★連載5 「訳せない『洪水』の国バングラデシュから、日本へのメッセージ」★
          
執筆:藤井陽見



 
ジョージハリソン「Bangladesh」

一般的なイメージの通り、バングラデシュは洪水の国だ。



毎年、5月ごろから雨期がはじまり、突発的な豪雨に伴って少しずつ水位があがっていく。国の全体がガンジス川支流の三角州のようなポジションにあるバングラデシュは、三、四ヶ月をかけてゆっくり、本当にゆっくり、国土の大半が水に浸かっていく。それは毎年のことだ。(※1)



地方の市場の様子。
雨期、雨が降り出すと……↓↓







延々と続く田園も、雨期になると↓↓





首都ダッカ近郊、アシュリアにあるレンガ工場群。
雨期にはこうなる↓↓



 けれど、一般的なイメージとは違って、バングラデシュは水害の国ではない。

「何か起こらなければ」毎年水位がどこまで上がってくるのかはわかりきったことで、それに合わせた農作ができる。たっぷりの水と栄養分を蓄えた肥沃な土地をバングラデシュにもたらし、耕作ではピカイチの環境として「黄金の土地」「黄金のベンガル」と言われる所以だ。

「何か起こらなければ」バングラデシュの人々と毎年の洪水はうまく共存共栄できているわけで、例えば日本人と台風との関係よりっもよっぽど上手なつきあい方をしている。
 ただやはり、自然に対して生活のなかの大きなものを依存すると、「何かが起きたときに」甚大な被害が出る。その起きたことに対応できない場合、「地の利」は容赦なく「災害」へと名を変えてしまう。



2007年、特に南部で甚大な被害が出た際のバングラデシュの様子

 農作物が耕地ごと流される。道が、住んでいた家が、いつもであれば恵みをもたらしてくれていた水に飲み込まれていく。不衛生な水たまりは感染症を瞬間的に蔓延させていく。
 最近では2009年5月、巨大なサイクロン「アイラ」がバングラデシュ南西部を襲い、10万人以上の被害者は今も復興の努力を続けている。

 「洪水」、ベンガル語では「ボンナ」という。
 ボンナ、この言葉は日本語の「洪水」や英語での「flood」という単語とはニュアンスが違い、清濁合わせ呑むというか、良い面も悪い面も合わせて受け入れている覚悟というか、畏怖の念と、敬意、感謝まで込められた言葉である。事実「ボンナ」は人名にも使われる。

 そんなボンナの国、バングラデシュが災害に関して今一番、関心を持っているのは、友好国である、日本のことであるという。

 現在バングラデシュに住んで仕事をしている日本人の友人から教えてもらった話がある。

 6月のはじめごろ、彼は普段住んでいる首都から北へ200kmほどの地方都市に用事で訪れた。彼はチャドカン(お茶を飲むお店。バングラデシュ男性の社交場のようなところ)へ行き、アダチャ(しょうが茶)を飲み、タバコをふかす。すぐに周りの男たちは話しかけてくる。


村にある一般的なチャドカン 

どこの国から来た。日本人なのか?
日本の地震の話はバングラデシュでももうほとんどの人が知っている。日本人と見るやみな一斉に地震についての質問をしてくる。「実家は大丈夫なのか」「原発はどうなったのか」「原爆が落ちたときのようになっているのか」……。
東日本大震災以前は、日本人とわかると「日本のドラマを知っているよ」「俺の親戚が日本で働いていてね」「連れていってくれよ、日本に」というぐらいが定番の会話だったが、3.11以後、ガラリと変わったという。

 この彼も自分で収集した震災についての情報をベンガル語でなんとか伝える。そのたびごとに周りの村人は驚き、声をあげ、涙ぐむ者までいたという。雨がバラバラと降ってくる。彼は話を切り上げ、仕事場に戻ろうとした。2タカ(日本円で3円ほど)のお茶代を出そうとすると、店主が、
「日本人から金はもらえないよ」

 何と言ってもお茶代を受け取ろうとしなかった。

 この日本人の彼は、国際協力、援助に関しての実務を行うためにバングラデシュに滞在していた。東日本大震災のその瞬間もバングラデシュにおり、直接の知り合いに被災した者もいなかった彼は、正直地震の実感というものがなかったという。ただ、突然の雨に屋根のトタンを激しく打ち付けられるこの小さなお茶屋で、「日本人から金はとれない」と言われたとき、彼らの優しさに触れたとか、そんな単純な感動などといったものではなく、とにかく、「わけのわからない」感情が巻き起こったのだという。美談といえばそうなのだが、そのときの彼は「ありがとう」というのが精一杯でお礼もそこそこに、なぜだか少し恥ずかしいぐらいの気持ちで、そこを立ち去ったのだという。

 災害と文字通りに隣り合わせで共存しているベンガル人は、災害のあとはそれを乗り越えていくしかないことを体験として知っていて、そして日本人もそれができると信じてくれている。


動画は、バングラデシュ南部の村で、サイクロンの被害者たちから今回の東日本大震災後の日本人へのメッセージ

※1:バングラデシュにおける洪水の概念に関してこちらのページが詳しい。
バングラデシュのbanya包括的理解への試み

※バングラデシュから日本への義援金に関するニュース

・バングラデシュ人民共和国で熱い募金活動 【ダッカ大学】

・バングラデシュから日本へ200万米ドル:東日本大震災義援金


HOME