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政権の支援を受けずに村人が自分たちの力で作った小学校の教室
            カチン州にて
ビルマの現状
笑顔の裏にひそむ暗い影
教育に表れつつある歪み
大橋環
メコン・ウオッチ

●一人年間三五円の教育費
 子供一人当たり100チャット(約35円)──残念ながら、これは遊園地の入場料でも、バス代の子供料金でもない。これはビルマの軍事政権が、子供(5〜9歳)一人の教育に充てた一九九九年度の予算である。1990年には一人当たり1200チャットだった教育予算はこの9年間で90%以上減らされた。しかしその一方で、国の予算の約40%は軍事費に費やされているのに。
 首都ラングーン(ヤンゴン)を初めて歩いた時、都会の喧噪の中でも、意外と落ちつきを感じた。兵士たちの姿を見かけることはあっても、予想していた軍支配による緊張感をなぜか感じなかったからかもしれない。
 ビルマの人々は、顔を合わすとすぐに笑顔で応対してくれたり、自由に話をしてくれた。だからこそ、予想していた圧迫感を感じなかったのかもしれない。意外と親しみやすいところだと思った。しかし、時間がたつにつれ、その笑顔には、心の底にある不満を反映していないこともわかり始めた。笑顔で不満を隠しているのか、単に心の一部分を表現しているのか、いまだにはっきりしないのだが……。

●軍事政権の影──鬱屈する不満
 初日の会話はなぜ自由だったのか。それは、私の出身地の話だったり、ビルマの食べ物が話題だったりと、政治やビルマの人の個人的な事柄に触れなかったからである。しかし、その後、相手のことを聞こうと思って話題を変えると、雰囲気も変わった。話をするのに暗い影を感じた。「この人に本心を喋っていいのか」。相手の警戒心を身に感じた。それは、軍事政権が持つ本質的な恐怖の影だろうか。
 ある若いタクシーの運転手は、本来なら大学生のはずだった。学生運動を恐れる政府の方針により、大学は何年間も閉鎖されていたので、彼は教育を続ける機会を失っていた。タクシーの中には運転手と私しかいなかった。それなのに話し声が妙に密かになった。影の一つだろうか。
 教会で出会った中年の女性は以前、大学の教授であった。数年前、公務員全員が政府のアンケートに答えさせられた。彼女は政治に関する質問を正直に答えたら職を失った。こういう話を聞いていくと、ビルマの人の笑顔を純粋に受け止められなくなった。その裏にどのような苦労や悲しみがあるのか、自然と考えるようになったからだ。
 個人として一人一人には、このような人生に影を投げかける体験がある。さらに同じような経験が村にもあるのだ。

●地方──不足する中学校
 ラングーンを離れ、マンダレーやカチン州にも足を運んだ。一人の牧師さんと話す機会があった。教育に関心がある、と言うと、日本では信じられない話を聞かせてくれた。ラングーンに戻った時、国連機関に勤めている知り合いにその話をしてみた。すると「残念ながらそれは例外的なケースでもないんだよ」と説明してくれた。
 その話とは──牧師さんが時々訪ねる村には中学校がない。小学校を卒業した子どもたちが引き続き教育を受けようと思えば、遠くの村に通わなければならなかった。しかし、遠い村に通うためのお金がない家庭も多く、教育を続けられない子供たちは次第に増えていった。
 近くに中学校を設立するよう、村の人は当局に何度も要請した。しかし、いつも断れた。村人たちは仕方なく、自分たちで学校を作る決定をした。彼らの収入はわずかだが、なんとかして資金と労力をかき集め、とうとう中学校を作りあげることができたのだ。その中学校の先生の給料は、官製の学校の先生と同じように、1カ月1000チャット(当時約350円)。安い。そのため先生になりたいと思う人は少ない。それでも、高校を出たばっかりの若い先生をもなんとか見つけ出した。先生の給料は、生徒たちの親のカンパで間に合わせた。
 間もなく軍政府当局から連絡が来た。村人が力を合わせて作った学校を官立学校にするというのだ。もちろん、給料は親たちが払い続けなければならない。学校に関わるコストを村がすべて負担しなければならないのにもかかわらず。しかし、軍事政権当局は、その学校をビルマの官製の学校の一つだと主張している。

●公務員・軍人給料の値上げによる不幸
 人為的な不幸は続く。軍事政権の命令により2000年4月、公務員の給料が五倍にされた。ちなみに、軍人の給料は九倍になった。従って村の人たちは、先生の給料を一カ月1000チャットではなく、5000チャットも集めなければならなくなった。公務員ではない村人にとって、これは最悪の事態だった。お金がない。先生の給料はこれ以上もう払えない。学校を設立するための努力はいったいなんだったのか。学校を閉鎖しなければならなくなった、まさにその時この話を聞いた。村人の自助努力は一体なんだったのか。
 公務員の給料が急に五倍になるとはどういうことか、不思議に思った。公務員の一人と話する機会があったので尋ねてみた。「給料が五倍になってどう思う」。そう聞きくと、笑って返された。その笑いは、嬉しさの笑いではなかった。生活があまりに苦しいため、笑わざるを得なかったのだ。
 もちろん1カ月1000チャットで生活が出来ない。生活のためには他の収入源も必要だ。しかし、単純に給料が5倍になったからといって、生活が楽になるわけではない。軍事政権は、給料の支払いのために新しい札をどんどん印刷しなければならない。そのため、同じように物の値段も上がるのだ。給与が五倍になっても全く意味がない──そう説明された。

●懸念されるビルマの将来
 こんな話を聞いていくと、ビルマの将来が非常に心配になってくる。軍関係者や一部有力者の子弟は、海外で教育を受ける機会があり、特別な軍事学校に入学できる。当然、軍関係者やその周辺のみが強化される。国民の支配を維持するために軍やエリートだけに教育を受けさせている。一般市民の人材が育たないこの国の将来は明るくないのではないだろうか。軍事政権はいつまでも続くことはないだろう。そうはいっても、この政権運営によるダメージはいつまで、ビルマの人の笑顔に影を投げかけるのだろうか。
小学校に通う生徒と近所の子供たち
カチン州にて