― インド ―

岡村知子

 

インドの夏の風物詩、サトウキビ・ジュース屋さん。左端は筆者

 

 

 

 

その2
摂氏50度の笑い話

今回はインドの夏のお話です。私が住んでいたグジャラート州はインドの中でも暑い地方で四月の中旬頃から一気に気温が上がり、六月中旬まで日中は五〇度になる日が続きます。五〇度の世界って想像できます? ちなみに最初に言っておくと、気温はきちがいみたいに高くても、湿度が二〇%前後と低いので、もちろん暑いんですけど、生きてはいけます。あまりに暑くて蚊もいなくなるので、この時期だけは蚊に悩まされずに済むし。
 五〇度の生活でびっくりしたことはやはりいろいろあるのですが、今でも忘れられないのは、五〇度の中での移動。大抵はリキシャー(三輪自転車タクシー)を使いますが、このとき体を切る風が五〇度なので、顔が痛い!(本当に痛いの!)外に出るときは、パンジャービードレスのドーパッタと呼ばれる長いスカーフを顔に巻きつけて月光仮面状態でした。
 住む場所があって、クーラーや、冷蔵庫などの文明の利器があって、蛇口から水が供給されるかぎり、水が屋上のタンクで熱しられて熱湯しか出てこなくても、一旦外に出たら疲労度抜群でも、とりあえず生活はしていけるのですが、そこはさすがインド、何かと問題は起こるのでした。
 悲惨だったのはクーラーが故障したときと、停電したとき。クーラーが故障したときは、修理を頼んでもインド人独特の「OK明日ね」と、「ノープロブレム」に振り回されて、何日間も暑さで意識が朦朧としつつも怒りの中で過ごしました。
 停電したときはもっと悲惨。クーラー、冷蔵庫が使えないだけでなく、インドではモーターで水を屋上のタンクに汲み上げて、その水圧で供給するので、停電すると水も出なくなるのです。おまけに私は五階に住んでいたため、五階までバケツで水を運ぶのもエレベーターは使えない。あれは悲惨を通りこして笑うしかなかった。ひ〜ひ〜言いながらバケツで水を運ぶとすっかり汗びっしょりで、今運んできた水で水浴びしちゃって、また水運びの繰り返し、なんて四コマ漫画に出てきそうなことをやっていた。トイレ行きたいけど水を運ぶのがつらいからトイレ我慢しよう、とか。そうなっちゃうと、生きることに精一杯(?)で、勉強や練習どころじゃなかったです。
 日本に帰ってから半年が過ぎました。周りからは、インドは暑かったから今年の夏は楽なんじゃない?とよく言われますが、新潟で一冬過ごしてしまったので、しっかり暑くてすっかり夏バテです。
 ではまた、次回のお話を楽しみにしていてくださいね。(インド舞踊家)


その3
インドのトイレ風景

中国旅行ではドアのないトイレなども経験した私。でもインド滞在では、これと言って恐ろしい思いはせずに済んでいます。でも日本人にとっては、インドのトイレも何かと厄介なものですね。
 以前に旅行でインドを訪れた時は、トイレットペーパーを持ち歩き、紙で拭くスタイルを守り通した私。でもインドはよく知られているように、紙を使わない。一応説明すると、インドのトイレはもともとは和式のしゃがむ形式。でも最近建築された建物には腰掛けの洋式が多いみたい。そしてどちらの場合も、足元に蛇口が付いていて、バケツと小さな手桶が置いてあります。用を足した後は、右手で水をかけながら左手で洗い流します。最近では、バケツの代わりに、握るとシャワー状の水がでるホースが取り付けられているものもありました。
 さて、留学にあたっては、ホテル住まいというわけにもいかないし、この先は長丁場。私も「インドスタイル」デビューを決心した。私、最初の最初はかなり勇気が必要でしたが慣れてみると「結構合理的な方法だわ」と思いました。何よりも、すっかり友達になった下痢子ちゃんが突然訪ねてきても、これが出来ればかなりしのげます。でも紙を全く使わないから、どうしてもしばらくパンツが湿っぽいのがちょっと嫌だったなあ。 インドでは用を足すのは必ずしもトイレとは限らない。トイレを持たないスラムに暮らす人々には、彼らがやりたい所がトイレになります。
 列車で旅した時のこと。列車は早朝に線路沿いのスラム街を通った。片手に水を入れた手ごろな缶を手にした男たちが次々に反対側の線路にやってきてしゃがみこむ。なぜかみんなこっちを向いていて、丸見え。気持ち悪い〜と思いつつ目がそらせない私。みんなうんちが黄色い。ターメリックたくさん摂るのかしら。みんな下痢してるわけじゃなさそうなのに、うんちは固形じゃなくてかなり液状。なぜだろう。女の人は線路ではしないらしい。どこでやってるんだろう。疑問が次々湧いてくる。でも気持ち悪い。気もち悪くなった頃ちょうどスラムも終わった。
 マドラスでの出来事。私が住んだ場所からは海が歩いていける距離。久しぶりの海。海はなぜか人をロマンチックにさせる。でも砂浜はうんちだらけ。いいや無視しよう。波打ち際に立つ。波の音はインドで疲れた心を癒してくれる。あ〜いい感じ。一人の男がやってきて私に向かって何かを言ってくるが、タミル語はまったくわからない。彼の語気は荒く、顔はシリアスだ。足で砂を掘り始める。周りを見回して納得。私は彼のお気に入りの場所に立っていたらしく、用を足すからどけ、と言っているようだ。インドでロマンチックは難しい。
 インド旅行やインド滞在を計画中の方々へ。インドではインドスタイルがお奨め。でもインドでは蛇口から必ず水が出るとは限らないので、用を足す前に確認をお忘れなく!(インド舞踊家)

その4
マラリア初体験

インド滞在中は、本当によく病気をしました。私の場合は、季節の変わり目の気温差が大きいときによく熱を出して寝込みました。一番ひどかったのは、(多分)ストレスで、体が弱り、輸血が必要なほど白血球が減って入院したこと(インドで生活するのは大変だったんです!)。
 さて、病気にもかなり慣れたはずだった私ですが、マラリアにかかったときはけっこうショックでした。でも最初に言っておくと、インドではマラリアは「風邪をひいた」程度のもので、薬を飲んで寝てれば治る(確かにそうでした)大したことのない病気なんだそうです(死ぬ人もいるんですけど)。
 さて、私の場合は、経験したことのないようなすごい倦怠感と後頭部にはりつくような頭痛で始まりました。しかしその日はディワリと呼ばれるヒンドゥーのお祭の翌日。このお祭は知る人ぞ知る(?)うんざりするほどうるさいお祭りで、一晩中、爆竹やうるさい花火で祝うという、私には、はなはだ迷惑なお祭りで、毎年ディワリの翌日はあまりのうるささへの怒りと寝不足で頭痛がしていた私だったので、このときも、「今年は重症だ」くらいに考えていました。でも数日経っても様子がおかしいので医者に行ったところ、診断は「風邪」。さらに数日後の診断では「インフルエンザ」。「この医者あやしい」と思いつつ薬を飲んでも微熱と頭痛が治まらないので、医者を変えてみたところ、そこでも最初の診断は「風邪をこじらせた」とのこと。二、三日抗生物質を飲んでも変化がないので、血液検査に至って、ようやく「マラリア」と診断されたのでした。そして、その間発病から既に二週間が経っていて、症状はあらかた治まってしまっていました。とほほほ。
 でもここまで読んでお気付きの方もいるかもしれませんが、これは、高熱や震えを伴う典型的なマラリアの症状ではないんですよね。マラリアはご存知のように、蚊が媒体になって感染しますが、その点についてインド人の友人に聞いたところによると、インドでも大量の殺虫剤が散布された結果、それに耐性を持つ蚊が現れて蚊の生態が変わったため、それに伴ってマラリアの症状も変わってきているんだそうです。
 当時、(なぜか)ちょうど「沈黙の春」を手に入れて読んでいた私は、その話に妙に納得し、私の中でマラリアは地球の環境問題にまで発展したのでした。
 結局マラリアと診断された後は、薬を飲んで休んで一週間くらいで元の生活に戻りました。でも、念のためといって一週間に一錠、一ヶ月間飲まされた薬(キニーネ)は副作用がきつく、背中が痛かったり口の周りがただれちゃったり、だるかったり、と体はつらかったです。やっぱりマラリアって大変な病気のような気がしました。
 教訓●インドの医者は「あやしい」と思ったらすぐ他の医者に行った方がいいみたいです。

 

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