亜洲奈みづほのアジア映画紹介



『女と銃と荒野の麺屋』
(2009年/中国映画/90分/2011年9月17日より「シネマライズ」・大阪「梅田ガーデンシネマ」ほか全国順次公開)





 欲望にまみれ、一丁の拳銃に翻弄(ほんろう)される、滑稽(こっけい)にして哀れな、ひとりの女と3人の男。はたして最後に生き残るのは誰なのか?――そう銘うたれた本作は、北京オリンピックの壮大な開会式の演出を手がけた、チャン・イーモウ(張芸謀)監督による、全く新しいサスペンスだ。ちなみに彼は中国映画界の第5世代、つまり1980年代なかばより現れた新世代の監督であり、カンヌ、ヴェネチア、ベルリンと世界3大国際映画祭にて、グランプリをはじめ、数々の賞を受賞してきた、現代中国最高の巨匠である。

 舞台は万里の長城の西の果ての荒野の町。そこで中華麺屋を営むワン(ニー・ダーホン/倪大紅)は、怒りに身を震わせていた。妻(ヤン・ニー)が、若い従業員員リー(シャオ・シェンヤン/小沈陽)との浮気にはしり、商人から拳銃を購入したらしいのだ。警察官チャン(スン・ホンレイ/孫紅雷)から、その報告を受けた彼は、妻と従業員の殺害を警察官に依頼。ところが麺屋の金庫に眠る大金に目をつけていた警察官は、彼の思惑とは違う行動に、うって出る。このとき既に誰もコントロールできない“人生の悪戯”に絡めとられた彼ら4人の運命は、破滅への道を転がり落ちていくのだった。

 作品の前半は、ところどころに笑いを散りばめながら、アップテンポで展開し、見る者を飽きさせない。ところが後半は一転して、息をつめるようなサスペンスへと変わっていく。

 金と欲望のためであれば、人はそこまで残酷になれるのか…。言葉少なげななか、殺人と隠蔽(いんぺい)をめぐる気迫のみが渦巻く。ただし決して奇声や血潮があふれつづけるわけでない。オリエンタル・ノワールとも称されるべき、抑制された演出に、巨匠チャン・イーモウの格調の高さを見る。

 たびたびはさまる広大な大地のロングショットが印象的だ。鮮やかな色彩も目にまぶしい。しょせんは広大な大地のなかで、ちっぽけな人知が、うごめいているばかりなのだろうか…?

(筆者よりひとこと;「警察官かつ殺し屋のスン・ホンレイの存在感が、圧倒的。」(2011.9)

公式ホームページ http://www.kouya-menya.jp


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亜洲奈みづほ(あすなみづほ)
作家。97年、東京大学経済学部卒。在学中の95年に朝日新聞・東亜日報主催『日韓交流』論文で最優秀賞を受賞。卒業後の99年、上海の復旦大学に短期語学留学。2000年に台湾の文化大学に短期語学留学。代表作に『「アジアン」の世紀〜新世代の創る越境文化』、『台湾事始め〜ゆとりのくにのキーワード』、『中国東北事始め〜ゆたかな大地のキーワード』など、著作は国内外で20冊以上に及ぶ。アジア系ウェブサイト「月刊モダネシア」を運営。