亜洲奈みづほのアジア映画紹介



『ソウルのバングラデシュ人』
(2009年/韓国映画/107分/2011年5月28日〜6月17日に開催される「真!韓国映画祭2011」の一貫として「新宿K's cinema」にてロードショー)


(C) キノアイジャパン

 バングラデシュ出身の移住労働者と、ソウルに住む17歳の女子高生との恋――そう銘うたれた本作は、「韓国の今を知る・本物の韓国映画」とも呼べるインディーズ作品のみを集めた、「真!韓国映画祭2011」の一貫として日本で上映される。

 17歳の女子高生・ミンソ(ぺク・ジニ)は、夏休みに英語塾に通うため、アルバイトを始める。ある日、バスの中で財布を拾うものの、知らんぷり。一方の29歳のバングラデシュ出身の移住労働者・カリム(マーブブ・アラム・ポロブ)は、自分の財布を彼女が盗んだことを知り、問いつめる。彼女は青年の願いを1つきくことでチャラにしようと提案。カリムは、1年分の給料が未払いである前社長のところに一緒に行ってくれと頼む…。

 先日、発表された、米国・国務省の人権報告書のなかで、わざわざ指摘された「韓国人の外国人差別問題」。韓国には、単一民族国家であるがゆえの、異民族やマイノリティーへの厳しさが存在する。

「今すぐ国へ帰れ、バカ野郎」

 そうののしられながらも、建設現場を支えるバングラデシュ人たちは、「それでも我慢するしかないんだ。」

 とりわけ青年の想いが爆発した心の叫びが胸に響く。

「ただ幸せになりたかった。アラーの神、これがあなたの造った世界なのですか!」

 彼の肌の色に向けられる、刺さるような周囲の視線。または彼女が相手の文化的習慣に合わせて、指先で料理を食べようかと迷う気もち。個人的に筆者は、バングラデシュの隣国の青年と、そっくりな体験をしたことがあるため、とても他人事とは思えなかった。そこには日韓の別はなく、日本にも同じような悲恋が、いくつも秘められてきたはずだ。その点、たんに「異国の(韓国の)・外国人移住労働者(バングラデシュ人)」問題としてでなく、日本人の我々にもまた、我が事として、つきつけてくるものを秘めている。

 ただしテーマは社会派ながら、本作はドキュメンタリー映画のように直接、問題を訴えかけてくるわけではない。ディープなアジア系外国人差別問題を、淡い恋がオブラートのように包みこんでいる。そのせいか、面と向かって外国人労働者の窮状について請願されるよりも、かえって心に沁みるものがある。 

 国籍の違いが・年の差が・身分の違いがあろうとも、それらを越えるコミュニケーション。これまでも人間の関係性に焦点を当てつづけてきた、シン・ドンイル監督ならではの、ふたりの微妙な関係が、絶妙だ。決して抱擁しあうわけでなく、ただそこにいて、わかちあうだけの時間がいとおしい、そんなプラトニック・ラブ。青年は彼女のために服を新調する。母国の手料理を作ってあげる。または彼女が重労働の青年のために、ハンドクリームを贈りもする。

 最後に、本作の原題は『バンドゥビ』、ベンガル語で「友達」を意味する言葉だが、「女の」友達というニュアンスもこめられているという。友達以上〜恋人未満の淡い絆。

 孤独なふたつの魂が、ソウルの街で、ひととき結ばれた。

(筆者よりひとこと;傍若無人な韓国の女子高生が、なぜか憎めない。バングラデシュ人のピュアさも、せつない。)(2011.4)

上映スケジュール;
「真!韓国映画祭」の作品上映日程は、近日中にこちらにアップロードされる予定。


バックナンバー
2006年9月〜2009年3月までの紹
2009年4月〜12月までの紹介
2010年1月〜2011年3月
亜洲奈みづほ(あすなみづほ)
作家。97年、東京大学経済学部卒。在学中の95年に朝日新聞・東亜日報主催『日韓交流』論文で最優秀賞を受賞。卒業後の99年、上海の復旦大学に短期語学留学。2000年に台湾の文化大学に短期語学留学。代表作に『「アジアン」の世紀〜新世代の創る越境文化』、『台湾事始め〜ゆとりのくにのキーワード』、『中国東北事始め〜ゆたかな大地のキーワード』など、著作は国内外で20冊以上に及ぶ。アジア系ウェブサイト「月刊モダネシア」を運営。