








| 第3回 環境問題の深刻化 現代化と未来 ●現代化されたバンコク ●タイもずいぶん現代化されました。モノレールや地下鉄も通ったり、経済発展はすさまじいですね。不況は別にして、この一〇年の変化は実に急激です。新空港の建設もありますし、さらに勢いは止まらない感じがします。 モノレールの運行が開始されたのは一九九九年の十二月五日、国王誕生日の日でしたか、まる二年以上経ちますが、ずいぶん便利になったように見えますけれども、現状はいかがですか。 ■当初の計画は乗客が一日六〇万人あるはずだったんです。車のほうも、皆がモノレールを利用することで、二〇%減るだろうということだったんですね。ところが実際には車はそんなに減っていないし、乗客も始めは四万人、現在やっと二〇万人なんですね。それでいま一日二〇〇万バーツ(約六〇〇万円)の赤字が出ています。延長線が造れるかどうかというんですが、お金がない。そういう状態です。 地下鉄のほうも来年か再来年、運行開始予定ですが、大事なことは空港へ繋がる路線がない。これは造るべきだと思うんですよね。それと地下鉄とモノレールの乗継ぎ駅、どこで乗り換えるか、それがちょっとまだわからない。乗り換える場所がないと聞いています。これも乗り換えられるようにするべきですよね。現代化も、もっとバンコク市民のことを考えてやってほしいですよね。 ●近代化と歪み ●タイの先進化は歪みもかなり出ていますでしょうね。近代化と歪みという問題は、実は世界中共通の課題でもあると思いますけども。 ■タイは六〇年代のサリットの時代から工業化政策が始まったわけですけどね。それがだいたい六〇年代だったと思うんですけど、僕はそれ自体がまちがっていたと思います。 もともとタイは農業国なのに、なぜ工業化へ向きを変えなきゃいけないのか。もう一度それを見直すべきじゃないかなと思っています。 日本は貿易でずっと生きてきた国ですよね。海外に原料や労働力を頼らなければならない。だから日本がこちらへ工場を移転したのは、労働賃金が安い、原料も安い、すべてが安上がりでできる、現地で売れる、というねらいがあったわけです。 タイの場合は日本やアメリカの外国資本に依存して工業化を進めてきた。そこに特徴があると同時に、大きな問題があるわけです。その点にタイの工業化と現代化の歪みもあるわけです。 タイは原料を自国でほとんどまかなえない。タイを工業化するならば、こちらの資源で得られるものを工場で作るならばいいけれども、そうじゃない、ほとんどが輸入しないと材料がない。そういうやり方をしているわけです。ガラスはまあいいいけども、ほかのものは、例えば自動車なんかは、最初は持ってきて組み立てるだけでしたからね。そういう点、僕はちょっとサリットは方針を誤ったと思ってるんです。それは長い目で見ていけばわかるんですけども。 たとえば日本の進出企業の場合、特にタイは農業国だったから、よく売れるのは肥料とか、飼料とか、耕運機とか、農業、農産物に関するものだったわけですよね。それで文化製品、電気製品や、オートバイ、自動車、カメラなど著しく増えたし、売れてきた。車、これもほとんど日本車、安いから売れてる。これはいいんです。でもそのおかげでいろんな悪影響も出ているんですよね。公害問題も。工場から流れ出る水が汚水になってそれから河に流れ込んだり、農地にしみ込んでいくとか、いろんな問題が出ているわけです。 タイ人が言う。「日本はずるい。いろんなものを売って、みんなお金を持って帰っちゃう」って。だったら買わなきゃいいでしょって僕は言う。たとえば肥料を使った。初めはよかったんだけど、だんだん土が悪くなっちゃった。だったら買わなきゃいいんだろうって。ふつうのいままでやってきた、牛の糞の自然肥料を使えばいいでしょって言うんですけどね。それがなぜできないのか。もとのようにやれば一銭もお金がかからないよって。肥料や耕運機を買うためにみんな借金を抱えている。いま機械化されている。機械を買うためにみんな金を借りなきゃならない。それでますます忙しく、貧しくなってる。それはおかしい。そのおかしいことに気がつかなきゃいけない。機械を買ったからといって、土はよくならないですよ。牛に耕させたほうが、糞は残していくし、ゆっくりしっかり耕していってくれるし、ずっと土地そのものにはいいんですよね。タイの農村でも、それがいま徐々にわかりつつありますけど。有機農業って盛んに言うようになってきましたよ。 ●変化した農村──荒廃化 ●牛もずいぶん数が減ってるようですけど。 ■このあいだ調べたんだけど、水牛の数が激減している。黄牛・乳牛の数はそれほどでもないんだけど、水牛は三分の一くらいしか残っていない。 ●ええ? 三分の一ですか。 ■詳しい数は黄牛・乳牛が四九二万八三九六頭、水牛が一七九万九六〇六頭になってます。 ●一〇年くらい前までどちらも五〇〇万頭はいたんじゃないんですか。「微笑みの国タイ」で「牛の交通事故」という記事を編集した九〇年当時のデータは、たしか黄牛・乳牛が五三〇万頭、水牛が五四〇万頭、合計一〇七〇万頭となってましたよ。水牛がいまはわずか一八〇万頭、三分の一になってしまったんですか。 ■そう。みんな売り飛ばしたりして、殺しちゃった。食用にしたり、革製品にしたり……食べちゃったんですね。人間の胃袋に入っちゃったんです。ベルトや靴になったり。かわいそうな話ですよ。いまはだからビルマやカンボジアから大量に輸入して同じことを繰り返していますよ。密輸が多いけれども。 ●タイの田舎というと、あの水牛の夕暮れ時に水牛が野原や畑からカランカランと首の鈴を鳴らしながら帰ってくるところがすばらしくきれいな風景でしたよね。タイの象徴的な風景でしたけど……そんなに水牛がいなくなっゃったんですか。 ■あれがだんだん減っちゃって……だから僕は以前雑誌に、こういう風景はもう見られなくなりますって書いたことがあったんですけど。ほんとうにここ一〇年で変わってしまいましたね。 それから田畑に塩が吹き出す現象ですけが、以前はチラホラくらいだったんですけれども、最近はそういうところがひじょうにたくさん目につくようになりました。ものすごく増えている。ほったらかしにしたら、砂漠になっちゃうかもしれないわけですよ。 ●タイの農村も急激に荒廃しているということでしょうか。 ■そうです。 ●減少する森林 ●都市も問題が多いでしょう。 ■都会でも排気ガスの問題もいまだにたいへんです。騒音で耳が悪くなるとか、排気ガスのために目が悪くなる、鼻も悪くなる、喉が痛くなるとか、僕なんか毎朝公園なんかで走っているけども、家へ帰ったら必ず鼻を掃除する。ススだらけ。だからバンコクにいる人は早死にするんじゃないかと思いますよ。すごいガスです。公害についての知識もなく、国自身の責任管理もなく、外国企業に依存して全部任せてきた分、その歪みもひどくなっているわけです。それを今後どう是正していくのか、タイの問題であると同時に、また東南アジアその他の発展途上国全体の問題でもあると思います。環境問題として考えると、発展途上国のほうが、森林がなくなったりして、直接影響が出る。いっそうダメージが大きいということになるでしょうからね。タイでもそうですけど、世界でいま人間が森林を荒らしていますよね。 ●タイは六〇年代には国土の半分以上が森林だったのに、いまは二五%近くまで減っている。これはすごい減少率ですよね。 ■ベトナム戦争の頃に、大量に切られてしまったんですね。それ以後も、道路ができてからさらに……。 いまビルマやラオスやカンボジアでも木が大量に切られていますよ。全部タイに運ばれてきて、輸出されています。 ●それらはみんなどこへ運ばれるんですか。 ■日本とか、中国とかですね。材木の輸出は権力者がらみでないとできない仕事です。ほんとうに世界で大きな会議をしてきちんとやらないとたいへんなことになりますよ。もっとしっかりしないと。 世界でいま先進国とか都市の人間が森林を荒らしていて、森林はもう二、三〇%しか残っていないんじゃないかな。 ●異常気象 ■どんどん気温がいま上がってるでしょう。酸素がなくなって、二酸化炭素が増えてますからね。 まだ温帯地方はそれほど影響が出ていませんけど、亜熱帯や熱帯はだんだん変わってきてますよ。タイも本来はいま乾季でいちばん暑い時期なのに、急に雨が降ったり、涼しくなったり、気候に異変が起きています。つい先々週も乾季なのに、雨が降りましたしね。 ●バンコクはいま変ですよね。これは乾季の空じゃないですよね。 ■そう、乾季の空じゃないですよ。こんなに雲が出て、雨も降ったり。去年のね、選挙なんか大雨だったんですよ。ソンクラーンの時期ですよ。写真を撮りに行こうと思ったけど大雨だったのでやめちゃったんです。四月のソンクラーンと言ったら、五月まで一滴も降らないのが普通でしょ。本来は乾季は一滴も雨が降らないでカラカラで暑いはずなのに…… ●雨を呼ぶのがソンクラーンのお祭りですからね。やる前から降ってるんじゃお祭りになりませんよね。 ■もう、一月から降ってますよ。お正月からもう暑い。普通一月はタイではいちばん涼しいでしょう。あんまり涼しくないんですよ。一月から雨が降って、二月の初めに一週間ぶっ続けで降ったんですよ。「いやあ、もう雨季なのか」ってみんな言ってました。三月になって降ったり止んだりしてたんだけど、最近また降ってきた感じですね。 ●気候が狂ってきていますね。 ■ほんとうに異常ですね。亜熱帯モンスーンのサイクルが根本的に狂っている。世界的に異常が起きてる。日本の方までそれがまだ行っていないというだけですよ。 十年前でしたら考えられないことです。 カンボジアの洪水も木を切ってしまったから起こったんですよ。またちょっと降ったら森林がないから、水を吸い込むことがなくて、洪水になってしまう。もうどんどん悪循環が起こり始めている。農作物も全部流されてしまって、牛や馬まで流されて、人まで死んでしまう。 これはだれが変えたんですか。人間が変えたんですよ。悪いのは人間ですよ。これは日本人が悪いとか、タイ人が悪いとか、アメリカ人が悪いとかじゃない。みんなが悪いんです。中国だってそうですよね。 世界的な異常現象が起き始めている。気温はそのうち本格的に上がってくる。オゾン層も破壊されている。これがもっと進むと北極や南極の氷が解け始める。海面が上がってくる。そうすると海に没してしまう国も出てくる。バンコクも水の下になっちゃうわけですよ。タイの多くは沈みますよ。最終的にどうなるのかというと、昔のように戻っていく。原始時代になっちゃうんですよ。海があって空があるだけというような。人間が人間を破壊して、人間自身を滅ぼしつつあるんですよ。 ●近づく食糧難の時代 ●このままでいくととんでもない時代が来るということですよね。ノアの箱舟のようなことが来るとも限らない。その前にもう食糧難の時代になるんでしょうか。 ■これが進むと、ほんとうに食糧難が深刻になりますよ。 昔は石油が大事で、それで日本は戦争へ突入していった経緯がありますけど、現代はむしろ食糧の問題になっていくと思いますよ。戦後、貿易で日本はずいぶん力をつけました。国力は増大した。特に経済力はね。でも逆に国民の力はだんだん落ちていった。どんどん弱くなってきた。いまはめちゃくちゃにたいへんになっています。窮地に陥ろうとしていますよ。ここへもってきてあと四、五〇年たったら、世界の人口が一〇〇億になる。人口がこれだけ増えてきたら、世界の食糧が足りなくなってくる。農地が必要になってくる。でもどうやって切り開くのか、密林を伐採したら、また二酸化炭素濃度が上がる。地球の温暖化が進む。水がだんだん減ってくる。水飢饉になる。食糧難がそれからやってくる。 この食糧難が厳しい。食糧がなくなってきたら、日本はどこから食糧を輸入するんですか。いまはまだ輸入できますよ。でもほんとうになくなってきたら、だれも、どこの国も輸出してくれませんよ。自分の国で食うだけでたいへんですから。そのとき、日本はどうするかっていうことですよ。日本は一億三千万。五〇年経っても人口はほとんど変わらない。だけど日本の場合は老人ばかりになるでしょう。働く者がどんどん高齢化して、全体に活気がなくなっていく。食糧がなくなってくる。いまから米など食糧を確保していかなかったら、間に合わないですよ。最終的には食糧を持つ国が生き残る。そのためにもうみんな動き始めていますよ。 日本はこういう状況をしっかり考えているのかどうか。現在のことだけで精一杯、先のことなんかとても考えている余裕はないように見えますよね。先のことが考えられない国民や国家は、結局衰退していくんですよ。 ●環境問題を全世界規模で ■いま世界で環境と食糧と人口の問題を話し合うべきだと思いますよ。これは大事です。これをいまから課題としてやっていかなかったら、世界が潰れちゃいます。 ●どういう姿勢でやっていけばいんでしょうか。 ■いまタイでは農村の開発・復興のために、タクシン首相が一つの村に一〇〇万バーツを与えて、それぞれの村をよくすると言ってますよね。それをどういう形でやっていくのかということを、僕は見てるんですよ。一〇〇万バーツといったらけっこうな金額なんですよ。でも一つの村にと言ったら、タイ全土で村は六万村あるんですよ。全体としたら六〇〇億バーツ。大きな金額になるんですよ。六万もの村に一〇〇万バーツずつ、ほんとうにわたしてくれるのか。わたしてくれたとしてもその場合、何に使うのか、その一〇〇万バーツを各家に分配したって意味はないわけです。 その一〇〇万バーツを生かす方法を考えなきゃならない。僕だったら水、旱害とか、貯水池に使いますね。水がない村がほとんどなんですよ。水をなんとかしなきゃらない。ただ、一つの村に一〇〇万バーツやったって、旱害問題が解消されるはずがない。だったら全土で、東北なら東北、北部なら北部全土で、灌漑用水のすごいのを作って、いつでも水があるようにして、いつでも何でも植えられるようにしていくほうがいい。それが政治というものでしょう。 ただお金を与えたって、それが将来とか、発展とかに結びつかなかったら意味がない。みんな消えてしまいますよ。日本の人たちが最初の頃、難民にしたように、お金だけポーンと投げて、人を生かすことを考えなかったら、人そのものは死んじゃうわけで、それと同じですよ。お金だけだったら、逆に人をだめにしてしまう。村の将来を生かすのは、お金の力じゃなくて、知恵の力なんですよ。知恵を練って、それぞれの村に合ったそれぞれの将来を考える方策を実行していくべきなんですよ。 僕だったら灌漑をまずやりますね。次にやるのは土ですよ。いま、農村の土はカチンカチンですよ。塩が吹いてるか、カチンカチンかどっちかです。それくらいタイの農地は荒れてしまっている。これを復元しなければならない。塩が吹いている土地をどうやって直すかというと、まず潅木でもなんでもいいからそこに育つ木を早急に植えることです。木をたくさん植えれば、土の質もよくなってくるし、雨が降ってもだいじょうぶなようになってくるんですよ。みんないまは禿山ですから。もっといっぱい木を植えなきゃだめです。 口先で一〇〇万バーツなんて言わないで、それを総計したらいくらになるか考えて、総額でプロジェクトを組んで動かしたほうが将来的にはずっと役に立つわけです。そのほうがよくなっていくと思うんですよ。あちこちで大きい池を掘ってますけど、乾季になったらカラカラに乾いてしまう。その池が乾かないようにする方法を考えなきゃだめですよ。 お金で人を破壊しているようなもんですから、やることはその逆で、知恵で建設していけばいいんですよ。どうすればいいのか、専門家を集めて、この村はどうやればよくなるのか、一番いい方法で発展していく方法を考えて実行していけばいいと思いますよ。そうすれば一〇〇万バーツも二倍、三倍になって、村の人々を潤していくわけですよ。 世界の環境問題も、全世界の優れた知恵を結集して、国のエゴイズムは捨てて、人類のためにすべての力を結集して、大胆に、誠実に実行していくことでしょうね。地球の未来がかかっているんですから。 ●最後にこれからの若い人たち、日本の若い人たちに、瀬戸さんから何かメッセージをいただけないでしょうか。 ■やっぱり、もっとしっかりしろと言いたいですね。魂を自分の心の中に叩き込むというか、理想と信念を持って命懸けで行動していくことですね。 それと、世界をもっとよく見ることですね。広い眼を持て、と言いたい。そうでないと本当の人間としての力を持てない、どんどん押し寄せてくる物質文明の悪い流れに飲み込まれていくばかりだということですよ。 それからもう一つ、人種差別をしないでほしい。お金を持っていないから、便利な生活がないからといって、馬鹿にしないで、アジアの人々、世界の人々を大事にしてほしいですね。日本人は若者も含めて、アジアの人を大事にしていない。心の底で軽蔑しているでしょう。それをなくしてほしい。いっしょに生きていく時代ですから。それぞれが地球を担っていく時代なんです。みんなで真剣に大きな問題に取り組んでいかなければならない時代なんですから。そこにほんとうにアジアの時代、地球の時代があると思いますよ。 二〇〇一・四・一 バンコク/クィーンズ・パーク・ホテルで |