亜洲奈みづほのアジア映画紹介



『ハウスメイド』
(2010年/韓国映画/107分/2011年8月27日より「TOHOシネマズシャンテ」他、全国順次ロードショー)


(c)2010 MIROVISION Inc. All Rights Reserved.


「支配され、奪われる。その関係が逆転するとき、家政婦の無垢は狂気に変貌する。」――そう銘うたれた本作は、制作された「2010年を最も輝かせた女優ナンバーワン」に選ばれた、チョン・ドヨンの主演する、息をつめるようなサスペンスだ。悲惨な汚(けが)れ役でも、いかなる役柄であろうとも、これは彼女の人柄によるものだろうか、主演女優のチョン・ドヨンが登場するだけで、画面が輝いて見える。さすがはカンヌ映画祭主演女優賞受賞経験者だ。

 本作の原題は、ずばり、『下女』。上流一家に仕えるために、やってきた若いメイド・ウニ(チョン・ドヨン)。彼女が一家の主・フン(イ・ジョンジェ)から、求められるままに関係を持って以来、豪邸では次々と不可解な出来事が起こり始める。やがて、一家とメイドたちが、それぞれの人生を賭けた駆け引きの果てに迎えた、衝撃的すぎる結末とは…。

 ショッキングすぎて、ここに記すことが、はばかられる。

「あなたは私を人間扱いしてくれなかった。でも(注※お腹の赤ちゃんは)あなたの子です。」

 それにしても、同じ出産でも、これほどまでに違うものかと、やるせなさを隠しきれない。かたや上流一家の夫人は、優雅なマタニティー・ヨガにふけり、産院のスイートルームで出産する。かたやメイドは、知らぬままに中絶薬を飲ませられ、人工流産させられる。生まれてくるはずであったのは、同じひとつの生命であるにもかかわらず…。監督のイム・サンスいわく、
「韓国社会の階級問題を正面から描くことです。」

 ただし本作では、決して陰湿な女中いじめが描かれているわけではない。むしろ、もっとそら恐ろしい、人命のかかった陰のバトルが生々しい。洗練された映像の、不気味な静けさ。平穏につくろわれた贅沢生活の陰にひそむ陰謀。

「この家が、怖いです。」
 そんなメイドのセリフが真実味を帯びる。

 これは余談だが、大邸宅の豪勢なセットも見逃せない。とりわけ本物の画家の絵画、なかには10万ドル以上の価値のあるものまでもが、20点以上も飾られており、韓国映画史上、最大の規模のセットとなっているという。

 せめてもの救いは、脚本も手がけた監督の、優しさのある演出か、それとも主演女優の実力だろうか。

(筆者よりひとこと「(本作主演女優の)チョン・ドヨンの出演作に、はずれは、なし!」)(2011.6)

公式ホームページ:http://housemaid.gaga.ne.jp

バックナンバー
2006年9月〜2009年3月までの紹
2009年4月〜12月までの紹介
2010年1月〜2011年3月
亜洲奈みづほ(あすなみづほ)
作家。97年、東京大学経済学部卒。在学中の95年に朝日新聞・東亜日報主催『日韓交流』論文で最優秀賞を受賞。卒業後の99年、上海の復旦大学に短期語学留学。2000年に台湾の文化大学に短期語学留学。代表作に『「アジアン」の世紀〜新世代の創る越境文化』、『台湾事始め〜ゆとりのくにのキーワード』、『中国東北事始め〜ゆたかな大地のキーワード』など、著作は国内外で20冊以上に及ぶ。アジア系ウェブサイト「月刊モダネシア」を運営。