亜洲奈みづほのアジア映画紹介



『チョン・ウチ 時空道士』
(2009年/韓国映画/136分/2011年7月2日より「シネマート新宿」にて、また同9日より「シネマート心斎橋」にてロードショー)


(c)2009 CJ ENTERTAINMENT,UNITED PICTURES & ZIP CINEMA.ALL RIGHTS RESERVED.


 500年を飛び越えて、スーパーヒーロー誕生!――そう銘うたれた本作は、韓国の古典英雄小説『田禹治(チョン・ウチ)伝』をもとに制作された、コミカルな“風流”アクション映画だ。なんと公開開始から6週間で、600万人の観客を動員する大ヒットとなった。

 物語は。神の力を持つ笛をめぐり、妖怪たちを封印しようとしていた道士ファダム(キム・ユンスク)と3人の仙人。しかしファダムはその力を手に入れようと、笛の持ち主である高名な道士チョングァン大師を殺し、その弟子チョン・ウチ(カン・ドンウォン)に、その罪を着せてしまう。だが彼は、掛け軸に封印されてしまう直前に、ファダムから笛を奪った。それから500年の月日が流れた現代のソウル。再び妖怪たちが出現したことで、姿を変えて、この世に生きている3人の仙人たちは、妖怪たちを封印するため、再びチョン・ウチをこの世に復活させた。

 道士たるもの、風を操り、晴れた空には雨を降らせる。地を瞬時に走り、剣を風のごとく操り、弱きものを助ける。ところが主役のチョン・ウチは、道士といえども人間臭く、ユーモアにあふれる。時には道術に失敗したり、女性にひきよせられてみたり。それでも護符ひとつで、自由自在に杖を現し、火を起こすさまは痛快だ。ひょうひょうと、いともたやすく大事(おおごと)をなすのである。その道士の風雅さが、本作をただの血なまぐさいアクション映画におとしめていない。決して中華圏の作品のように、気合の奇声をあげるのでなく、韓国映画の本作に現れるのは、無言の気力。流血沙汰の残忍さを強調するような作りではなく、あくまでもコミカルに。ただしアクションもCGも超一流であるのだが。

 ともあれ妖怪退治と笛のゆくえという物語を軸に、次から次へと息もつかさぬ展開が、くりひろげられてゆく。トリックの連続に、見る者は息つく間もなく翻弄される、翻弄されるのを楽しむとでも言おうか。

 ただしその陰には苦労もあったという。主演のカン・ドンウォンは、本役を演じるために、撮影の3ヶ月前から、アクション・スクールで、ワイヤーや剣術、格闘の訓練など、掌が固くなるほど激しい特訓を受けてきた。実際に難易度の高いアクションを、スタントマンなしで演じきっている。撮影では、全身にアザのできない日はなかったそうだ。

 ともあれ韓国の観客にとっては、なじみ深い名作が、現代に舞台を移してエンターテイメント化されているという面白さが、たまらなかったことだろう。なにせ朝鮮時代の道士が現代にタイムスリップするのだ。初めて見る自動車に驚くチョン・ウチに「馬みたいなものです。」ディスコできょろきょろする彼には「ここは人生を浪費する場です。」チョン・ウチのつぶやきは。
「昔と大違いだ。」
「人間は変わりませんよ。」

 やはりそういうものだろうか…。

(筆者よりひとこと;「アクション映画のなかには、残忍さゆえに、観客が疲弊するものも少なくないなか、本作は鑑賞後にすがすがしい爽快感が残りました。」)(2011.7)

公式ホームページ:http://www.jeonwoochi.jp

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亜洲奈みづほ(あすなみづほ)
作家。97年、東京大学経済学部卒。在学中の95年に朝日新聞・東亜日報主催『日韓交流』論文で最優秀賞を受賞。卒業後の99年、上海の復旦大学に短期語学留学。2000年に台湾の文化大学に短期語学留学。代表作に『「アジアン」の世紀〜新世代の創る越境文化』、『台湾事始め〜ゆとりのくにのキーワード』、『中国東北事始め〜ゆたかな大地のキーワード』など、著作は国内外で20冊以上に及ぶ。アジア系ウェブサイト「月刊モダネシア」を運営。