アフリカの大地
 エチオピアにて
アルバミンチの自然
漲る原生の力
文・写真
川瀬奈美

●「アフリカの角」
 エチオピア連邦民主共和国は、アフリカ大陸の北東、「アフリカの角」に位置している。日本の約三倍の広さを持つエチオピア人のこの国は、古くから紅海の入口として貿易上重要な役割を果たしてきた。紀元前のシバの女王を紀元とする王国は長い歴史を経てきたが、近代にスエズ運河ができ、石油資源が世界経済で重要な役割を果たすようになって以後この国はさらに戦略上の重要性が増し、何度も紛争に巻き込まれてきた。

●気候と人々
 エチオピアのもう一つの特徴は高原だ。高地は涼しく、標高によって気温も較差が激しい。アフリカのサバンナの側面も併せ持つ。二一〇万の人々が住む首都アジスアベバも標高一七五〇メートルの高地である。空気も薄く感じ、しかも乾燥しているので、街を歩くとすぐ喉が渇く。いつもミネラルウォーターが欠かせない。
 埃がすごい。舗装されていない道路は、マスクが必要なほどだ。街を歩くだけでも鼻は真っ黒になり、喉がジャリジャリする。外からホテルに帰ったときも、うがいをせずにはいられない。
 アジアからの訪問客に、人々の視線が集中する。日本人は人波のなかでも浮き上がる。エチオピアの人々は、アフリカでもあまり肌の色が黒くない。女性はモデルのようにきれいだ。エチオピアの人々は、ハム系エチオピア人種とアムハラ族と総称されるセム系民族が多く、これらはアラビア半島から渡ってきた移住民族だ。
 アフリカの光はまぶしい。太陽の光の強さに疲れ果てる。日射しがあまりに強く、眼の奥が痛いくらいだ。水と目薬がアフリカ旅行は必需品だ。
 エチオピアの家々は泥や土で造られている。その壁にペンキを塗り、様々な模様や時には絵で飾っているのがよく見受けられる。

●貧しい国と宗教
 エチオピアは一人当たりのGDPが年間約一〇〇ドルとアフリカでも第三番目に位置する最貧国だ。一ブルは約一五円だが、ホテルの従業員の月給は一〇〇ブル。約一五〇〇円だ。上級クラスの公務員も一二〇〇ブル(一万八〇〇〇円)程度。失業率はなんと八〇%以上で、街でも男がぶらぶらしているのが目立つ。しかし女性と子供は働き者だ。男は煙草は皆喫わないが、代わりにチャットという酔性のある葉を噛むのが習慣だ。教育普及率は低く九〇%以上が文字が読めないと言われている。街でも英語が話せる人にはほとんど出会わない。
 この国の宗教はキリスト教。ローマ帝国の時代に伝わったキリスト教が現在でも色濃く根付いている。四世紀、難破した聖フルメンティウスがこの国の上層部にキリスト教を伝えたと言われ、エザナ王はキリスト教を国教とした(オーソドックス=コプト派)。現在でも五五%がこのエチオピア正教会(オーソドックス)に属している。またポルトガルのアジア貿易への拠点となった時期には、カトリックも広まった。イスラム教徒も三〇%を占める。

●露出する親密さ
 貧しいが街には活気がある。肌と肌とが直接人間の親しさを感じさせる。人と人との距離感がなく、すぐに家族のようにうち解ける。この国の家族はみな大きい蒲団一枚の下に寝ることもそれに繋がっているのかもしれない。ごく単純に人が本来持っている親密さを露出できる感じだ。
 約一カ月間の旅は、カメラが盗まれたり、薬が盗まれたり、騒動の連続だったが、その親密さに触れたこと、そしてその親密さの源泉とも言えるものを体感できたことは、一生忘れることができないだろう。それはアルバミンチの自然保護公園で覚えたアフリカの大地の野生の感覚だ。その生きている自然の感覚は鮮烈なものだった。
(下へ続く)

●エチオピアの宗教
キリスト教
 オーソドックス……エチオピア正教・マリアとキリストを信仰している/離婚は禁止されている
  ※マスカル祭というキリストが十字架にかけられたことをしのぶ大きなお祭りがある
 プロテスタント
 カトリック

イスラム教
エチオピアのアルパミンチ。広大な山脈と台地
アルバミンチの赤色の湖。アルパミンチには赤色の湖と白色の湖がある。白、赤ともに同じ山々に囲まれ、その色の違いには驚くばかりである
アルバミンチのナチスパークに生息するシマウマたち。シマウマの群れは、危機を感じると、寄り添ってクロスする。
ワンドワナの温水が湧き出る山道の途中のアフリカの農村風景
■エチオピア
1987年共和国宣言
(1974年軍部クーデターで帝政が廃止、以後ソ連の後押しによる社会主義化が進められたが、87年社会主義政権が倒れた)
面積●110万゙
人口●6140万人
首都●アジスアベバ
言語●公用語=アムハラ語
通貨●1USドル=約8ブル(2000年)
GNP●61億USドル(98年)
1人あたりGNP●100ドル(98年)
エチオピアの首都アルバミンチのサリスの街並み。外にいるのは男性ばかりで、失業者がひじょうに多い
シャシャマネの街。埃を立てて走り去るトラック
アルバミンチの街。夕暮れ時、道で行き倒れのまま死んでいる女性。死が日常生活の中に自然にある
教会の前。切り分けられたサトウキビを買いに来る人々
サトウキビをむしり食べる少年
ドロ・ペットと呼ばれる一般的な家。外へ出て遊ぶ子供たち。         ワンドワナ
●アフリカはダンス天国
 エチオピアの人々もダンスの天才。グラゲ族、アムハリック族、オロモニヤ族、シダモ族など各民族ごとにダンスがあり、リズムに合わせて細かく律動的に動かす姿はすばらしいものがある。ダンスの美しさは鳥肌が立つほどだ。ダンスによって人と人の壁が取り払われる。
●エチオピア・メモ
▼アフリカで3番目に貧しいとされている。失業率が高く80%以上
▼民族は85の民族が住んでいる
▼共通語はアブハラ語/英語を話す人は少ない
▼家は土や泥で造り、それにペンキを塗る
▼道路は地方へ行くとほとんど舗装されていず、乾燥していると埃がすごく、雨が降るとぬかるみがすごい
▼結婚は早婚。女性は18〜19歳で子供を産む
▼男はあまり働かず、女性がほとんど家庭をきりもりする
▼男も煙草はいっさい喫わず、代わりにチャットという酔性のある植物を噛む
▼家族は一枚の大きな蒲団で寝る

▼アメリカから帰国ツアーの観光客が多い

▼1ブル=15円
▼平均収入100(1,500円)〜1500ブル(22,500円公務員など)/月
▼バス 5〜30ブル
▼パスタ 9ブル

●エチオピアの言葉
アムセクナー ありがとう
コンジョノー おいしい
ゴーバス 美しい
バッカ、バッカ お腹がいっぱい
ベッタン とても、すごく
ゴメン 主食の食事
アンチ 貴方
アンタ 貴女
イッシー いいよ、わかった
シントベット トイレ
グラゲの、家の戸に立つムスリム女性。
エチオピアの女性にはすばらしくきれいな、モデルのような女性も多い
(上からの続き)
●アルバミンチの自然
 エチオピアのいくつかの都市をまわって、最後に訪れたのは、広大な自然公園のあるアルバミンチだった。それまで、南は恐いマラリアがあるというので気後れもしていた。伝染病にも色々な種類があり、イエローフィーバー(黄熱病)まであると威かされていたからだ。しかしアフリカに来た目的の一つはその自然に触れることだ。残された最後の週を前に、私たちはアルバミンチに向かって出発した。
「アルバミンチ」は「四〇の祈りの源泉」という意味だそうだ。シャシャマネから七時間のこの地は、山々がひろがり、土をいっそう強く感じる。空気が澄んでいて、空の広がりをいっそう大きく感じる。
 自然公園へのその日は、朝方まで雨が降っており、危険だとは言われたが、ジープで野生動物たちを見に出発した。広大な平原を走るデコボコ道を果てしなく揺られていく。湿って水滴がついた草木の葉は、雨上がりの空に陽の光を浴びて、生き生きと蘇っている。自然が生きている感じだ。
 樹々が揺れる。ワラカの根はずっしりと大地に根付き、緑の枝が大きく揺れている。
 空が広く、大地が広い。
 ジープが泥の水たまりにはまってしまい、車輪が空回りし、動かなくなってしまった。運転手と乗り客が押す。エンジンをふかすと周辺にものすごい勢いで泥が飛ぶ。やっと脱出し、また平原の中を車は走り始める。
「おいっ。いたぞっ」という声にそちらを見ると、グランツガセル(角の長い鹿)が群れていた。私もガラス越しに眼をみはる。野生の動物の生き生きとした姿に自分の目が吸い寄せられる。
 近くにシマウマも見えた。シマウマの群れは何か警戒するときは十字型になってかたまり、全方位に対し、注意を払う形を取る習性があるそうだ。鮮やかな色だ。野生の動物は生命力に満ち溢れている。こちらにまである種のエネルギーが乗り移ってくる感じだ。猿にも出会った。
 ディクディク(子鹿)やセフレレタリーバース(大きな鳥)、アシビシアングランド・ホーンビル(くちばしのとがっている鳥)やワニや、イスクイネルートビースゥ(ヤギの一種)、そしてマントヒヒなどの猿たちが、広大な野に、山に、そして湖に棲んでいる。天への橋と呼ばれる白色の湖アバヤレークと赤色の湖チャモレークが何とも言えない、原野と融和したはるかな広がりを見せている。水の生々しいにおいが空へつながっているように思える。
 ここでは人も野生の動物のなかの一員のように感じられる。光に照らされ、原野を自由に飛び回る。あらゆるものが、人間の手が加わっていない原初の力を帯びている。限りなく精神も解放されていく。
 空気が澄んでいる。人の手が加わっていない自然がここではのびやかに広がっている。木々も天に向かって昇っていくように伸びきっている。緑の色が力強い。骨の芯まで染み込んでくるように力強く鮮やかに青々としている。
 人間の声はなく、虫の声、大きく流れる水の音、雲の流れと同じように私は生きている。
 雨に打たれ風に晒される自然の厳しい風土、同時に豊かでやさしく静かな大地のふところで生きる動物と人間……ここに住むグチ族はさらに自然の中のはつらつとした逞しさを発散させている。背も高く、身体のつくりも強靱でバネが弾けるようなしなやかな敏捷な動きを見せる。走っていくその姿は、ここに生きる動物たちと同じに、自然と一体化しているようだ。
 ここでは人は野生として息づき、動物といっしょに自然の中で生きている。服を着たり隠したりするのではない、裸のままで生きている。「着る」という行為が無意味に感じられ、自分がボディそのものとなって剥き出しにされていくようだ。人間が人間を食べてしまいそうな生々しさが泉のように湧いてくる。
 ここには時計もなく、時間もない。むしろ時の流れそのものであり、大きな湖のような動かない時の流れに包まれる。草や木といっしょにそのまま生きている。
 人々の心の温かさがドクドクと血のように脈づいている。野生から発せられるストレートな人間の吸引力が、私を引っ張っていく。
 私はこの地で初めて大地という大きなものの上に共存している自分たちを覚えた。そしてそこから発されるものが一つの力として内部にみなぎってくるのを感じた。
ドロ・ペットの中から、光ある外を眺めるエチオピアの主婦
カメラを向けると走り出した女の子     アルバミンチ
山から湧き出た温水プールで泳ぐ少女たち
そばで見ると見事な白色の湖。ここにはワニなども住みつく
アルバミンチのナチスパーク。エチオピアにしかいない角の長い鹿
子供を背におんぶして、じーっとこちらを見つめる大きなヒヒザル
      アルバミンチ
グチ族の少年が突然現れ、走り寄ってきた。自然の中の姿は、他の動物の仲間と同じ、野生の新鮮な姿だった
       アルバミンチ
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東アフリカ/平早勉へ飛ぶ
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