亜洲奈みづほのアジア映画紹介



『運命の子』
(2010年/中国映画/128分/2011年12月23日より「Bunkamuraル・シネマ」にてロードショー)


(C)Shang hai Film Group Co., Ltd. Shang hai Film Studio/TIK FILMS/Stellar Mega Films Co., Ltd. /21 Century Shengkai Film


 残された命は、未来への希望か、絶望か。司馬遷の『史記』の名作「趙氏孤児」、2600年の時空を越えて完全映画化。――そう銘うたれた本作は、『さらば、わが愛 覇王別姫』でカンヌ国際映画祭のグランプリを受賞した経験のある、中国の“第五世代”の巨匠、チェン・カイコー(陳凱歌)監督の最新作だ。物語自体は、中国古代・春秋時代に起こった実際の史実を背景に記されたもので、その後も京劇や雑劇、新劇など、時代を越えて様々な形で繰りかえし舞台化され、親しまれてきたものであるという。

 舞台は中国、晋の国。敵対する武官(ワン・シュエチー/王学圻)の謀略により、趙氏は一族300人を皆殺しにされるが、生まれたばかりの男の赤子だけ、母である妃(ファン・ビンビン/范冰冰)の機転で難を逃れた。出産に立ち会った医師(グォ・ヨウ/葛優)に最後の言葉を残し、妃は自害。医師は、趙氏の根絶やしを図る武官から赤子を守ろうと奔走するが、その子の命と引きかえに、彼自身の子を殺されてしまう。さらには愛する妻までも…。武官への復讐を誓った医師は、生き延びた孤児を引きとり、武官の門客となった。何も知らない武官は、趙氏最後の子を、そうとは知らずに溺愛し、何も知らない孤児は医師のほうを「父さん」、武官を「父上」と呼び慕うようになる。それが医師の狙いだった。武官の孤児に対する愛が深くなればなるほど、孤児から受ける復讐のダメージも深くなる。やがて15年の歳月が経ち、2人の父に育てられた運命の子が、すべてを知る時がやってくる。

 2人の父と、運命の子。それぞれの絆と裏切り。孤児の成長や親子の絆、人情、運命、それらをまっすぐに正面きって見据えた作品だ。

 チェン・カイコー監督はくりかえし「普通の人間の人生に寄り添う」と語っていたという。医師の周囲の日常風景と、対する武官たちの戦闘シーン。静と動、緩急をおりまぜた見事な作りはパーフェクトだ。芸術性とエンターテイメント性を、ともに備えた稀有な作品である。

 それにしても「仇討ちのためだけに15年かけて子供を育てる」という発想、いや史実が。そしてまた、それを感動とともにさまざまな形で聞きついできた中国人の存在というものが、どこかそらおそろしく感じられなくもない。

 クライマックスには派手な音楽もライティングもない、ただ剣の突きささる音、それに続く血のあふれ出る音のみという、渋い演出が、かえって事の重みをきわだたせる。真の人間と人間との対決、そのあまりの真摯さに、思わず見る者は涙腺が、緩みそうになる。

 ともあれ2600年前の史実が、今、こうして大作として復活するという奇跡に、脱帽である。


 
●筆者よりひとこと
「自分の人生が復讐の道具とされてしまう子供の悲劇。運命は残酷だ」(2011.10.)

 

公式ホームページ
http://www.unmeinoko.jp/


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2010年1月〜2011年3月
亜洲奈みづほ(あすなみづほ)
作家。97年、東京大学経済学部卒。在学中の95年に朝日新聞・東亜日報主催『日韓交流』論文で最優秀賞を受賞。卒業後の99年、上海の復旦大学に短期語学留学。2000年に台湾の文化大学に短期語学留学。代表作に『「アジアン」の世紀〜新世代の創る越境文化』、『台湾事始め〜ゆとりのくにのキーワード』、『中国東北事始め〜ゆたかな大地のキーワード』など、著作は国内外で20冊以上に及ぶ。アジア系ウェブサイト「月刊モダネシア」を運営。

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