亜洲奈みづほのアジア映画紹介



『レイン・オブ・アサシン』
(2010年/中国・香港・台湾映画/120分/2011年8月27日より「新宿武蔵野館」ほか全国ロードショー)




(c)2010.Lion Rock Productions Limited.


  武術界の<究極の奥義>をめぐる一大決戦!最強の暗殺組織の刺客たちが魅せる愛と闘いの物語――そう銘うたれた本作は、中華映画界の巨匠ジョン・ウー(呉宇森)監督の最新作だ。ジョン・ウーといえば、『男たちの挽歌』のシリーズで、香港ノワールというジャンルを築き、その後三国志『レッドクリフ』では、日本で公開された中華映画の最高興行成績を極めた人物である。

 物語は。武術の奥義を究めたインドの王子・達磨大師の遺体を手にした者は、武術界の派遣を握るという言い伝えがあった。数百年後、明朝時代の中国において。謎の暗殺組織「黒石」が、ミイラ化した達磨の遺体を手に入れようと暗躍する。ところが「黒石」最強の女刺客・細雨が組織を裏切り、達磨の遺体とともに失踪する。やがて細雨は、曹静(ミシェル・ヨー/楊紫瓊)という新たな名前を名乗り、都の片隅で出会った、心優しい配達人の阿生(チョン・ウソン)と結ばれる。しかし非情なる宿命は、殺しの過去を捨て去った女性の慎ましい幸福さえも、容赦なくうち砕く。ひたひたと迫り来る、暗殺組織「黒石」の凄腕たち。彼女は、人生のすべてを懸け、最強の暗殺組織との壮絶な最終決戦に身を投じていくのであった。

 ただし女剣士は、決して闘いのみにあけくれているわけでない。闘いの先に行き着いた安寧と、それをおびやかす過去とのはざまにある。女剣士は自問自答する。本当に良いのだろうか、「幸福に甘んじても?人生をやり直しても?」。それでも完全には闘いから逃れきれない宿命というものがある。

「一度、この道を歩んだら、それまでだ。引き返せない。」
はたして暗い過去を秘めた者たちは、人生をやり直すことができるのだろうか。 

 ところで監督の前作、『レッドクリフ』は、君主たちの闘いに主眼が置かれていたが、本作は対照的に、庶民の生活に力点が置かれている。また前者が男たちの戦場であるなら、本作は女剣士の内面まで含めた物語だ。女性であるからこその悲劇というものが、作品に厚みを持たせている。

 作中には、「容姿を変えても風格で本人とわかってしまう」というフレーズが登場するのだが、そもそもの主演女優ミシェル・ヨーの格調の高さは、やはり否めないものがある。アクションだけでなく、ヒューマンドラマまでも魅せるのは、彼女の力量によるものだろう。ちなみに彼女は、マレーシアの華僑であることもあり、マレーシア政府からナイト爵の号が与えられている。そもそも本作は、彼女にふさわしい武侠アクション映画として構想されたプロジェクトだ。彼女なくして本作は成りたたない。また相手役の韓国俳優チョン・ウソンの、異質で優雅な穏やかさが、殺気あふれる中華圏の殺伐とした世界に、救いをもたらしている。

 これは余談だが、タイトルの『レイン・オブ・アサシン』は、英語版を直訳すると「刺客の君臨(REIGN)」これに雨(RAIN)をかけて、原題は『剣雨』となっている。女剣士の使いこなす必殺高速剣法では、遺体には剣の雨が降りそそいだような跡が残るという…。

(筆者よりひとこと「女は女で辛いものだよ。」)(2011.7)

公式ホームページ:http://www.reignassassins.com

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亜洲奈みづほ(あすなみづほ)
作家。97年、東京大学経済学部卒。在学中の95年に朝日新聞・東亜日報主催『日韓交流』論文で最優秀賞を受賞。卒業後の99年、上海の復旦大学に短期語学留学。2000年に台湾の文化大学に短期語学留学。代表作に『「アジアン」の世紀〜新世代の創る越境文化』、『台湾事始め〜ゆとりのくにのキーワード』、『中国東北事始め〜ゆたかな大地のキーワード』など、著作は国内外で20冊以上に及ぶ。アジア系ウェブサイト「月刊モダネシア」を運営。