*連載7「医療格差」


 年の瀬も迫ったころ、病に倒れた身内に不幸が起こった。イスラムのお葬式では24時間以内に土葬しなければならない。慌しさの中、哀しみ故人を偲ぶ。なぜこうも早くに命を落とす人が多いのか、インドネシアの平均寿命の短さを思い、この国の医療について考えてみた。

 インドネシアでは、医療そのもの、医療制度、人々の医療に対する意識、この3点が問題である。医療そのものの問題として、日本では一般的な総合病院にあるような医療機器が調っていない。ある程度の医療機器がある病院は、ジャカルタやスラバヤといった大都市にしかなく、一極に集中してしまっている。地域による医療格差は大きい。また大都市であっても、最新技術を駆使した医療を求めて、シンガポールまで行く人もいる。シンガポールの病院との仲介業を行っている、Parkway Health(www.parkwayhealth.com)という会社の方から話をうかがってきた。特に内臓疾患の場合、医師が患者にシンガポールでの治療を薦める。1ヶ月に2,3人はマカッサルからシンガポールまで治療しに行く患者がいるということだった。しかしそれなりの費用はいる。白内障の手術で入院なしのものでも約21万円で、インドネシアの一般的なサラリーマンの年収を超えている。結局は裕福な家庭しか受けられない医療。地域差、貧富の差が大きな医療格差を生んでいる。

 また、医療制度の問題として、保険や健康診断が充実していない。貧困家庭では出産費用が無料になったり、子供の予防接種が無料で受けられるものもある。しかし、国に健康保険制度がないので、病院は一般的に実費である。大企業に勤める会社員であれば、法人として民間の保険会社と契約しており、医療費はそれでまかなえる。しかし、個人的に保険をかけられるほど裕福な家庭はそう多くはない。また、健康診断を定期的に受けている人がいない。ほとんどの人が相当悪くなってから病院へ行くので、病気が発見されるのが遅く、手遅れの状態の患者が多い。保健省のスローガンでも、「子供は二人まで」というのはよく聞くが、「□才になったら○○ガン検診を」というのはまったく聞いたことがない。病気の早期発見、早期治療といった考え方がまだまだ浸透していないのが事実である。

 あと、最大の問題として、医療を信じていない人が多くいることである。病気になれば病院へ行くのが普通だと思っていた私としては、インドネシアに住み始めてショックを受けたこと第1位と言ってもいいほどである。病気になってヤギを生け贄として祀る人や、呪術師や祈祷師のところに通う人が数多くいて、信じられない思いでいつも言葉が出ない。私の友人が交通事故にあって骨折したときも、その家族は病院での手術を拒み、呪術師に1週間以上もきてもらっていたが治らず、だいぶ経ってから結局病院で手術を受けてようやく治った。そのほか、たとえ原因がはっきりしていても、病気や事故で障害を負うと黒魔術にかけられたと人々はささやく。なぜそこまで病院嫌いなのか、そして非科学的なことに執着するのだろうか。科学に無知であるということもあるだろうが、催眠術師が多くいることも理由にあげられる。もう少し医療や医療制度が充実して向上していけば、人々の意識も変わっていくのではないかと思うが、まだまだ時間のかかることだろう。

 いくつもの問題を抱え、インドネシアの医療は発展途上にある。政府にはまず、医療格差の是正に取り組んでもらいたい。そして私個人では何ができるか、誰かが病気になったらとにかく病院へ行くように勧めることだろうか。一歩踏み出すきっかけを作ることが必要だ。人々の病院嫌いをなくすべく、草の根的に医療と言うものを伝えていかなければならないと思っている。


(エッセイスト・ラフマン愛)


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