だな。」作中ではそんな会話がかわされる。子供のいない夫婦だからこそ、一層、倦怠感もあらわとなるのだろう。それにしても一体全体、世の中、何パーセントの夫婦が「今、愛する人と暮らしていますか?」――本作のタイトルはそれを正面から問いかけてくる。
 ただし決して作品は情の泥沼でも湿っぽいものでもない。キャストの一人がインテリア・コーディネーターという設定上、装置やライティングはゴージャスなことこのうえない。また別のキャストがファッション・アドバイザーであるという設定上、衣裳もファッショナブルである。公開時に劇場で、韓国の既婚女性たちは、スクリーンのきらびやかな異次元で、ひとときの擬似恋愛を楽しんでいたことだろう。
 それにしてもこれは自由なのか背徳なのか。旦那でない男と食事をして酒を飲んでと、はたして既婚女性にはどこまでが許されるのだろう。かつては儒教の影響から、韓国では妻がひたすら夫に仕え、夫の奔放にも耐えるべきとされていたところだが、そんな風潮は過去のものとなりつつあるのかもしれない。これからは女性もまた結婚後の恋愛にさらされるようになってくる。そんな時代の変化を感じさせる一作だ。(亜洲奈みづほ2008.5)



『花はどこへいった』
(2007年/日本映画/71分/6月14日〜7月4日に岩波ホールにてロードショー他、今夏、大阪・第七芸術劇場、京都シネマ、神戸アートビレッジセンターにて全国順次公開)

 ベトナム戦争のことを知っていますか──本作は、元ベトナム帰還兵グレッグ・デイビスの日本人妻・坂田雅子が、枯れ葉剤が原因による夫の死に直面したのち、ベトナム戦争での枯れ葉剤の被害を映画監督として追究しようと思いたつというドキュメンタリー映画だ。枯れ葉剤の被害者だけでなくベトナム帰還兵の語りもまじえてつづられている。
 ベトナム戦争の最中、一〇年間にわたり、ベトナムの地には七二〇〇万リットルの枯れ葉剤がまかれた。隠れ場所を奪い、食料補給路を絶つためである。枯れ葉剤を浴びたベトナム人は、その数、四〇〇万人。特に枯れ葉剤に含まれるダイオキシンは、自然には分解されにくいため、一度、発生すると大気中や土壌、体内に長期間残留、遺伝子に損傷を与えてしまう。ベトナムの土にしみこんだダイオキシンは、戦後三〇余年をへた今もなお、三〇〇万〜四〇〇万人の健康に影響を及ぼし続けているという。枯れ葉剤を浴びた親から次々に生まれる障害児。脊椎異常や手足のない子供たち。
 画面にはずらりと並ぶ奇形児のホルマリン漬けが映しだされる。いや、胎児だけでない。むしろ生きて生まれた子供のほうが悲惨である。白目の飛び出した幼児、つるりと目のない子供すらいた。作中にはボランティアで日本語を教える授業の風景が登場する。生徒たちが片言の日本語で歌う歌「幸せなら手を叩こう」に心がなごむと思いきや、一部の子には生まれながらに叩く手がないのであった。
 お金がたりないため、手術を受けることができない。車椅子を買うことができない。そんな金のないベトナムと、責任を認めない米国。傷のあまりの深さは個人では癒しきれず、ついに米国の薬品会社相手に訴訟が起こされたが、却下されている。
 それでも被害者たちは怒りをあらわにするかと思いきや、予想外に淡々としていた。「誰のせいとも言えません。戦争だったのだから」。頭が二つある子を生んでしまった母親は語る。「天が与えた運命として受けいれました」──あまりに苛酷な運命である。
 この作品に登場した障害児たちは、フィクションでも何でもない。現実に、今このときも悲惨な境遇のなか、生を営みつづけている。そんな事実に言葉を失わずにはいられない。アジアにはいまだ深いトラウマが残されている。(亜洲奈みづほ2008.4)



『黒い家』
(2007年/韓国映画/104分/4月5日、シネマート六本木、お台場シネマメディアージュでロードショー)
 「絶対に関わってはいけなかった! その家の住人…指狩り族の生き残り…。」──そう銘うたれた本作は、韓国でホラー映画史上歴代三位の興行成績を記録したもの。邪悪な衝撃に満ちたバイオレンス・スリラーだ。原作は日本のホラー作家・貴志祐介の同名の作品で、九七年に日本ホラー小説大賞を受賞、一〇〇万部を越えるベストセラーとなったものだ。
 障害保険請求のため、自分の指を切り落とす人々。あるいは怪我のみならず、入退院をくり返すなど、悪質な詐欺で保険金を請求する人々。物語は、そんな通称「指狩り族」と保険会社との攻防戦が中心となっている。保険金目当てで息子を殺害した指狩り族(カン・シニル)に対して、新たな保険金殺人の発生を予感、必死でくいとめようとする保険会社の査定員チョン・ジュノ(ファン・ジョンミン)。彼は捜査を進めるうちに犯人(ユ・ソン)から様々な嫌がらせを受ける。無言電話、愛犬の殺害、荒らされた部屋。これでもかこれでもかと続く事件に、「人の心がないんですか?」見る者もまた、彼同様、思わずそう叫びたくなってしまう。
 とびかう刃物、響きわたる悲鳴。血痕。燃えさかる炎。まるで悪夢にうなされるような一〇四分間だ。見終わってこれほど疲弊する作品もない。それでも怖いもの見たさに観客は魅きつけられてしまう。本作は韓国で一四一万人の観客動員を誇ったという。(亜洲奈みづほ2008.4)



『ビルマ、パゴダの影で』

(2004年/スイス映画/74分/3月15日、渋谷アップリンクXにてロードショー)


 「撮影許可のおりない危険な状況下で、ビルマの少数民族が語った弾圧の真実」──迫害された人々の叫びを伝える、このドキュメンタリー映画には、見終わった者が日本の平穏な日常に戻ることに、罪悪感すら感じるほど、衝撃的な証言の数々が盛られていた。
 カメラは観光用PR番組の撮影と偽り、ビルマに潜入、ジャングルの奥深く国境地帯へと向かう。そこには幾千、幾万もの人々が軍政による強制移住や強制労働、拷問や殺害などさまざまな人権侵害から逃れるため、日々、ジャングルでの移動を続けながら生きながらえていた。「私たちカレン民族は静かに暮らしていました。しかしビルマ軍は私たちを襲撃し、殴り、拷問しました。私たちカレン民族を人間扱いせず、滅ぼそうとしています。」──現在、タイの難民キャンプには15万人のカレン民族が在住しているという。さらにミャンマー(ビルマ)国内のカレンの地には、政府軍から逃れてジャングルをさまよう「国内避難民」が40万人も存在する。
 さらにシャン族の地では2000以上の村がたちのかされ、50万人以上が家を失った。また1996年以降、100万人以上の人々が強制労働にかりだされたという。タイの難民キャンプに住んでいる母親は語る。「夫を亡くした。(強制労働による)ポーターの仕事から戻って7日後に死んだわ。荷物運びを断ったら兵士に殴られたわ。殴られて歯が折れた時は気絶しそうだった。」それぞれにどうしようもないトラウマを抱え、それでもなんとか生きている。これが決してフィクションでなく、今なお、現在進行形で続いている現実であるということにショックを受けずにはいられない。
 全ビルマ学生民主戦線の兵士は語る。「個人的には人を殺したくないし殺されたくもない。でも今が決断の時なのです。耐え続けるのか、戦うのか。」──少なからぬシャン族の子供たちが、かすかな将来の望みとして、反政府組織であるシャン軍の兵士になり、政府軍と闘うことを願っている。憎しみの再生産、悪循環を止めることができない。スイス人のアイリーヌ・マーティー監督は、この地を「鉄格子のない牢獄」と称している。
 ちなみに本作の日本公開にはアムネスティ・インターナショナルほか多数の人権団体が協力している。さらに本作は国連関係者にも紹介され、国連ビルマ特使や国際赤十字委員会によって、弾圧の証拠映像として認められたものだ。微笑みの消えた人々の眼差しに光る一点の希望、それは弾圧の真実を知ってもらうということであるという。(亜洲奈みづほ2008.3)



『裸足のギボン』

(2006年/韓国映画/100分/3月8日より銀座シネパトス他にて全国順次ロードショー)


 本作は親子の絆を描いた心温まるヒューマンドラマだ。開始一番、真っ先に現れる字幕が「実話を映画化したものです」──その実話とは。
 ギボン(シン・ヒョンジュン)は、幼い頃熱病にかかったため、40歳にもかかわらず知能は8歳のままだ。そんな彼は稼いだ食べ物を大好きな母親に早く届けたいあまり、靴もはかずに家まで走る。そのさまから村人たちに「裸足のギボン」と呼ばれている。ある日、マラソン大会で、ギボンは落とし物のゼッケンを拾い、飛び入り参加、なりゆきで優勝してしまった。彼の才能に目をつけた村長は、彼を全国マラソン大会に出場させようと思いたち、本格的な訓練が始まった……。
 儒教の国・韓国では、日本以上に「孝」の概念が重んじられることもあり、本作ではギボンの親孝行ぶりがていねいに描かれている。母のために水をくみ、母のために火を起こす。稼いだお金はすべて母へと渡す。時には火傷してまで焼き芋を焼いてあげる。または歩き疲れた老いた母を背おって歩くなど。
 マラソン大会の賞金で母に入れ歯を買ってあげたい一心で、病をおして走りとおすギボンの姿。逆に我が子を気づかい、マラソン会場まで、はるばる上京してゆく老いた母の姿。そんな母子の想いが、マラソン大会終了後、ひとつに結ばれる。クォン・スギョン監督いわく、「ギボンのように知的障害者であっても、自分の母親に対して素直に親孝行の気持ちを表す。逆に私たち健常者はそんな簡単なことすらできなくなっています。(中略)ギボンの物語を通じて、私たちの心の中にある自分たちの物語に気づいて欲しい。」
 作品では、喜怒哀楽をストレートに伝えるアップのショットとランニングのシーンのロングショットが対照的だ。西日に浮きあがる走る姿のシルエットが美しい。風光明媚な海ぞいの山村もみどころのひとつでもある。何よりも特筆すべきは、主演するシン・ヒョンジュンの演技力だ。ドラマ『天国の階段』で、「涙の貴公子」という愛称で日本でも多くのファンをつかむ彼は、本作では重度の知的障害者という難しい役柄を、観客に不快感を与えることなく演じきる。彼の無垢な笑顔が印象的だ。その笑顔でいつまでも母の傍らにいることが、何よりの孝行なのかもしれない。(亜洲奈みづほ2008.3)



『恋の罠』

(2006年/韓国映画/139分/4月5日、シネマート六本木・新宿・心斎橋ほか全国順次ロードショー)


 「禁断の愛、開花」──そう銘うたれた本作は、公開わずか15日目にして観客動員数250万人を突破、2週連続、第1位を記録した話題作だ。しかも主演するのは、大ヒット作『シュリ』で有名な大御所ハン・ソッキュである。
 ストーリーは、初めて男を愛した純真無垢な王妃チョンビン(キム・ミンジョン)と、青年貴族であり覆面小説家であるユンソ(ハン・ソッキュ)との秘められた愛が焦点となっている。彼女は知らなかった、その情事の一部始終がベストセラー官能小説に描かれ、世間を賑わせていたことを。──そんな現代ものとしても十分に通用する物語展開が、あえて儒教の規範が厳しい李朝時代後期に設定されることで、新たな飛躍が生まれる。抑圧が強ければ強いほど、高揚は高まる。秘められれば秘められるほど想像が膨らむというのが人の性(さが)なのだ。儒教色の強い社会に、異形をあらわす官能小説。話題が性に及ぶと、一同は皆、一様に眉をひそめるものの、内心は興味津々であるというのが見え見えである。
 本作の原題は衝撃的にも『淫乱書生』となっている。「私はいつも、世間でタブー視されている“猥褻”や“スキャンダル”“情事”“反則”といったテーマに熱中してきました。(中略)そういった危険な愛を描くのが好きなのです。」──そう語るのは、本作で百想芸術大賞の新人監督賞を受賞したキム・デウ監督だ。彼は脚本家から監督デビューをはたしただけあり、映画の構成はしっかりとしている。脚本にもこだわりがあり、その修正はじつに20稿まで及んだという。これは余談ながら、筆者はかつて実体験を小説化したことがある。そこには書かずにはいられない、表現者としての業のようなものがひそんでいる。たとえ社会的地位が危機にさらされようとも、表現せずにはいられない。それが創作の世界なのではないだろうか。
 本作はラブストーリーというよりも、エンターテイナーの世界を深く描写した作品と言えるかもしれない。こともあろうに王妃をヒロインとした禁断の官能小説と知りながら、作家から挿し絵画家、版元、筆写職人、模写職人に至るまでが、小説作りに熱中する。その「企み」が、生き生きと描かれているのだ。めざすは「自分が夢の中にいるような、夢の中でしか出会えないような」そんな高揚を感じさせる「真髄」だ。たとえば体位について討論する場面など。映像上、あえて女体は用いられず、男同士で悪戦苦闘する。そんなストイックさが、この映画をポルノ映画におとしめなかった一因であろう。
 いや、むしろ芸術的価値が高い作品とすら言えるかもしれない。ライティングは光と影のコントラストが美しく、調度類も正確な時代考証がなされている。実際に本作は青龍賞と大韓民国映画大賞で「美術賞」に輝いた。あでやかな韓服姿も雅やかで、衣装もみどころのひとつとなっている。なんでも12000ヤードに及ぶ布がすべて手染めされ、総数で200着以上、重さ3.6トンもの衣装が製作されたという。こうした努力のかいあって、本作は韓国映画賞最高峰の大鐘賞で「衣装賞」の受賞をはたしている。(亜洲奈みづほ2008.2)



『手紙』

(1997年/韓国映画/92分/2月2日〜8日、シネマート六本木にて「韓流シネマ・フェスティバル」の一貫として再上映)


 前作から一転してこちらは超・純愛映画だ。しかも1998年の韓国で興行成績1位に輝いた恋愛映画の名作である。  昨年にひきつづき「シネマート六本木」にて「韓流シネマ・フェスティバル」の第2弾が開催され、一挙、28作品が再上映されている(2月29日まで)。その一貫として上映される『手紙』。  物語は、ふたり(パク・シニャンとチェ・ジンシル)の恋の始まりから、結婚、手作りの新婚生活と高揚してゆくところから、急転直下。夫の不治の病が判明、突然にふたりは死別してしまう。それだけでも十分に見ごたえのあるところだが、本作はそれだけに終わらない。夫の死後、傷心の妻の手元には、特別に手配されていた夫からのラブレターが次々に届く。心を結ぶメッセージに、妻は号泣せずにはいられない。彼は消えたわけでない、今でも心に鮮やかに生き続けているのだ。これが永遠の愛なのかもしれない。  迫真の演技で号泣するのは、チェ・ジンシル。対するパク・シニャンもメロドラマの貴公子と呼ばれ、女性ファンの心をつかむ。  本作は、韓国人の純情なるものが、ふんだんに盛られた名作だ。(亜洲奈みづほ2008.2)



『胡同の理髪師』

(2006年/中国映画/105分/2月9日より岩波ホールにてロードショー)


 大都会・北京の喧噪のなか、古き良き下町に暮らして90余年。理髪師のお爺さんの静かな立ち居振舞いが、心にあたたかな余韻をのこしてゆく──そう銘うたれた本作は、今年93歳を迎える現役の理髪師・敬(チン)爺さん(靖奎)を主人公に据え、その日常を淡々とした筆致で描くドキュメンタリー・タッチの渋い作品だ。失われてゆく胡同(路地裏)の歴史とそこで暮らす人々の細やかな人情を描いた本作は、高齢化社会に突入しつつあるアジアの横顔をかいま見せてくれる。
 ただし決して奇抜なシーンが登場するわけでない。舞台は淡々とくりかえされる理髪師の日常だ。主要キャストはアマチュアの老人達で、役者もアイドルも出演しない。派手なアクションがあるわけでもCGが駆使されるわけでもない。カメラワークはいたってシンプルに、固定アングルから、生と死とをじっくりと見据える。
 印象的なのは、“それでも変わらぬものがある”というメッセージだ。たとえば時計修理屋にて電子時計を勧められても、かたくなに昔ながらの手巻き時計を使いつづける、お爺さんの姿。またはこの道80年あまり、電気バリカンを使わずに小刀で、昔ながらの石けんで通すという姿。そんなポリシーに賛同する常連客の老人たちも少なくない。または車のあふれる高速道路と対照的な胡同の小道など。変わりゆくものと変わらぬものとの対比が印象的である。
 一見、いつもの日常のくりかえしのようであるなか、それでも少しずつ去りゆくものがある。北京オリンピックをひかえ、街の再開発とともにあちこちでたちのきがなされ、古い建物には「取壊し」の文字が記される。または常連客たちは高齢のため一人、また一人と逝ってしまう。それでもお爺さんは死を達観して、「恐れも執着もない」と言いきる。一方でそっと自分の遺影や死装束の準備を進める。葬儀会社に葬式の段取りを問いあわせる心情がせつない。時を刻む時計の音が随所に登場するなか、ついに壊れて止まった時計が死の予感をにおわせる。常連客のようにかたや大往生する者もあれば、チン爺さんのように、ひ孫が生まれる者もある。そこに生と死とが交錯する。人間いかに生くべきかについて問うた作品は数多いなか、本作はいかに逝くべきかを静かに見つめた希有な作品でもある。
 それが決して湿っぽくならないのは、おじいさんの清潔な職業柄なのか、仲間と「人間、死ぬ時も、こざっぱりきれいに逝かないと」と言いあう生き方ゆえなのか。それとも敬老の精神に満ちた監督ハスチョロー氏のあたたかなまなざしゆえなのか。(亜洲奈みづほ2008.1)



『風を聴く〜台湾・九◆(=ニンベン+分)物語〜』

(2007年/日本映画/117分/2月に大阪・第七芸術劇場、3月22日に東京・キネカ大森、来春に名古屋・伏見ミリオン座にて再上映)


 本作の主役は街そのものだ。台湾の九◆という地の魅力に、歴史・人・芸術と様々な角度から迫るのが、このドキュメンタリー映画だ。観客はひとときの台湾旅行を味わってきたかのような感慨を抱きうる作品である。
 九◆とは、台北から列車で東へ50分の地にある。戦前は東洋一の金鉱であり、坑口の数は155、全長165キロに及んだという。そんな街の栄枯盛衰が、この地の生き証人である江雨旺さん79歳の語りを通して描かれる。19世紀末、この地に金鉱が発見され、ゴールドラッシュが起こった。最盛期に街は4万世帯に膨れあがり、夜も明かりのたえない不夜城と化す。時代は日本の植民地統治から太平洋戦争をへて国民党支配へ。そんな波に街が、人々が翻弄されてゆく。金脈は底を尽き始め、鉱夫たちは去ってゆく。しばしの後、この地に古き良き台湾を見出した芸術家達が、再び集まり始める。去る者もあれば、とどまり続ける人、また戻ってくる人もいる。──「街は人とともに生きています。」 「九◆は美しい。20年住んでいても飽きがこない。」林雅行監督によれば、この街には台湾の別名である「麗しの島」を実感できる光景が広がっているという。「二時間毎に表情を変える九◆の街。霧の中の街、夕焼け、夜景も夜明けもすばらしい。」この街は山にへばりついており、どの風景にも段差があるため、同じ角度からでも時間や気候によって変化する。この街に魅かれて移り住んできた画家たちが挑戦しがいのある場所でもあるという。そんなこの街、「九◆に対して情がある。」というラストのセリフに、作品のすべてが集約されているようだ。  林雅行監督いわく、「この街の歴史、この街で生きた人びとへ想いをはせてほしい。私たち隣人のことを知ってほしい。」(亜洲奈みづほ2008.1)



『トゥ ヤーの結婚』

2006年/中国映画/九六分/Bunkamuraル・シネマにて2008年2月にロードショー)

 張芸謀監督、コン・リー主演『紅いコーリャン』から19年ぶりに、ベルリン映画祭で大型女優と名作のコンビネーションを誇る作品がグランプリ“金熊賞”を受賞した。本作は脚本を『さらばわが愛/覇王別姫』のルー・ウェイ(芦葦)が担当した悲劇である。
 ダイナマイト事故で半身不随となった夫の世話、幼い子供の養育、家畜の飼育など、美しいトゥ ヤー(ユー・ナン/余男)一人の肩にのしかかるものは少なくない。それでも誇りを失わずりんと生きる彼女に、さしのべられる手があった。水くみ労働から解放するために、井戸を掘ってあげる男性の存在。または自殺未遂した夫の治療費を負担してやる男性など。いずれも彼女への想いと人情とが響きあっての行動だ。
 本作には人情が随所に現れている。放牧中に迷子になった息子を探す彼女の姿。または再婚礼の最中に彼女を大切にしろと口論になる前夫と新郎など。内モンゴルの人と人との距離がうかがわれる。すなわち、広すぎるからこそ堅い絆で結ばれる人間関係を。それをアップのショットが的確にとらえている。対照的なロングショットへのきりかえも絶妙だ。砂漠化する大地にかかる月の美しさなど。この地の広大さを表すには、スクリーンという大画面が必要なのだろう。
 主演のユー・ナン(余男)は、作中では終始、スカーフに包まれてその美貌を隠しているものの、圧倒的な存在感を誇る。それもそのはず、中国金鶏奨最優秀主演女優賞やパリ映画祭主演女優賞などの受賞歴がある俳優なのだ。外国映画への出演も多く、コン・リー、チャン・ツィイイーに続く、中国出身の国際女優として活躍が期待されている。
 ところで砂漠化の進む土地に生きる民の生活は決して楽なものではない。物語の舞台となっているのは、中国政府が環境の劣化に対して、ここで生きる遊牧民を強制的に都市へ移住させる「生態移民」と呼ばれる政策を進める“苦難の地”。主演女優以外は実際のその地で生きる人々がキャストとして選ばれている。監督のワン・チュアンアン(王全安)は、実母が撮影ロケ地の近辺出身であるという。監督曰く「移住計画のことを聞いたとき、私は彼らの暮らし方を記録するためにこの映画を撮ることを決心しました。すべてが永遠に消え去ってしまう前に。」──撮影後、遊牧民たちは移住させられ、この映画に記録された人々の暮らしは永遠に失われることとなった。(亜洲奈みづほ2007.12)



『ハーフェズ ペルシャの詩』
(2007年/イラン・日本合作映画/98分/正月、東京都写真美術館ホールにてロードショー)

 引き離された運命の恋人。彼女が通った道の砂さえ私には愛おしい。──そう銘うたれた本作は、世界中の映画祭で注目を集めるイランの鬼才、アボルファズル・ジャリリ監督の贈る、イラン版ロミオとジュリエットとも呼べる芸術映画だ。
 青年シャムセディン(メヒディ・モラディ)は、コーランを諳じている者だけに与えられる称号を受け、“ハーフェズ”と呼ばれるようになり、高名な宗教者の娘で、外国育ちのためコーランの知識が少ないナバート(麻生久美子)にコーランを教え始める。顔を合わせることのないまま、コーランを詠み合ううちに、恋に落ちてゆくふたり。恋心を隠せず、禁じられている詩を詠んでしまったハーフェズは、称号を剥奪され、住む家を失ってしまう。そして、別の男と結婚させられたナバートは原因不明の病に落ちる。彼女のため、数多くの困難に立ち向かっていくハーフェズ。引き離されたふたりは、再び出会うことはできるのだろうか……。
 それにしても家庭教師が生徒と見つめあったというだけで、罪を問われるというお国柄。作品には我々の想像を越える信条が随所にかいま見える。たとえば七人の処女に鏡を拭いてもらえば願いが叶うという信仰など。この請願のため、ハーフェズは各地をめぐる。その姿はさまよう魂の遍歴のようでもあった。
 作品には意味深長な詩の引用のあいまに数々の儀式がはさまり、いやがおうにも神秘性は増す。随所にコーランの引用も散りばめられ、エスニックの彩り鮮やかだ。これらが通底音として作品のトーンをかもしだす。全体的なトーンといえば、砂塵の舞う白い光景がまばゆい。雄大な砂漠の景色、身にまとう衣装の美しさ、ペルシャの偉大な詩の数々などイラン映画ならではの見所は少なくない。ちなみにイランの地にて、スタッフは全員、イラン人という環境のなか、女優の麻生久美子は、全編ペルシャ語のセリフをよくこなしている。そんな彼女に拍手を送りたい。(亜洲奈みづほ2007.12)



『北京の恋 四郎探母』
(2004年/中国映画/98分/11月3日、銀座シネパトスにてロードショー)

 時を越え、海を越えて――本作は日本と中国の新しい未来を探る問題作だ。 京劇を学ぶ日本人女性・梔子(前田知恵)と中国の京劇俳優の青年・何鳴(チン・トン/◇(革+斤)東)が、文化と国境を越えてひかれ合う。しかし若い二人の前に、両家の数奇な縁と、親・祖父の心を離れない辛い過去が、重い影のようにさす。その姿が敵同士が親戚となる京劇「四郎探母」のストーリーと重なりあう。京劇のセリフに託した胸のうちがせつない。そんなふたりの恋が縦軸に、日中戦争の悲劇が横軸に描かれている。劇中では京劇というテーマ、春節の餃子づくりのシーン、シノワズリの調度類など伝統的な民族要素を再評価する動きがかいま見える。日中の深い因縁は、京劇のあでやかな世界に彩られ、見ごたえのある作品となった。
 それにしても半世紀をへたのちも消えない業というものがある。日本が中国大陸で犯した事柄。日本人として目をそらせない過去がある。それでも本欄で紹介した映画『純愛』と同じく、日本女性の誠がどこまで中国人の心に届くか。彼女の京劇愛、中国愛が、反日寄りの人々までまきこんで日中を暖める。最後にはそれでも彼女を舞台に立たせてやる中国人の懐の深さ、人情に、日本人としては言葉を失う。彼らの結論は「若い世代に任せよう」
 ところで主演は台湾で活躍するチン・トンと外国人で初めて北京電影学院本科を卒業し、現在、NHKテレビ中国語会話に出演中の前田知恵。彼女は作中の中国語セリフはもちろん京劇の歌まで自分でこなすほどの語学力を誇る。このように新しい人材の誕生に日中の新時代の到来が感じられる。それにしても彼女の存在といい、劇中の京劇を学ぶ日本女性といい、はたしてそれらを中国人の観客はどのように受けとめたのだろう。興味は尽きない。これは余談だが、筆者は知りあいに、京劇を学ぶ日本女性と中国人京劇男優がいる。本作はとても他人事とは思えない一作であった。(亜洲奈みづほ2007.11)



『呉清源 極みの棋譜』
(2006年/中国映画/107分/11月17日、シネスイッチ銀座・新宿武蔵野館でロードショー)

 中国から来た最強の棋士。その数奇なる昭和時代を描く真実の物語――呉清源とは囲碁の神様と呼ばれた大天才の名だ。彼の人生を描いた良質の芸術映画を、中国・第五世代の巨匠、田壮壮が四年ぶりの最新作として世に送る。それにしてもあそこまで日本的な映像を中国の代表監督がよく中国映画として撮りおろしたものだ……。
 北京で囲碁の天才少年と騒がれた呉清源(チャン・チェン/張震)は、日本人棋士(柄本明)の尽力により14歳で来日した。当時、世界最高レベルを誇った日本囲碁界でも瞬く間にトップ棋士に成長した清源。しかし厳しい勝負の世界に身を置く清源は救われがたい孤独に苛まれるようになり、女流棋士(松坂慶子)や川端康成(野村宏伸)ら周囲の人間は彼の身を案じる。折しも時代は日中戦争を迎えようとしていた。そんな時代背景に、宗教団体との関わりもからめて、それでも碁の道を追求してゆく人々の営みが淡々とえがかれる。これらを貫くのは「囲碁に国境はない」。
 ところで作中では随所に、かちりと碁石を置く音がやけに大きく聞こえるシーンがある。それもそのはず、「囲碁の世界は静寂そのものである」。そのほかにも雪の青、海の青、衣装だけでなくいたるところにブルーのトーンがかかり、静謐感をかもしだす。しかも一シーン一シーンが一幅の絵画のように完成度が高い。衣装はワダエミが担当している点もひと役、買っていることだろう。 本作は伝記というよりは、心象風景の語りでもある。人生を内側から描いたとも言えようか。天才の人生を丸ごと追体験した見ごたえがある。ただし観客には、その心象風景に託された精神性を読みとる力が要求される。たれ流しのエンターテイメントとは異なるものだ。監督は存命する本人と数え切れない対話を重ねながら制作したという。監督いわく「囲碁は勝負より対局する人の心の世界、精神的な世界が大事だと言いました。囲碁を極めると同時に、自分の精神世界も極めているということなんです」(亜洲奈みづほ2007.11)



『カンフー無敵』
(2006年/香港映画/103分/10月上旬、渋谷のイメージフォーラムにてロードショー)

 とにかく暴れたい、アクションを見たい――そんな読者にお勧めしたい。乱闘がスパイスというよりむしろ、乱闘のために物語があるという本作。アクションに次ぐアクションに息つく暇もない。この作品は香港カンフー映画ながら、舞台は上海、主演は台湾人となっている。招かれたのは、かの華流を巻きおこした、台湾の人気グループ「F4」のヴァネス・ウー(呉建豪)。近年、スターの育ちにくかったという香港カンフー映画世界に、新風を吹きこんでくれる。
 舞台は繁栄と闇の勢力がしのぎを削る1940年代の上海。ならず者のゆきかう魔都に、若者リクは自分と同じく超人的な力を持つという、まだ見ぬ父を捜しに来て、派閥抗争に巻きこまれてゆく。そんなリクの成長物語にナイトクラブの歌姫との淡い恋もおりまぜた本作。時代背景が非現代であるせいか、たとえば木の調度に竹の足場、燃えあがる家等々、破壊時の迫力が数倍にはねあがっているのが見逃せない。撒き散る破片、飛びかう奇声。包丁は舞い、槍はゆきかう。関節技の音も生々しい。「運命は人をもて遊ぶ。逆らえん」「福や災いはすべて運命、避けることはできん」――作中のセリフのように、リクは母を失い、父を捜しながらも、運命に抗うことなく屈しもしない。降ってわいたような乱闘に巻きこまれ、運命の挑戦を受けるたびに、少しずつ潜在力を明らかにしてゆく。そんなリクの武器であり盲点でもあるのが、自力で強さを制御しきれないほど強いという点だ。強さを誇るカンフー世界が、より強く・もっと強くと追求した末に行き着いた設定なのだろうか。こうした物語の撮影で、主演のヴァネスは危険を顧みず、すべてのシーンに自ら挑んでいる。「スタントも使わなかった体当たりのアクションを見て欲しい」――彼の心意気に目の肥えた香港スタッフも大絶賛であったという。壮健な肉体美と派手なアクション。ヴァネスはアイドルからのイメージ・チェンジに成功したと言えるだろう。 新しいアクションスターが誕生しそうな予感だ。(亜洲奈みづほ2007.10)



『ジプシー・キャラバン』
(2006年/アメリカ/115分/12月渋谷シネ・アミューズにてロードショー)

 本作は音楽映画であるとともに、民族というものを前面に押し出す映画である。同じくドキュメンタリータッチの音楽映画として感動的なものでは「ブエナ・ビスタ・ソウシャル・クラブ」を思い出すが、ここまで民族の問題と強くからまってはいなかった。
 ジプシー、あるいはロマ族ともいわれるこの民族は、なによりも芸能の民族である。通念としては東欧や南欧各地で流浪の暮らしをしているイメージがあるが、インドに起源を持ち、11世紀から全世界に散らばっているという。
 今回は、スペインの「アントニオ・エル・ピパ・フラメンコ・アンサンブル」、ルーマニアの「タラフ・ドゥ・ハイドゥークス」「ファンファーラ・チョクルリーア」、マケドニアの「エスマ」、インドの「マハラジャ」という5つの一流バンドがひとつのチームを作り、北アメリカの諸都市をまわるツアー「ジプシー・キャラバン」が開催され、それをカメラが追いかけた記録を主軸に、それぞれの国での生活の風景をフラッシュバック的に挿入していく形で重層的に構成されている。
 ツアーに参加したミュージシャンたちはロマ族であるということの辛さ、差別や偏見を口々に訴え、重たい歴史の陰を内に秘めながら、あくまで快活で誇らしさに輝いている。語るところによると、世界中に散らばっていてもロマ族としての民族の規範は維持されていて、問題があると長老を中心に集まって民族の裁きの場のようなものが開かれることもあるという。ジプシーというイメージの裏側から実体を持った民族の姿が見えてくる。
 その音楽、その舞踊は、陽気なエンタテイメントでありながら、同時にあくまで真実で強い。どこかの国の商業音楽のスターたちの薄弱な心組みとは根本的に成り立ちがちがうように見える。根があり、骨があり、生命と直結したその芸能は、そのまま民族の声である。音楽はメッセージをもちうるか、という議論があるとしたら、メッセージそのものの音楽として、ジプシー音楽はそうした議論を笑殺して存在する。
 ミュージシャンたちの故郷とそこでの暮らしを映し出すシーンがどれもすばらしい。アメリカやフランスやイタリアがなくても、世界は十分豊かなのである。監督はジャスミン・デラル。(ほおずき皓2007.10)



『角砂糖』
(2006年/韓国映画/125分/9月1日、7日及び29日、10月5日、シネマート六本木&心斎橋にて「韓流シネマ・フェスティバル」の一環として上映) 

 今号では8月25日より開催中の「韓流シネマ・フェスティバル」上映作品をご紹介しよう。第一弾は新人女性騎手と愛馬が織り成す絆を綴った感動のヒューマンドラマだ。馬との友情、少女の成長を正面から見つめた力作で、競馬好き、動物好きは必見である。
 牧場の娘シウン(イム・スジョン)は亡き母と同じ女性騎手を志していた。生活苦から一度は手放さざるをえなかった愛馬「雷」を捜しだし、その馬とともに競馬界の頂点をめざす。少女のポリシーは馬を動かすのはムチでなく騎手の心.、やがて人馬一体の境地に至るまで……。ただしひとくちに競馬界と言えども、育ての側・乗り手・馬主とそれぞれの立場が交錯する。それらを貫くのは、決して勝ちたい・儲けたいでない、少女の愛馬への誠意だった。「私にとっては大事な家族なの!」「走るために生まれてきた」「生きていてくれてありがとう」そんな言葉が決して臭くは聞こえない。
 騎手も競走馬も命がけなのだ。物語の上だけでない、撮影シーンもまた危険をおかしてのものである。馬をキャストによくここまで撮った! たとえば市内大通りの疾走、または母馬の出産、レース会場等々、撮影条件としては難しいシーンを、小手先の編集技術に逃れず、時間と手間暇をかけてきちんと撮影している。何よりもヒロインが3ヵ月も乗馬の特訓を受けて臨むからこそ、さらには嘘偽りのない動物である馬がメインからこそ、うみだされる迫力というものがある。
 カメラワークも見逃せない。牧場の野を馳せる、または白熱のレース場を駈ける、疾走感が随所に見られて快い。「スタートを切ったら何があってもゴールまで走らなければならない」――作中のセリフに思わず人生を重ねあわせる者もいるだろうか。(亜洲奈みづほ 2007.09)


『ソウル・ウェディング 花嫁はギャングスター3』
(2006年/韓国映画/117分/9月29日、10月5日、シネマート六本木&心斎橋にて「韓流シネマ・フェスティバル」の一環として上映)

 第2弾は「100パーセント娯楽映画」――アクションあり涙あり笑いありのてんこもり。しかも韓国映画ながら台湾からトップ女優、舒淇(スー・チー)を主演に迎え、舞台設定には香港をも加えた国際的な本作。大ヒットした『花嫁はギャングスター』シリーズの3作目でもある。
 派閥抗争で命を狙われた香港名門マフィアの一人娘アレンが、単身で韓国へ潜入。これを迎えるギチョル(イ・ボムス)ら韓国マフィア達はとまどい気味だ。韓国語と中国語、言葉のギャップによる誤解が、さらなるドラマをうみだし、抱腹絶倒の一大騒動が繰り広げられる。娘はとんだはねっかえりかと思いきや、これがめっぽう強い。10秒でヤクザ一組をこてんぱんに。メンツが命の韓国で、香港娘の方が強いなんて……どうする韓国男児達! 韓国はお国柄として男尊女卑の傾向が強いのだが、最近では「テンジャン女」なるタカビー女性が登場しつつあるとか。そんな風潮を反映してのことだろうか。
 もともとこの地では、武より文が重んじられてきただけに、ヤクザもので更なる迫力を生み出すには、と行き着いた先が、マフィア映画の本場、香港であった。物語設定だけでなく、アクション技術やカメラワークなど、香港映画の長所をとりこんだ作りとなっている。こうして香港を巻きこむことで、乱闘シーンにもまた、単なる殴りあい・撃ちあいだけでなく、中国剣術のワザが加わり、見ごたえ充分だ。ただし香港映画のコピーにとどまらないのは「やはり韓国」、彼らだからこそ描ける人情というものがある。とりわけ親子の情というものが、随所にかいま見える。失踪した母親捜しや里帰りのシーン、母との再会、逝く父を看取る娘など。 もともと韓国映画とは、純愛ものと朝鮮戦争ものに強い反面、アクション映画が香港に一歩、譲っていたところだが、さすがはエンタテイメント立国が進行中の韓国。全方位型にパワーアップすべく、香港からの技術導入が計られているといえよう。
 韓国が国全体として中国志向を強めるなか、アクション映画も国際化(!?)する御時勢なのかもしれない。(亜洲奈みづほ 2007.09)



『純愛』
(2007年/日本映画/115分/8月18日より銀座シネパトスにてロードショー) 

 毎年8月を迎えるたびに、日本人が直面する問題がある。半世紀前の業――これを中国に残留したひとりの気丈な日本女性の視点から見つめなおすのが本作だ。この作品『純愛』は、NGOも加わった市民プロジェクトとして、足かけ8年をかけて創られた、日中共同映画だ。(監督・蒋欽民、製作・脚本・主演・小林桂子) 舞台は1945年、夏。中国に渡っていた日本人開拓団は、生死の淵をさまよっていた。一行からはぐれて行き倒れた日本の男女に、中国の村人は血相を変えて怒り狂う。それでも「人の命は皆、同じもの」と見殺しにしなかった中国人の老婆と息子がいた。彼らの間に国境を越えた情がめばえ始める。
 ただし彼女は媚びたわけでも踏みにじられて生きのびたわけでもない。身につけていた産婆の技術を生かし、次第に村人達に欠かせない存在となる。たくさんの赦しに囲まれて中国の地で日本人が生きてゆく、それを可能にしたのは、彼女が誠を尽くす姿だった。
 ところで筆者は今まで日韓関係や日台関係を歴史も含めて見つめてきたのだが、中国に関しては、あまりにも戦争の被害が甚大であったため、そう簡単に日中関係は解きほぐせないものだと思っていた。それでも諦めずに日中共同映画に挑戦する人がいる――そんな彼らに拍手を送りたい。既に彼らは2004年、映画制作準備金の一部で、山東省に小学校を建設している。さらに本作公開によるチケット代の一部は、同地区に幼稚園を建設するために用いられるとのことだ。
 現在でも、ともすると暗雲のたちこめがちな日中だが、日本人として胸にとどめておきたいことがある。中国のどこかで日本人が助けられて生きてきたことを。作中では、日本人男女をひきうけた老婆がこんなセリフをつぶやく。「これも人の縁というもの……。」日本人に出会った縁、同じところに暮らす縁。無数の御縁の束が、日中関係を底から支えているのではないだろうか。さらに言えば、たくさんの「赦し」をも受けて、今日の我々があることをも思い知る。(亜洲奈みづほ 2007.08)



『白い馬の季節』
(2005年/中国映画/105分/10月6日より岩波ホールにてロードショー) 

 モンゴル族の監督が製作した作品だからこそ、本作はたんに「モンゴルよいとこ、緑は豊か」では終わらない。決して観光化された内モンゴルではなく、そこに描かれているのは生身の現実だ。
 砂漠化によって死にゆく草原。遊牧民としての誇りを捨てまいと抵抗する夫ウルゲン(寧才・ニンツァイ)だが、妻インジドマ(娜任花・ナーレンホア)は夫の思いを理解しながらも、厳しい現実に抗えず、町へ出稼ぎしようとする。「生まれた時からずっと放牧の民だった。」と嘆く家族に、おしよせる砂漠化・現代化・工業化の波。政府が過放牧に対する生態環境保護のために講じた、草原囲いこみの対策が、内モンゴル牧畜民の伝統的な暮らしを奪う結果となってしまった。草原には行けども行けども囲いこみの鉄条網が伸びる。かといって「草原に生まれた者は町では暮らせない。」 砂漠化が進む大地を、そしてまた定住化を迫る国家を前に、小さな包(パオ)の一家族に、いったい何ができるのだろう。まるで、コン、コン、と根気強くヨーグルトを攪拌するように、淡々と、それでもなんとか生きながら一つ、また一つと大切なものを手放してゆく。白い愛馬を・羊の群れを。やがてモンゴル族の蔑む、物売りに手を染めるよりほかない。ついには妻自身が町に出稼ぎに。そして夫も息子も遊牧生活そのものを諦めざるをえなくなった。死んでも馬は売らん、と首をふる姿は、モンゴルの遊牧民が伝統生活を守りたいという切望を象徴しているかのようだ。本作には、このような現実を前に、声なき声をあげざるをえなかった人々の叫びが刻みこまれている。
 それにしても伝統生活の保護といい、環境保護といい、いずれも甲乙つけがたい重要な問題であるだけに、そう簡単に結論が出るわけでない。たとえば東南アジアでも焼き畑農業による環境破壊が深刻化しているが、伝統生活者の側から見れば「先に工業化しておいて我々に環境保護を理由に犠牲を強いるのか。」と訴えたいところだろう。彼らに商業をしこめばいいと考えるのはよそ者の考えであり、モンゴル族のように、商売自体、魂を売りわたすとみなす人々に、一体、何ができるのか。白黒うんぬんでない。そんな葛藤を表すかのように、ラストシーンは、町へと牛車でとぼとぼ向かう後ろ姿が、そして荒れた大地に舗装された道路とが映ししだされる。これが内モンゴル族の現実だとすれば、あまりにも悲しい。(亜洲奈みづほ 2007.08)



『幸せの絆』
(2003年/中国映画(山西映画)/89分)

 おじいさんの優しさが、少女の涙を笑顔に変えた。切なくも温かい“いのち”の物語――そう銘打たれた本作は、前作と対照的に直球勝負! ぐんと心に飛びこんでくるパワーを秘めている。
 物語は、山西省の山間に、孤児で里親の虐待に耐えられず逃げてきた七歳の少女、小花(張奸チャン・イェン)が行き倒れるところから始まる。そんな少女を一人の老人(田成仁ティエン・チェンレン)が引き取った。同居している息子夫婦には、子宝に恵まれないこともあり、嫁はいらだちから小花をたびたび追い出そうと試みる。しかし少女と老人の“絆”は周りの心を少しずつ動かしてゆく。――こうした筋書きだけを見れば、お涙頂戴ものと誤解されるかもしれない。たしかに中国メディアによって本作は、「大催涙弾」と称されるほど、観客の涙腺を刺激する。どんなに嫁に辛くあたられようとも、決して恨むことなく、相手のために尽くす少女。観る者はそこに天使の姿を見いだすことだろう。彼女の愛らしさ、思いやりの心は、原題「暖春」のとおり、見る者の心をあたためる。幼いながらも懸命に働き、けなげに学ぶ姿は「おしん」の少女時代をも思わせた。
 さらに緑豊かな田園にて少女がアヒルを追う姿、野草をつみつみ花の冠を載せてもらう。そして少女と老人が手をつないで家路に向かう背中など。ロングショットのシーンは印象派の風景画のように美しい。老人は少女と暮らすことで、「生活は苦しいが、心は満たされている。」――その言葉は、拝金主義に奔走しがちな中国人に喝を入れたことだろう。そしてまた、すべてが情報化社会のなかで無機質に断片化されがちな我々にも、少女のつぶらな瞳が様々なものを問い直す。
 決して老人はなぐさみに少女をひきとったわけでない。ただそこに命があるから尊いとでも言おうか。「人の生命はかけがえのないもの。」――本作は忘れていた人の心の美しさを思いださせる。人間っていいなと素直に思わせてしまうのだ。おそらく誰もが心を洗われ、何かまっさらになるような気がすることだろう。たとえば自分の人生を改めたくなるような、またはこんな自分を育ててくれたことに感謝したくなるような……。
 最後に一つつけ加えるなら、素朴な物語に素直に感動できる――そんな中国の人々に対して、筆者は希望を抱かせられた。2003年に製作されたのち、かの有名な『HERO/英雄』すら抜いて、興行収入第1位に輝いた本作。多数の映画館が「感動しなかった観客には、入場料を払い戻します」をキャッチフレーズに上映したものの、払い戻しを請求した観客は一人もいなかったという。(亜洲奈みづほ 2007.07)



『クレイジー・ストーン 〜翡翠協奏曲〜』
(2006年/中国映画/105分)

 人間とは、まるでお釈迦様の掌で踊らされる孫悟空のようなものなのか!? 本作のコミカルな展開、次々とくりだされるどんでん返しの連続に、観る者は最後まで息つく暇なく魅きつけられることだろう。
 舞台は重慶の破産寸前のある工場。がらくたの中から高価な翡翠のペンダントが発見されたことから、痛快な犯罪物語が始まる。香港の開発業者に土地の売却を迫られる工場長は、ペンダントの展示公開を始め、展示会の防犯を元警官のバオ(グォ・タオ)に任せた。やがてお宝を手に入れようと企む人々、工場長の息子(ペン・ボー)から二流泥棒とまぬけ仲間に至るまでの攻防が始まる。一体全体、誰が何を信じたら良いのか?
 きりかえの軽妙なカメラワーク、さらにBGMは、かのファンキー末吉が担当というインパクトが魅力の本作。ただし英雄が主人公であるわけでも、特撮が駆使されているわけでもない。時おり中国の都市の現実、市民の悲哀がかいま見える、それだけで十分なのだ。その結果、この『クレイジー・ストーン』は、2006年の中国で歴史的な興行成績を記録し、香港ではいくつもの流行語を生み出したという。四天王の一人、アンディ・ラウも出資したという本作。監督するのは本欄でも紹介した『モンゴリアン・ピンポン』の寧浩(ニン・ハオ)監督、(製作当時)二九歳。「私が語りたいのは、絶えず変化する時代に、普通の都市で起こる物語です。」――これは余談ながら、物語の展開や撮影技術から資金源に至るまで、本作には中国映画の香港化と融合という現象もかいま見える。(しかもそうした表現方法から出資元に至るまで、作品のなかでは逆手に取られて笑いの種となっているのであった。)(亜洲奈みづほ 2007.07)



『ウミヒコヤマヒコマイヒコ』
(2007年/日本映画/120分)

 職業は農民、ダンスは命そのものという田中泯が、踊りの始源を求めて、島々や村里を訪ね歩く旅に出た。――これはダンス・ロード・ムービーだ。山から村をへて海へ。ただし彼の旅は歩みではなく、振りつけによって進む。正確に言えば、予め振りが決められているわけでなく、たとえば風の響きに、または熱帯樹の緑にとインスパイアされて、そのたびに湧きでるものだ。
 渓流にうたれて。または海の浅瀬にたゆたって。時にはガジュマルの樹を抱いて。あるときはスコールにうたれて。大地の力をエネルギーに、それを体にとりこみ、自然に四肢が動くとでも言おうか。そこには完全に理性からときはなたれた世界が広がっていた。本作は、空間としてもまた、前衛舞踊を薄暗いホールの内に閉じこめず、インドネシアの灼熱の太陽のもとにひっぱり出してしまった。はたして自然と芸術、どちらが強いか、力比べである。むせかえるような赤道直下の自然のなか、その存在感に力負けするものかと、彼ははりつめるように力いっぱい、身をふりつづけている。
 本作の魅力は、風景と踊りと音楽のコラボレーションだ。油谷勝海監督は、時には彼の肉体をオブジェとして、背景の自然をひきたたせる。たそがれの海を。または緑の棚田を。田中泯いわく、「インドネシアの音楽は、なぜか全体として聞こえてくる音楽のような気がします。」和音が連動に連動を重ね、トランス状態をかもしだしている。踊りのほうもまた、彼の前衛舞踊のほかに、この作品には、いたるところに伝統の民族舞踊や音楽があふれている。田踊り、男女の歌垣、バンブーダンス、戦闘の踊り、稲を育てる10の儀式など数限りない。
 ところで試写会に現れた田中泯氏は、とても60歳を越えたと思えない颯爽とした風貌に温厚そうなまなざしをたたえていた。彼のどこから45日間も熱帯アジアを旅するパワーが生まれてくるのか。自然と一体化しているからなのか。その流れを自らの内にとりこんでしまうから、大自然とともにあるからこそ可能となるものがあるのだろう。彼は冒頭で「(この旅では)自分の中の子供をつれていく」と告白している。童心という意味だろう。これに重なるラストの言葉が印象的だ。ときはなたれよ、「大人のなかに眠っている子供は、めざめなさい……」(亜洲奈みづほ 2007.06)



『オフサイド・ガールズ』
(2006年/イラン映画/88分)

 少女たちのサッカー熱が、本作の原動力だ。そのパワーはすさまじい。ただしイランでは女性が競技場で観戦するのは禁止されている。それでもイランのワールドカップ出場がかかった大事な試合をなんとか観たいと、苦肉の策で少女たちはなんと男装をして潜りこむのだが。結局、補導されてしまう。
 イランは娯楽が極めて制限されているため、サッカーは数少ない貴重な娯楽だ。サッカー観戦への渇望は、我々の想像以上に強いことだろう。拘束中にもかかわらず見張りの兵士は、少女にせがまれるまま、実況中継を始めてしまう。興奮が高まるあまりに少女たちは、狭い囲いのなかで、仮想のゲームまで始めてしまう……。
「競技場は女の場所でない」「いいか、男と女は違うんだぞ」――ホメイニによるイスラム原理主義によって、イランに様々な制限があることはご存じだろう。肌を隠すことを義務づけるのは有名だが、他にもバスでの同席禁止、男女別学など。「なぜ女ではだめなの?」監視の兵士たちはくりかえす。男女は同席してはならないから。選手への罵倒を聞かせてはならないから。少女たちは因習との間で葛藤する。文化的な抑圧の強さと、それをはねかえすエネルギーの強さが拮抗する。このような抑圧との闘いは、以前に本連載で扱った作品にも見られたが、こちらは「陽」とでもいおうか、現代版としてえがかれる。
 ところでサポーターの少女たちは、フェイス・ペインティングをほどこしている。イランの国旗、赤・白・緑のものだ。こうして旗を振る姿を見ていると、色は違えど同じサッカー愛を持つ人々なのだと、イランを少し近く感じることができる。それにしても実際の試合会場で撮影されたとあって、競技場の熱狂ぶりには迫力がある。やがてゲームは残り3分に。少女たちはたとえ護送中のバスの中にいようと、声をかぎりに応援し、悲鳴をあげて抱きあう。監視の兵士といえども応援するきもちは同じで、ゲームの勝利が決まるとついつい、一緒に歓声をあげた。
 本作は『白い風船』などカンヌ映画祭受賞作をもつパナヒ監督によるもので、今度はベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員特別賞)ほか多数で受賞をはたしている。10分に1回はハプニングをしかけたという監督。本作から目が離せない。(亜洲奈みづほ 2007.06)



『モン族の少女 パオの物語』
(2006年/ベトナム映画/97分)

 ベトナムに初のインディペンデント映画が生まれた。……といっても前衛劇ではない。物語は緑深い山々と霧に包まれた村にて、モン族の少女パオ(ドー・ティ・ハーイ・イエン)を主人公に二人の母もあわせた、秘められた運命の物語だ。正妻である母キア(グエン・ニュー・クイン)と代理母のシム。ある日、母キアは突然に失踪、悲しみのあまりに病に倒れた父を抱えて、パオは助けを求め、代理母をめざす旅に出かける。誰かのために一心である姿は美しい。
 何よりこの作品の魅力となっているのは、自然とエスニックの彩りだ。あおの丘陵、女性たちの藍の衣。田畑の緑に陽があふれ、家畜たちが横ぎる。そんな風景が目にしみる。明暗のコントラストも格別で、ランプの薄明や少数民族の衣装の色彩が美しい。日常着の藍染に、晴れ着の白い麻のスカートなど。
 いっぽうで幾人もの様々な想いもまたつむがれ、美しい文様をおりなす。正妻である母と子のパオ・親子の絆、正妻の微妙な胸の内・代理母の複雑な想い。パオと想い人の恋愛。しかしそこには悲しみも表裏一体で秘められている。「子供を産めない女なんて、家の柱の下敷石みたいなものよ」とつぶやく正妻の母。または夫がたばこをふかす間に、二人の妻が汗をかきかき豆を刈るシーンも象徴的だ。女性たちは一見、因習の犠牲者のようでありながら、それでもたくましく運命をきりひらいてゆく。結局、代理母は新しい伴侶を見つけ、失踪した正妻の母は新天地で新しい生活を始めていた。幾人もの女性が事情を抱え、ドラマを秘める。女性の人生はこんなにも悲しく力強い。それだけで一本の映画になりそうなところを、主人公と母と代理母の三人分を一作に凝縮させてしまったといったところだろうか。
 本作はベトナムのアカデミー賞であるゴールデン・カイト賞で最優秀主演女優賞を獲得ほか四冠を獲得した。主演のドー・ティ・ハーイ・イエンは、撮影開始の一年前から、舞台となった山岳地方の山に通い、現地の言葉やしぐさを学んできたとか。彼女が言葉なく胸一杯に見つめる瞳は観客の脳裏に焼きついて離れない。一途なまなざし、清楚な物腰、彼女を眺めているだけで満ちたりてくる。
 これは余談だが、主演女優は実生活ではゴー・クアン・ハーイ監督の妻であるという。監督いわく「この映画が皆さんに癒しをもたらすよう、願っています。」(亜洲奈みづほ 2007.05)



『アボン 小さい家』
(2006年/日・比合作映画/111分)

『家族と生きる。自然の中で生きる。日系フィリピン人家族の絆の物語。』――そう銘うたれた本作は、エコライフ、スローライフを考える人々にとって見逃せない作品だ。監督以外、キャストやスタッフはほとんどがフィリピン人という日比合作映画である。
 フィリピンの日系三世であるラモット(ジョエル・トレ)は、三人の子供を抱え、バギオで乗りあいバスの運転手をしている。妻は海外へ出稼ぎすることとなり、子供たち(ヘーゼル、ニーナ、ハンジ)は実家のある山奥の村に預けられた。そこには自然に祈り自然とともに生きる生活があった。
 開発・対・自然、エコライフ・対・都市生活といった問題、さらにフィリピン日系人問題まで真正面からとりくんだのは今泉光司監督。はたして何をもって豊かとするのか? だからといってエコライフを押し売りするわけではない。そこには淡々と山の民が野山に入り草をとり、時おり祈るさまが描かれている。朝日を、または夕日を、ただ仲間とともに眺めるだけの満たされたひととき。または山から引いた清流のすがすがしさ。籠にあふれる熱帯果実、食べごろのジャックフルーツ、バナナに群がる子供たち。そんな満たされたスローライフが、雑色いや灰色とも見える都会の生活と、あまりにも対照的に見える。
 もうひとつのみどころは、そこかしこにあふれる「祈りの風景」だ。子供たちは街へ物売りに出かけるのだが、立ち寄る先には教会あり仏教寺院あり、モスクあり道教寺院あり。そのたびに子供たちは、出稼ぎ用の偽造パスポートの罪で拘束された母親が、早く帰ってきますように、神様、と膝をつき掌を組む。何よりも心に染みる祈りの風景は、山岳民族のアニミズム信仰だろう。木を切り倒すさい、または作物を取るたびにくり返す言葉は、「命をごめんなさい、恩をもらいます」。子供たちはいいきかされる。「私たちは皆の命をもらって生きているんだよ。神様、ありがとうってね」(亜洲奈みづほ 2007.05)



『プルコギ』
(2006年/日本映画/114分)

「焼肉にはドラマがある」――そう銘うたれているように、焼肉ひとつでここまで物語が展開するとは! 
 人気テレビ番組「焼肉バトルロワイヤル」で連戦連勝を続けるのは、巨大焼肉チェーン「トラ王」の御曹子トラオ(ARATA)。ただし唯一、業績が不振な地区がある。焼肉の達人と呼ばれる韓老人が営む「プルコギ食堂」があるためだ。ここで修行に励むタツジ(松田龍平)は幼い頃、兄と生き別れになっていた。やがてチェーンのトラ王にプルコギ食堂が買収されそうになる。それではと番組での対決が始まった。贅をつくした創作焼肉キュイジーン・対・まごころの食堂の味。たとえば液体窒素のカルビスープ、または牛カルビの松ぼっくり風味。いったいどんな料理か想像がつくだろうか。日韓関係、在日問題うんぬんの難しい話は抜きにして、心の底から楽しめるエンターテイメント作品、史上初の焼肉ムービーだ。
 ところで焼肉にはカルビやロースなど赤身の肉に対して、ホルモンという内蔵系の白肉がある。その放るもんと見下されてきたホルモン料理の良さを広めたいという、在日二世のグ・スーヨン監督の熱意から、すべては始まった。ちなみに焼き網式の焼肉とは、本場・韓国の肉汁式のものとは異なり、在日韓国人が開発したものである。それを普及させただけでない、日本に焼肉ブームを起こしてもまだ飽きたらない、映画の形にまで至ったのは、彼ら在日韓国人たちの勝利だろう。しかも監督はCMを数多く手がけてきた経歴らしく、作品もまた一瞬一瞬が勝負のインパクトで、息つく間もなく繰りひろげられる。
 それにしても相手は食材である。撮影が中断されるとライトの熱で肉が変色してしまうため、スタッフは苦労したという。本撮影で使用された肉の量はなんと牛五頭分! そんな焼肉は、目で火の通りを見てはいけない。音で確かめる――「耳で焼く」。焼肉にも「道(どう)」というものがあるようだ。それにしてもコプチャンの塩焼き、ハラミがじゅっと焼き反る瞬間、誰もがごくりとつばをのまずにはいられない。よし、いつかホルモンを注文しようと、筆者はすっかり洗脳されてしまった。(亜洲奈みづほ 2007.04)



『胡同愛歌』
(2003年/中国映画/100分)

「消えゆく北京の胡同(路地)に息づく人々の人情」そう銘うたれた映画『胡同愛歌』――決して「哀歌」ではない。たとえ悲しみがひそもうとも、それに勝る思いやりがある。父子愛、師弟愛、再婚相手との愛など。
 本作は昔ながらの面影を残す、北京の路地・胡同(フートン)。ここで貧しくも誇りをもって生きる父子家庭の父と子の絆を、あたたかなタッチで描くヒューマン・ドラマだ。
 庶民の生活に秘められた喜怒哀楽が、本作には凝縮している。主人公である父親、杜(範偉)の再婚準備、記念写真の撮影や家具の新調。再婚相手の店を手伝う息子の小宇(張◇(火ヘン+偉のツクリ)迅)。ひっそりと幸せに始められるはずの再婚生活は、元夫に阻まれ、止められる。家具を奪われ職を失わされ……。そのはてに父親は復讐をくわだて、平穏な日常は終わった。
 ただし三角関係といえども悲劇に終わらないのは、父親役の範偉が本業はコメディアンであるせいか。何よりも端々に現れる人情によるのだろう。例えば夜勤の父に息子が饅頭を持って行ったり、父の代わりに息子が、逆に息子の代わりに父が食事の準備をしたり。ささやかな思いやりに救われる。父と息子の微妙な人間関係が本作の見所だ。家父長の権威をふりかざす父と、思春期らしく反発する息子。逆に時には体を張って我が子をいたわる父と、父を気づかう息子。十六歳の彼が「俺に任せて、心配しないで」すると父親は珍しく気弱に「俺には父親の資格はない」。
 再婚がらみの三角関係にまきこまれた父と。高校では問題児の息子と。世の中、どこにも完璧な人間などいやしない。それぞれに痛みを抱えながらも、その人なりに真摯に生きている。そんなありさまを、安戦軍監督はロングショットに逃げはせずに、至近距離からしっかりとキャストに向かい、路地裏に肩を寄せあう人々を見事にとらえた。ちなみに本作は第28回モントリオール国際映画祭の二部門で受賞をはたしている。(亜洲奈みづほ 2007.04)



『モンゴリアン・ピンポン』
(2005年/中国映画/105分)

 その映画には風の音がつねにBGMのように聞こえていた。まるで舞台となった内モンゴルの地をかけめぐってきたかのような爽快感の残るこの作品、原題は『緑草地』、どこまでも続く青い空と緑の大地で好奇心いっぱいの少年たちが繰り広げる物語だ。
 ある日、川に流れてきた見たこともない白い球。誰も知らないその謎の球をめぐって、少年ビリグ(フルツァビリゲ)とその友達、ダワー(ダワー)とエルグォートウ (ゲリバン)は好奇心をかきたてられる。この白い球は何だろう。神様の光る真珠か? どうも国家の花形スポーツ、卓球の球らしい。「国家の球」とテレビで言われた大切なもの、ならば北京まで返しにいかなければならないと早合点してしまう。モンゴルの大地を馬とバイクに乗って駆け抜ける。めざすは北京!? この年代というものは、その気になれば石ころひとつも宝の玉に見えてくる。少年少女特有のファンタジーがある。一途な思いこみ、むこうみずな夢が物語をひっぱってゆく。
 イントロやラストにはホーミーと馬頭琴の演奏が大音量で流される。画面を横切るのは羊の群れ、または雲の影が見えるほど広大な草原。ケンカするならモンゴル相撲。娘が憧れるのはモンゴル歌舞踊団。内モンゴルのエスニックの魅力がふんだんにもりこまれているのがうれしい。出演者にはすべて実際にこの地に暮らす人々を起用したというだけあり、生活感たっぷりである。卓球がテーマというよりピンポン球の謎のかたわら淡々と営まれる遊牧生活が主というほうがふさわしい。
 ところで少年たちを載せた馬二頭と古いバイクが並走するシーンがある。バイクと蒙古馬。またはコンクリートの家かパオ(包)暮らしか。かすれて届くテレビ電波など。こうした伝統生活と現代化とのせめぎあいが、さりげなくもりこまれている点も興味深い。
 それにしても内モンゴルの広大な自然をスクリーンという大画面で味わえるのは一つの醍醐味だ。はてしない緑の草原、時おり蛇行する清流。羊の鳴き声。これも寧浩(ニンホー)監督の力量だろう、太陽や風、大地というあまりにつかみどころないものが、たとえば夕日に遠ざかる馬のシルエットという形で、または風の高台から遠方を眺める少年として、ロングショットに美しくおさめられてしまう。
 さて、いつのまにか友は次の遊牧地へと去り、主人公の少年も町の学校に入学する。うつろいゆくものをとめることはできない。それにあらがいはしない遊牧の民たちの姿が胸に残る。(亜洲奈みづほ 2007.03)



『雲南の少女 ルオマの初恋』
(2002年/中国映画/90分)

 ユネスコの世界自然遺産である雲南省の棚田を舞台に繰り広げられる物語は、田を満たす清冽な泉の水のようにすがすがしい。
 焼きとうもろこし売りの少女ルオマ(李敏/リー・ミン)と売れない写真館のカメラマン、アミン(楊志剛/ヤン・チーカン)は、ひょんなことから一緒に仕事をすることになった。民族衣装の彼女と記念撮影させて代金を撮るという商売である。夢を追う青年と無垢な少女。しかし彼には恋人がいた。それでも決して無垢な少女をたぶらかす都会の青年とならないのは、ふたりとも誠実だから。南風に吹かれてとばすスクーターの二人乗り。並んでかじる焼きとうもろこし。そんななにげないひとコマがせつない。
 舞台となる棚田は天候や心境により、驚くほどに表情を変える。希望に満ちて照り輝く朝。水墨画のように沈む曇りどき。トワイライトの桃色や宵のブルーなど。そんな世界自然遺産のなかを少女がかけてゆくシーンなど、絵にならないはずがない。観客の魂まで清められたように錯覚してしまう。
 そんな大自然と開発、伝統生活と現代化のせめぎあいはここでも見逃すことができない。都会から来た青年に借りたウォークマンに目を丸くする少女。「お金を稼いだら何をしたい」そんな問いに、話で聞いたことしかない「エレベーターに乗ってみたい!」と目を輝かせる。民族衣装の少女と一緒に記念撮影でお金をとる手法は、あっというまに村に広がり、商売敵が観光バスに群がるようになった。観光ズレしてゆく悲しさがそこにある。
 それにしてもエスニックの彩りがまばゆい。ハニ族の田植えや男女の相聞歌、または巫女の祈祷など。愛の告白を意味する泥玉の投げあい、好きな人に一発目を当てるという風習。それを知らずに青年は少女に泥玉を命中させてしまった。茫然と顔を赤らめる少女……。大自然の色の変化にあざやかな民族衣装と、総天然色の彩りが見事である。
 ところで原題は「ルオマ、一七歳」。主人公は女子高生1500名からオーディションで選ばれたというが、その存在感は大したもの。少女のはじけるような笑顔に勝るものはない。ついに中国のアカデミー賞ともいえる金鶏奨で最優秀新人賞を獲得してしまった。作品も世界17ヵ国での上映が決まっている。章家瑞(チャン・チアルイ)監督からメッセージが届いている。「日本のみなさんには、この映画の中から東洋文化の魅力を感じて欲しい。」(亜洲奈みづほ 2007.03)



『黒い眼のオペラ』
(2006年/台湾・フランス・オーストリア映画/118分)

 台湾映画界の三大巨匠の一人にあげられる鬼才、ツァイ・ミンリャン(蔡明亮)監督が、初めて故郷マレーシアを舞台に描く夢幻のストーリー。クアラルンプールの夜。怪しげな賭けで瀕死の重傷をおい、行き倒れとなったシャオカン(李康生)。そんな彼をバングラディシュ系外国人労働者ラワン(ノーマン・アトン)が拾い、手厚く介抱をする。一方で食堂のウェイトレス、シャンチー(陳湘◇(王ヘンに其)は住みこみで働きながら、女主人の寝たきりの息子を看病している。そんなシャオカンとシャンチーはひょんなことからひかれあうのだが、手厚い看護を与えたラワンもまた、シャオカンから離れることはできない。三角というほど尖りはしない三角関係が描かれている。日常の些細なシーンは、さほど劇的でないために、かえって淡々とした積み重ねが、閉じられた次元での不可思議なリアリティーをかもしだす。
 それにしても、外国人労働者の介抱がいじらしい。行き倒れた男に薬をつけてやる。飲料をとらせる。スプーンを口もとに運んでやる。洗面所まで連れていく。まるで愛情を抱いているかのようなていねいさだ。行き倒れた男の介抱。または昏睡状態の息子の介護。そのほかにも美容マッサージなど、世話を焼くという行為だけで物語が進んでいくのは奇妙だ。ここまで徹底してくると、癒しとすら思えてくる。すさんだ現代人の心に、登場人物が世話を焼かれる姿が投影され、観客もまた癒されるように感じられてくる。皆、癒されたがっている。そんなにも我々は疲れていたのかと思い知る。
 まどろみ、たゆたい――それらは映画の全編にただよう空気だ。東南アジアに旅行経験のあるかたならば、ご存じだろう。じっとりと湿度が高くぬくみをおびたけだるい雰囲気。そんなトーンとあいまって、実際に眠りのシーンが少なからず登場する。まるで眠ることでそれぞれの傷をも癒すかのように。介抱を受けて寝転ぶ男。昏睡状態の息子。働き疲れて横たわる娘。これは余談だが、本作の原題は「黒眼圏」つまり目のクマだが、英語の題のほうがしっくりする。I don't want to sleep alone.「一人で眠りたくない。」(亜洲奈みづほ 2007.02)



『約束の旅路』
(2005年/フランス映画/140分)

 何をもって幸せとするのだろうか。本作前半を貫くそのテーマは我々の胸に突きささる。死線ぎりぎりながら家族と一緒に難民キャンプに住むのか、それとも異国の先進国で白人のまねをして都市生活を送るのか。
 スーダンの難民キャンプで、母は息子シェロモ(シラク・M・サバハほか)を生かすため、ユダヤ人と偽って、一人イスラエルへと脱出するよう手配する。かの地では愛情豊かな養母ヤエル(ヤエル・アベカシス)に出会うのだが、発展途上国とのギャップ、しかも本名も血統も隠しての生活に、別れた母と故郷エチオピアの大地への思いはおさえがたく、少年は葛藤する。「作られた幸せ」に息詰まったのか、時おり放課後、靴下も靴も脱ぎ捨て、昔のように裸足で土を踏んでみる。少年はすがすがしい表情を輝かせた。
 ところでイスラエルと近隣諸国との間には国際問題が絶えないのだが、その一方でイスラエル自体もまた、移民国家らしく、国内的な亀裂に悩む。アフリカから越境してきたイスラエル人。白い肌でない彼らへの社会的な風あたりは、決して弱くはない。「エチオピアではユダヤ人と非難され、ここ(イスラエル)では黒人と差別される。」しかも少年にはもう一重の葛藤があった。エチオピア系ユダヤ人を偽った非ユダヤ人であるということが。その秘密の重み、悩みが映画の後半のテーマとなってくる。アイデンティティーの模索というほど生やさしいものではない。
「僕の祖国はどこ?」
一人きりで異国の地に送られてから少年は幾度も月を見上げて遠い母に問いかけた。僕はどうすればいい、何になればいい。難民キャンプから一人、母に背を押されて送りだされるとき、母が告げた言葉、それは「行きなさい。生きて、そして何かになるのです。」青年となった彼は祖国の惨状を見て、医師になろうと決心、フランス留学をはたし、ついに難民キャンプの医療チームのメンバーとなった。
 この映画の原題は、「行け、生きろ、何かになれ」である。日常に追われる我々には、わざわざ「生きて何かになる」とは、奇異に聞こえるかもしれない。しかし明日をも知れぬ難民生活のなかでは、まず生きのびることが精一杯なのだ。被援助生活者でない何ものかになるとは、我々の想像を越えた幸福であることだろう。余談ながら、本作は2005年ベルリン国際映画祭で三部門受賞のほか六つのコンクールで多数の受賞をはたした。(亜洲奈みづほ 2007.02)



『ナヴァラサ』
(2005年/インド映画/99分)

 本作はドキュメンタリー的な要素を併せ持つせいだろうか、筋書きの想像がつくエンターテイメント作品とは異なり、思いがけない別世界がこの世に展開することを、あらためて思い知らせてくれる。ゲイすなわちサード・ジェンダーの世界が。
 インドには同性愛者を処罰の対象とする刑法が存在することもあり、トランス・セクシャルな人々への風あたりは強い。大人たちがタブーとして伏せがちな事柄を、主人公の少女シュエータ(シュエータ)は、13歳という思春期の多感な時期ゆえのピュアな視点で、真っ向から見つめる。
 叔父ガウタム(クシュブー)が性同一障害に苦しんでいることを知ると、助けたい一心から、タブーをものともせずにぐいぐいと追求してゆく。「男が女になるってどういうこと?」「病院に行けば治るかもしれない」
 あるとき叔父はインド最大のゲイ・フェスティバルへと失踪、少女は連れ帰りに追いかけてゆくことになる。道中で出会うボビー(ボビー・ダーリン)など、叔父探しの旅のなかには、様々なゲイたちの人生や苦悩が散りばめられている。
 男の体に幽閉された女。そんな「彼女」たちのありかたが、南インドのこの地では、性癖や障害というよりも信仰に近いのが興味深い。アラヴァンという神の花嫁になる儀式を行うことは、すなわち精神的なカムアウトを意味する。そんなアラヴァン信奉者としてのゲイ。叔父もまた儀式をへて女として生きることを誓った。
 舞台となっているフェスティバルは、古代叙事詩マハーバーラタの故事にちなんだ女装祭で、30万人もの人出を集めるゲイの解放区だ。フェスティバルも登場するゲイたちも、すべて本物というだけあり、じつにリアルである。いや、ドキュメンタリー的な部分については、現実そのものなのだ。
 ゲイの一人の生身の主張、「(私たちは)同じ赤い血の通う人間なのよ」という言葉が心に響く。(亜洲奈みづほ 2007.01)



『ルワンダの涙』
(2006年/英=独合作/115分)

 映画作品というよりも叙事詩に近く、しかしあまりに生々しすぎてそう呼ぶのもためらわれる類の映像がある。現在公開されている『硫黄島からの手紙』(クリント・イーストウッド監督)も主人公たちの置かれた絶望的状況の救いのなさに絶句するしかなかったが、この『ルワンダの涙』はさらに運命の過酷さにおいて絶望の度を深める。
 ボランティアの英語教師としてルワンダにやってきた英国人青年ジョー・コナー(ヒュー・ダンシー)は、英国ローマン・カソリック教会のクリストファー神父(ジョン・ハート)が運営する公立技術専門学校(ETO)に赴任した。フツ族とツチ族の部族間抗争が長く続くこの地には、平和監視のために国連軍が配置され、学校にはベルギー軍が駐屯していた。1994年4月6日の夜、停戦協定に向かったルワンダ大統領(フツ族出身)が乗った飛行機が何者かに撃墜される。クーデターが噂される中、やがてフツ族たちによるツチ族虐殺が始まり、学校には大量虐殺(ジェノサイド)から逃れてきた何千というツチ族の難民たちが避難してきた。学校の外では虐殺が繰り広げられ、国連軍はこれ以上難民を保護できないと撤退を決定する・・・
 これは実際に起こったことに基づいた作品であり、現実に100万人が虐殺されたという。しかしこれはA国のB族は残虐だと告発する作品というより、成り行きが悪い方へ悪い方へと転がっていく中で人々が決定的に憎しみの呪文にかけられた時、いかなる事態が発生しうるのかを見せる映画だろう。国際社会の傍観にももちろん批判の眼差しが向けられている。あり得ない・・・見ていてそう思う、しかしあり得るのであり、現にあったのだ。細かい設定で話を作っている部分もあるだろうが、大筋では現実そのままを見る側につきつける。観客に絶望を受け取らせるという苛烈な映画作品である。
 突き刺さってくる場面はたくさんある。ルワンダ人教師フランソワの変貌、BBCレポーター・レイチェルの正直さが痛ましいコメントと冷静な行動判断、ジョーの最後の決断、国連軍デロン大尉の途惑い。その中で救いを希望するメッセージが感じられるとすれば、少女マリーと、クリストファー神父だろう。神父役のジョン・ハートは機知と深刻のブレンドがみごとで貫禄を感じさせる。
 本作は、当時現場に居合わせたBBC記者デヴィッド・ベルトンが、国連軍と同じく傍観するしかなかった精神的負債をかえす思いで製作した。監督はマイケル・ケイトン=ジョーンズ。かろうじて虐殺を免れ生き延びた人達の助けを借り、すべて現地ルワンダで撮影している。(ほおずき皓 2007.01)



『素敵な夜、ボクにください』
(2007年/日本映画/104分)

 めざすは女優、それともオリンピック出場? それぞれに夢を抱えたふたりが恋におちたのは、魂が似た者同士だからか、それとも日本人と韓国人であったからなのか。
 本作はカーリングを通した日本女性と韓国男性の恋を、中原俊監督がコミカルにえがいた、スポーツ&ラブコメディだ。
 女優の卵であるいづみ(吹石一恵)は、ひょんなことから韓流スターと一夜の恋におちた……と思いきや、じつは相手(キム・スンウ)は、ただのそっくりさん、ただしプロのカーリング選手だった。そんなはずじゃと落ちこむ彼女を慰めるために、とび出した案は、カーリングでオリンピックに出場、有名になることだった。氷上という銀盤の上で懸命にストーンを滑らす少女たち。初心者のいづみたちは、無謀な夢への挑戦を始めた。
 本作では現代ならではの日韓の距離感が新鮮である。舞台である青森から「韓国に帰るんだって、直行便で」というセリフに代表されるような、地理的な距離ばかりでない。日韓の心理的な距離もまた、ワールドカップの共催や韓流ブームをへた現在、微妙に変化しているのではないだろうか。
 登場するのは主人公ふたりの他に、韓流スターにこがれる日本女性や韓国人留学生など。彼ら日本人と韓国人が一緒に焼肉を囲む、または味噌チゲ(鍋)をつつくこともある。スポーツの場面では、日本と韓国が対抗試合をするわけでない。日本チームを韓国選手がコーチするという構図となっている。
 本来ならば日本人として設定されるであろうところに、韓国というプラス・アルファが加わることで、新しい輝きがうまれる。しかもこうした設定を演出する側も、受け入れる観客もまた、ともにさほど違和感を感じない。日韓が対等かつ自然な関係を持つようになった時代の到来である。
 ただし本作は国際交流ものでもなく、スポ根ものでもない。生身の体あたり、感情のぶつかりあいによって、希有なドラマが生まれている。当初は各々の言語でそっぽを向きあっていたふたりが、練習を重ねるうちに、通訳なしの身振り手振りでわかりあってゆく。こうしてともに汗を流すことで、何かが変わってゆくさまは、2002年のサッカー・ワールドカップ日韓共催を思いおこさせてくれる。(亜洲奈みづほ 2006.12)



『エレクション』
(2005年/香港映画/101分)

 タイトルのエレクションとは、香港マフィアの会長選挙を意味する。マフィアで選挙? 一見、奇妙なとりあわせに見えるかもしれない。しかし内実は、やはり買収あり恐喝ありと、対立する候補が熾烈な戦いをくりひろげるものであった。
 構成員5万人を数えるという香港最大の裏組織で二年に一度、行われる会長選挙。選ばれるのは、組織に忠実なロク(サイモン・ヤム)か、それとも力づくで牽引するディー(レオン・カーファイ)か。「組織の中で生きるなら絶対的な権力を握れるようになれ」――物語の前半は、権力の象徴である杖「竜頭棍」のありかをめぐり争奪戦がくりひろげられる。いっぽうの後半は会長就任後の反乱者つぶしへと続き、組織にはむかうものは消されてゆく。原題が「黒社会」というだけあり、たんに選挙戦だけでなく、前後の血なまぐさい内紛まで含め、香港マフィア社会のありかたが浮きぼりとなる。
 そもそも中心となる組織は、実在した秘密結社に由来するという。17世紀、明朝の復興をはかり「洪門会」が結成された。この流れをくむことから、新会長の就任式は伝統色あふれるものとなっている。軍神の像を前に線香を掲げ、誓いの言葉を唱え、血印さながらに各々が指から血をしたたらせ、ひとつの器へとそそぐシーンは圧巻だ。
 ただし香港マフィア映画といえども、必ずしも華々しいアクション・シーンばかりではない。逮捕と保釈のくりかえしや、留置所での対話、または会長が瀕死の重症をおい、包帯姿をさらす場面。逮捕シーンでは報道陣が、乱闘シーンでは市民がとりかこむ。かりにアクションを表舞台とするなら、これらは舞台裏にあたる要素であるはずのところを、あえてあからさまに登場させてしまう。そのせいだろうか、かえって香港マフィア社会が生々しくリアルに映る。
 香港映画のおはことも言える「誇張」的な表現は、本作では、ほとんど見られない。物語やカメラワーク、BGMやライティング。いずれも淡々と香港マフィアのありかたを表すのみだ。表現できないのでなく、あえてしない。それが説得力を持つのも、これもマフィアを描きつくした香港映画界だからこそ可能な技だろう。抑制にこそ、かえって真に迫るリアリティが生まれることもある。本作の抑制された演出は、海外でも斬新な表現と好評であったようだ。
 いっぽう作品自体は華々しい評価を受けており、多数の賞を受けた。第38回シッチェス国際映画祭最優秀監督賞受賞のほか、第11回香港電影金紫荊奨では三部門を受賞、第25回香港電影金像奨で四部門を受賞。主演男優二名、サイモン・ヤムとレオン・カーファイもいずれも受賞をはたしている。何より続編「黒社会2」が制作されていることからも、評価が想像されるだろう。(亜洲奈みづほ 2006.12)



『Mr.ソクラテス』
(2005年/韓国映画/111分)

 法を隠れみのにのさばるシンジケートと、法を掲げてたち向かう警察官。「悪法も法なり」――そんなソクラテスの格言を逆手に、騙し・騙されの頭脳ゲームがくりひろげられる、痛快なアクション映画。「超」不良青年ドンヒョク(キム・レウォン)は、警察との癒着のため、謎のシンジケートにより、警官をめざして養成される。熾烈な受験勉強をへて、凶悪犯担当になった彼は、シンジケートと警察のはざまで揺れ動く。誰が味方か、何が正しいのか。
 ドラマは暴力シーンと罵倒の連続ながら、それでもある種の清潔感が伴うのは、学校や警察という舞台設定のせいだろうか。従来のバイオレンスものでは描ききれなかった域まで至る。
 たとえば弟を助けるためにと数十人の集団に一人きりでたち向かうドンヒョク。または捜査の重要参考物品・麻薬をさりげなく握らせ、捜査を助けるかつての先生。兄弟愛や師弟愛など、どれほど苛酷な状況下でも、人と人とが結ばれている。そこに情があるのは、そもそも情に厚いと言われる韓国人ならではだろうか。
 もうひとつ、この国ならではの発想が、武以上に文を重んじるありかただ。くりかえされるのは「勉強だけが生きる道だ」という言葉。とはいえ受験勉強をさぼっただけで、宙づり水浸けや、土に生き埋めなど、これでもかというほどにサディスティックなシーンがくりひろげられる。そんな本作を韓国の若者たちは、日本以上にハードな学歴社会のさなかから、なかば共感をもって鑑賞していたことだろう。
 主演のキム・レウォンは主題歌も自ら歌う、多才ぶりを発揮する。北野武監督を尊敬しているとかで、「劇中のキャラクターは北野武監督作品をおおいに参考にした」とのこと。従来のニックネーム「スマイル」からひと皮むけて、重厚な存在感を発揮してくれる。(亜洲奈みづほ 2006.11)



『グアンタナモ、僕達が見た真実』
(2006年/イギリス映画/96分)

 アフガニスタン戦争の事実にもとづくドキュメンタリー映画。「人道的な待遇」と公表されていたはずの米軍捕虜収容所の内実を、無実の罪をきせられた帰艦者がみずから語る。これを製作したのは、ボスニア紛争やパキスタン難民などを映画化した経験のあるマイケル・ウィンターボトムと、主人公たちと共同生活を送り、綿密な取材を重ねたマット・ホワイトクロス。二人の共同監督作品だ。
 パキスタン系イギリス人の青年アシフは、友人の結婚式に出席するため、友人のローヘルやシャフィクたちとパキスタンへ向かう。軽い気持ちで隣国を訪れたところ、アフガニスタン戦争に巻きこまれ、米軍に拘束されてしまう。国際テロリストの容疑をかけられ、「お前はアルカイダだ」と訊問どころか断定されつづけ、否定するたびに床に張り倒される。そのくりかえし。すえにキューバの米軍基地・グアンタナモ収容所に送られた。続く拷問。収容者のなかには精神障害にかかる者もあり、発作が始まれば、兵士達が集団暴行を加える。そんな収容所生活が二年以上も続いたのであった。
 それでも苦境に耐え続けることで、友情を深め、力強く成長してゆく青年たち。「つぶれるか、強くなるか、どちらかだと。僕は強くなった。」そんなアシフの言葉が胸に響く。
 ただし空爆の停止で戦争が終結したわけでない。グアンタナモだけでも750名以上が収容され、製作当時でも500名がいるという。しかも「有罪判決が出た者はいない」という結果であったにもかかわらず。筆者もまた、テロの首謀者をとらえられなかった時点で、あの戦争はすべて米英の誤爆であったとあらためて実感する。ともあれ戦争当時に、欧米人の加工をへた断片的なニュースを目にしていたかたは、本作を通じて時系列的に内側からアフガニスタン戦争を見直すことができるのは、貴重なことだろう。とりわけ、あらぬ容疑をかけられ、捕虜として各地を転々としながら虐待を受けたという渦中にあった人物の視点からというのは。
 これは余談だが、本作には後日談がある。起用されたパキスタン系イギリス人の俳優が、ロンドンの空港で訊問を受け、一時、拘束されてしまったという。(亜洲奈みづほ 2006.11)



『百年恋歌』
(2005年/台湾映画/131分)

 台湾映画界の巨匠、侯孝賢監督の贈る、オムニバス形式の恋物語。こうも三話、異なる作品世界を生みだすことができるのかと、観る者は映画の魔術に幻惑されてしまう。
 第一話「恋愛の夢」が1966年のビリヤード場の淡い恋物語から始まり、第二話「自由の夢」は1911年(民国歴元年)の遊郭にて。芸妓と客の外交官の心の交流が描かれる。転じて第三話「青春の夢」では2005年、前衛歌手とカメラマンの三角関係・四角関係がくりひろげられる。つまり現代人の観客は、1960年代という台湾の高度成長期から、20世紀前半のアンティークの世界へ、さらに爛熟した現代へと、ざっと上映時間131分・三話の間に、百年弱をタイムトリップしてしまうというわけだ。
 各話が全く異なるイメージを与えるのに成功したのは、BGMやライティングの巧みさゆえ。演出効果どまりでなく、各話のトーンそのものをかもしだす。第一話を彩るのがムード音楽ならば、第二話は一転して伝統の南管音楽、第三話は重低音のテクノと、三者三様。これにアジア芸術映画のおはことも言える、薄明のライティングが彩りを添える。とくに第二話は各シーンが絵画のようで、逆光に浮かぶシルエットが美しい。横顔だけで十二分に存在感を与えているのは、台湾のトップ女優・舒淇(スー・チー)。本作で台湾のアカデミー賞(金馬賞)の最優秀主演女優賞を獲得した。
 BGMやライティング。侯孝賢監督作品は、決して観る者にセリフで説明を強要しない。ビリヤードの球を打つ音、ため息、吐息。そんな音まで聞こえてくるほど、あとは静けさに満ちた作りで、最小の表現で最大を伝えうるとでも言おうか。第一話の港を通りすぎる船や、北へと去りゆく人々、時おり届く手紙など。通りすぎてゆくもののほうが心に残る。ビリヤード場にくゆる煙や港から響く汽笛。なにげないワンシーンすら、後から思い起こせば、愛おしいひとときのひとつとなるのだろうか。
 原題『最好的時光(最良のひととき)』について、監督は次のような言葉を寄せている。「それが最良なのは、(中略)むしろ永遠に失われてしまったからこそただ追憶するしかないからなのだ。」(プログラムより)本作は台湾アカデミー賞の最優秀台湾映画賞受賞。(亜洲奈みづほ 2006.10)



『暗いところで待ち合わせ』
(2006年/日本映画/129分)

「せつなさの達人」と言われる小説家・乙一の同名作品を、巨匠・今村昌平監督を父にもつ天願大介監督が映画化。主演は華流・台流の担い手である台湾の陳柏霖(チェン・ボーリン)。本作はサスペンスふうの心理劇ながら、どこかハートフルだ。視力を失った少女ミチル(田中麗奈)の家に、殺人容疑で警察に追われる男アキヒロ(陳柏霖)が忍びこむ。日中ハーフの青年は、「チューゴクジンだから」というような差別の末、殺意を抱くに至った。そんな二人の不思議な共同生活とは。
 ファーストシーンから、陳柏霖はたたずむだけでストーリーを巻きだす存在感を発揮する。観る者を魅きつけて離さないのはトップアイドルの実力だろう。まなざしのみで十分に物語る。最小限の台詞をつなぐのは、以心伝心とも言える呼吸。「気持ちを伝えるのは言葉じゃない、ハートだよ」とは本人の談である。忍びこんだ家の中でも逃げ隠れる彼とともに、観客までもつられて思わず息をひそめてしまう。一挙一動に目が離せない。「チェン・ボーリンはとてもハンサムで、同時に荒々しいタフな感じも表現できる。(中略)ナイーブなアキヒロにはピッタリでした。」とは監督の談だ。陳柏霖は日本でも公開された台湾映画『藍色夏恋』のほか、合作映画『アバウト・ラブ/関於愛』にも主演、今回、共演する田中麗奈とは日台合作映画『幻遊伝』で顔を合わせるなど、国内外で活躍している。
 学習中の日本語は、ほとんど違和感がない。「ずっと自分の居場所を探して、でも見つからなくて」そんな台詞のかみしめるような発音が、日本語を母国語としないためにかえって心に刻まれる。一方、彼女のほうは、父子家庭の父を失い、20年ぶりに現れた母にも去られ、あげくのはてに親友と大喧嘩。「ひとりでも生きていける」とくりかえしながらも杖を片手に外に出れば、親友の家にたどり着くまで「一人だったら……」三度、死んでいたかもしれない。彼の介助がなければ。
 光をなくした女と闇を抱える男。不器用で繊細な一人と一人が、相手を思いやり、互いの心を知ったとき、ぼんやりと明るい未来が見えはじめた。(亜洲奈みづほ 2006.10)



『ユア・マイ・サンシャイン』
(2005年/韓国映画/122分)

 韓国の恋愛映画興行収入で歴代最高を記録、300万人を泣かせ、笑わせもしたという本作は、春を売る薄幸の女性と一途な農夫の純愛物語だ。HIVに感染した妻ウナ(チョン・ドヨン)と、彼女に何があろうと愛しぬく純朴な夫ソクチュン(ファン・ジョンミン)。これをたんなるメロドラマとして片付けられないのは、実際に2002年、韓国で発生した事件に基づくというばかりでない。
 ひとはどこまで愛を貫けるのか。――舞台となる喫茶店はその名も「純情茶房」。店員の娘を見初めた農夫は毎日、勤め先の牧場で絞りたての牛乳を2瓶とバラ1輪を送り届ける。献身的な行為の数々に、娘は「おじさん、かわいい」と茶化すこともあれば「純情すぎるとマヌケなのよ」と怒鳴りもする。いつのまにか呼び名は「おじさん」から「おにいさん」へ、それまで捨てていた牛乳も飲み始め、少しずつ心を開いていった。
 ようやく結婚披露宴もあげたものの、試練とすら言えるほどの事件が、これでもかと言うほど続く。彼女の結婚歴が発覚、前の夫から執拗な脅迫が始まる。支払われた手切れ金、取り戻すために失踪、身を売る彼女。家族に残されたのは彼女のHIV感染の事実だった。ついに彼女は売春など数々の罪で起訴され、獄中生活を送ることとなる。
 二年半の刑期ののち、出所した彼女を、それでも夫は両手を広げて抱き迎えた。そこまで傷つけられようとも、愛しつづけることができるのか。なぜ? まるで答えのように、映画の原題『君は僕の運命』という言葉が胸に響く。
 パク・チンピョ監督は自ら本作を「通俗恋愛劇」と称するものの、それを希有な「100%純愛映画」にしあげたのは、二人の名優によるところが大きい。男優ファン・ジョンミンは役のために事件前のシーンでは体重を15キロ増に、逆に事件後のシーンでは12キロ減にと文字どおり体を張っての熱演ぶりを見せてくれる。いっぽうの女優チョン・ドヨンは、持ち前の清純さとあたたかみが魅力で、ひとたび微笑めば、たとえパブのカラオケの場面ですら、愛らしく塗りかえてしまう。悲惨なエピソードの連続にもかかわらず、最後まで観客を魅きつけるのは、彼らの存在感ゆえだろう。二人は本作でそれぞれ大韓民国映画大賞の主演男優賞・主演女優賞ほか数々の映画賞を受賞している。
 物語のなかで、寡黙な彼が取材に迫る記者にぼそりとつぶやくシーンが印象的だ。「こんなふうにインタビューを受ければ、彼女は釈放されるのですか。」このように映画化されれば――せめて彼らの心は解放されるのだろうか。映画が終了したのちも、しばらくの間、気にかかっていた。(亜洲奈みづほ 2006.09)



『トンマッコルへようこそ』
(2005年/韓国/132分)

舞台は朝鮮戦争の真最中、江原道の山奥の小さな村・トンマッコルに、両陣営から6人の兵士が隊を離れて迷い込んできた。韓国軍から二人、北の人民軍から三人、そして戦闘機が不時着したアメリカ兵一人。彼らはなにかというと反目し合い、争おうとする。夜も襲われるのではないかと警戒を怠らない。しかしこのトンマッコル村は戦争が起きていることも知らない、根っから善良そのものの平和な村で、兵士たちの諍いに目もくれず、野良仕事をしている。ことに無垢な野性味をたたえた少女ヨイル(カン・ヘジョン)は天真爛漫、憎悪の観念をまるで理解せず、兵士の喧嘩腰も遊びにしか見えない。例によって諍いがもとで手榴弾が爆発し、蓄えてあったトウモロコシが台無しになる。それをきっかけにして、兵士たちも村の農作業を手伝い始める。対立が薄らいだ頃、連合軍がこの村を急襲した。6人は村を救うため、力を合わせることになる・・・。
新鋭のパク・クァンヒョン監督の劇場映画第一作。脚本は演劇界の実力派チャン・ジンによる。多分にファンタジー的要素が織り込まれているこの映画、ファンタジーを苦手とする韓国人にはたして受けるのか、不安だったそうだが、国民の6人に1人が見た勘定になるという、韓国映画歴代5位の大ヒットとなった。民族の分裂をかかえる韓国ならではのシチュエーション。童話的なトンマッコル村の存在は彼らの切なる願いを具現化したものだろう。韓国軍兵士のリーダーはシン・ハギュンが、人民軍兵士のリーダーはチョン・ジョエンが演じ、ともにりりしい。ポップコーンの雨、いのしし狩り、草橇、村祭りなど目を引くシーンがたくさんある。最後は壮絶。音楽は日本から参加した久石譲が担当している。(ほおずき皓 2006.09)



亜洲奈みづほ(あすなみづほ)
作家。97年、東京大学経済学部卒。在学中の95年に朝日新聞・東亜日報主催『日韓交流』論文で最優秀賞を受賞。卒業後の99年、上海の復旦大学に短期語学留学。2000年に台湾の文化大学に短期語学留学。代表作に『「アジアン」の世紀〜新世代の創る越境文化』、『台湾事始め〜ゆとりのくにのキーワード』、『中国東北事始め〜ゆたかな大地のキーワード』など、著作は国内外で20冊以上に及ぶ。アジア系ウェブサイト「月刊モダネシア」を運営。