イエメンの老人
西アジア
アラビア半島南端の国Republic of Yemen
イエメンの風景
&中世イスラム暗殺教団

羽田敦盛     
その1

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その2へ
イエメンは山岳の国。3,000m級の山々の頂きに村の家々が集まっている。山々の急な斜面に段々畑が続いている風景が見られる
           写真/須藤尚俊


















           須藤尚俊写真工房
           人間遺産

          

●イエメンの首都サナア
 イエメンはアラビア半島の南端に位置するイスラムの国。かつてモカ港から輸出されたコーヒーは「モカ」の名で親しまれている。五三万平方キロの国土は日本の約一・四倍だが、人口は日本の約八分の一の、一六九四万人。砂漠と山岳の国だ。日本からは飛行機の直行便はなく、アラブ首長国連邦のドバイ経由か、ドイツのフランクフルト経由で乗り継いで入る。
 首都サナアは標高約二二〇〇メートルの高所の盆地にあたるため、寝覚めの際に気のせいか息苦しさを感じる。赤茶けた岩肌の山が彼方に見え、澄み切った空気の中をアザーン(礼拝)の放送が響き渡る。サナアには高層ビルはまだなく、近代的なビルとイエメンの伝統的な飾り窓のある煉瓦の建築とが混在している。
 郊外に出るとこの国本来の姿がそのままに残っていて、まさしく「アラビアンナイト」的な冒険気分を味わえる。飾り窓のある煉瓦の建物が山の頂きや断崖の上に立ち並び、「天空の城」という言葉を思い起こさせる。なぜ伝統的な建築が揃って高所にあるのかをたずねたところ、外敵(オスマン・トルコ帝国など)の侵略に備え、立て篭もる上で有利な高所になったのだという。
 水はどうするのか──女子供に汲ませ、上まで運ばせたのだという。よく見ればたしかにはるか下まで獣道のごとき細い一筋の路があるのが微かに見て取れる。泉や小川と、「天空の城砦」までの果てしない道のりを見て、数百年に及ぶこの国の女性や子供たちの苦労がしのばれた。

●イエメンの男性と女性
 イエメン北部では男子は皆、少年の頃から「ジャンビーア」と呼ばれる短刀を独特なJ字型の鞘に差して腰の正面に帯びるのを誇りとしている。柄は木製でT字に似ており、刃は幅広で文字通り半月型をしている。見た目のインパクトは大きいが、実戦に用いられる機会のない今ではアルミの刃で造られたものも珍しくなく、実用としてよりもむしろ成人男子の証として存在しているようだ。
 首都を闊歩する人々は白い貫頭衣にジャケット、そしてジャンビーア装着といういでたちが一般的で、多くはさらに頭に「イザール」あるいは「タマーム」と呼ばれる布を巻き着けている。もっとも、公職や私企業に就く人々はスーツ姿が一般的になってきている。
 男女の差は著しい。女性は全身黒い衣装で姿を覆っていて、外出時は顔も隠す。見えるのは目の部分だけ。特に首の肌と髪は露出しないようにする。衣装は体全体を包み込むようにし、ボディラインが外に出ないようにする。そのためにパッドのようなものまで着込んでいるそうだ。たしかに不自然に着膨れして見えるときもある。肌の露出は禁止、職業の選択も不自由、結婚前は化粧してはいけない、日用品などの買物は禁止(男性の仕事で、市場は売手も買い手も男性のみ)、旅行はダメ、車の運転などもってのほか、見知らぬ男性と話すことさえ不謹慎とされるなど、女性はヨーロッパ型社会から見るとほとんどあらゆる自由が制限され、何から何まで宗教や風習に束縛されているように見える。徹底した男性社会だ。
 この国では、官民を問わず、人と接する場で女性が前面に立つことはまず見られない。旅行者がイエメン女性と口をきく機会があるのは、ホテルのフロントなど限られた場所だけだ。
 あくまで外から観察するだけだが、いかにも女性らしさを垣間見せる時がある。サナア市内には金細工のアクセサリーを商う店が集中する一画があるが、そんな店の中では大概黒装束の女性たちがじっとショウウィンドウの中を覗き込んでいる。貴金属店に黒装束姿がたむろしているさまは西欧や日本では危ない状況を連想させるが、イエメンではありふれた光景だ。「強盗が女装して来たらどうするんだろう?」とふとそんなことも考えてしまう。
 サナア在住のイエメン女性たちに人気のスポットが最近市内に誕生したピザハットだ。女性だけでも人目をはばからずに外食できる数少ないところで、時刻になると無数の黒装束の女性がピザハットを目指して歩いて行くのは、何やら異様にものものしく見える。柵に囲まれた敷地内に公園と隣接するように店が建っていて、門には銃を下げた守衛が数人たむろしている。店の中は男性のみ用と女性・家族連れとで席が分けられているが、賑やかなのは女性たちのほう。女たちはこの空間で解放されたように嬉々と話しながらピザを頬張る。日頃の鬱屈がここで爆発するような活気と賑やかさだ。ピザは味・価格とも国際基準とほぼ同じで、取り立てて異なることはないが、生野菜を食べる機会が少ないこの国では「サラダ・バー」の存在はより新鮮だ。
 夜はまたこのピザハット敷地内が、子ども連れの女性が遊びに出られるこれまた唯一のパブリックスペースとなる。門内の公園は「黒子」の群れと遊びに夢中の幼子たちとで、よりいっそう盛り上がっていた。

●銃器が合法
 銃火器を見慣れない日本人の目にはイエメンでカラシニコフ自動小銃が氾濫している光景は異様なものに映る。もともと同じ民族がイギリス植民地などの歴史的経緯から南北に分かれ、戦後は共和制の北部と社会主義制の南部(ソ連の支援による、アラブ諸国の中で唯一の社会主義国家だった)という異なった道を歩み、ソ連の崩壊とともに一九九〇年に南北統合、さらに内戦による分裂、そして最近の再統合という目まぐるしい変転と戦乱を重ねてきた。そうした変遷の中でこの国には官民の隅々にまで銃器が行き渡ってしまった。
 東欧製カラシニコフ自動小銃一丁の値段は日本円にして約三万円程度とのこと。聞くところによると「一家に一丁」という普及ぶりなので、一度火を噴けばそれぞれの一族を挙げての撃ち合いになってしまう。かえって容易なことでは人に銃口を向けることはないとのことだ。銃火器は首都から北に四時間ほど離れた場所に政府の公権の及ばない「シラフ」という武器マーケットがあり、そこで入手できるという。
 統一国家というものが当たり前となっている日本人には理解しにくいことだが、イエメンではいまだ政府の力の及ばない土地があり、そこでは地方部族ごとの勢力が圧倒的で、あくまでその掟が支配しているとのことである。
            その2へ続く
イエメン内陸の部の街。干レンガで幾層
にも重ねられた古くからの建物はアラビ
アンナイトの世界を想わせる
      写真/須藤尚俊


マーリブ郊外にある紀元前のシバ王国の宮殿遺跡がある。そここに転がっている、南アラビアの古代文字を刻んだ石碑
写真/須藤尚俊

イエメンの市場、イツブの風景。イエメンでは買物
は男性の仕事。家で必要な物はすべて男性が
買ってくる。市場には女性の姿は見えない
写真/岩崎麻美


サナアの街を歩く若い女性。黒装束が一般的。女性の見える部分は目だけだが、目さえ隠す場合もある
                           写真/須藤尚俊

北方部族の族長。腰にはシンボルのジャ
ンビーアを差し、カラシニコフ銃の試し撃ち
を行なう