★連載4 「ベンガル人パートナーの理想は夕焼け空に詩的に消えて」★
          
執筆:藤井陽見




村での結婚披露宴。この日だけは、どんなに普段さえない男でも主役、だ。

 バングラデシュでの二度にわたる滞在、あわせて約三年間の生活が終わり、僕は日本に帰ってきていた。久しぶりの「やはり」美味い日本食の感動から三ヶ月、右手の爪からもカレーのスパイスの黄色が抜けてきたころ、自分のフェイスブック(※1)アカウント宛ににメッセージが届いた。タンガイルの村に住んでいたときに同僚だった、シャヒドゥールからだった。

「ami biye korechi(結婚しました)」(※2)

 あのシャヒドゥールが、結婚か。
 今年三十二歳になる彼の年齢よりも老けて見えるヒゲ面の笑顔を思い出す。
 理想の女性と結婚できたのだろうか、彼の好みのタイプなら僕は完全に把握している。細かいディテールまで書くと大変な量になるが、例えば、黒髪ストレートで、ちょっとふくよかで、年のころ27歳ぐらいで、大学を出ていて、次女で、ピンク色のサロワカ(バングラデシュの女性の服)が良く似合う、仕事はできるんだけど男である自分を立ててくれる、女性。「 ボクは贅沢は言わないよ、でもそんぐらいは当然」よくそう言っていた。



 シャヒドゥールは自分の理想の結婚相手について語り始めるのは、決まって「夕焼けが怪しいぐらいに綺麗な日」だった。仕事帰り、バイクを突然止め、「茶でも飲もう、こっちに座れよ」と言ってショウガ茶とタバコを勧めて来る(シャヒドゥールはタバコを吸わない)。「ああいつもの話か」と思うより早く彼の「完全な嫁」についての講釈、理論が始まる……。

 その理想論を彼と一緒にいた二年間何度も何度も聞かされたので、何度か「結婚というものは妥協をけしてしてはならない大変なものだ」と、こちらの哲学までヒン曲がりそうになっていた。彼がモテないから理想をぶちまけるのか、もともと変な理想を持っているから、モテないのか。かわいそうに彼はそれを同時に発展させていた。


さえない同僚と、さえない筆者

 モテる、モテないというのはしかし、このバングラデシュの地方、村落部にとっては意味を持つ概念ではない。そんなベンガル語は知らない。
 まだまだこちらでは親同士が決める「家」と「家」との結婚が主であり、三十を過ぎた男性と、十台半ばの少女との結婚というのも珍しくない。持参金を女性から払うというのも特徴的だ。このあたりの早婚や持参金については国の法律でなんとなく禁止はされているが、まだまだ当たり前のように行われている風習である。

 シャヒドゥールの結婚は、やはり親が決めた「見合い」のようだ。
「理想の女性と愛を育んでロマンチックな詩でもささやきあいたいね。ボクは得意な歌があってね、それを聞かせればきっとその人は泣くだろう。うれし泣きだよ」などとショウガ茶をすすりながら、やれ月が綺麗な夜には自分は鳥になってナントカカントカいう歌を何度も聞かされ、「それはいいね」と僕は何度も生返事をした。

「歌は歌ってあげたの?」そう聞いた。

「歌も詩も、これから聞かせてあげるんだよ」そんな返事と一緒に、結婚相手の女性と写った写真が送られてきた。正直美人ではない、垢抜けない田舎のコ、といった印象ではあったが、雨季の水びたしになった僕も見慣れた村の道をバックに、ふたりとも幸せそうな笑顔だった。おそらく彼女は高学歴でも仕事ができそうにもないけれど、いつも聞かされていたシャヒドゥールの理想からそんなに遠くないんじゃないかと感じたのは、「ちょっとふくよか」なのがバッチリだったから、だろうか。



 上の写真ははやや金持ちの結婚披露宴。バングラデシュの社会では、結婚式(披露宴)にいかに多くの関係者を招待し、いかにスムーズに食事(カレーです)をご馳走し、トラブルなく終わらせるか、というのが「家」の威信に関わる。

 筆者も何度か知り合いの結婚披露宴に呼ばれて行ったが、新郎新婦にお目通りできるのはほんの少しで、あとは食事をバババッと食べる。あとからあとから客が来るので、さっさと帰る、というパターンが多い。


上の写真のように、ヒンドゥー教の場合だと踊ったりする。

 結婚に関する様々な問題については、地方の村では何もかもが過渡期(もしくは変わらない)だが、一切の問題解決のための活動や努力、運動などをハナからすっ飛ばして、外の世界のことを知っている若い富裕層たちは、世界の倫理観など関係なく、「自由に」恋愛結婚を楽しんでいる。
 首都ダッカの大学生カップルたちは、薄暗くなったキャンパスで、カフェで、川べりの道で、肩を抱き合ってはシャヒドゥールの理想だった「詩をつぶやいたり」「愛の歌をうたったり」している。そんな状況を知った村の女性たちは「はしたない」と嘆くが、村の結婚に関する問題、ジェンダーなどに関するあれやこれや、そんなのを解決するきっかけになってくれるのは、都会で十分に恋愛し、行動力まで身につけた若く新しい女性たちだったりする。

 僕はシャヒドゥールに何の結婚祝いを贈ろうか、考え始めると嬉しくなってきた。確実に彼の結婚について言えるのは、万が一にも彼の理想どおりの女性が現れるよりも、いま実際に結婚した相手の女性のほうが、彼も相手も、幸せになるだろうということだ。



※1:日本でも利用者を伸ばしているSNS(ソーシャル・ネットワーク・システム)のFacebook。バングラデシュでの利用者は「PC(モバイル)・ネットワークが使える環境」にいる「ある一定以上お富裕層」という一定の線引きがされるが、都会はもちろん地方都市、村落部においてもいまや決して珍しい立場ではない。もともと人懐っこいタイプの彼らベンガル人には、こういう周りを巻き込むタイプのコミュニケーションツールは非常に合っているようだ。ちょっと前まであまりコンピュータやネットに詳しくなかったような人でも、短期間で驚くほどに「進んだ(日本やその他先進国よりも)」使い方をしていたりする。ツイッターを使用しているのはまだ少数。

●参考(フェイスブック内のバングラデシュに関するページをいくつか)
・Bangladesh
(バングラデシュ全般のコミュニティページ)
http://www.facebook.com/pages/Bangladesh/18697417670

・Grameenphone
(グラミンバンク系列の通信会社、国内最大手)
http://www.facebook.com/grameenphone

・Proud Bangladeshi
(バングラデシュのナショナリストによるコミュニティ)
http://www.facebook.com/ProudBangladeshii

・GoGreen Bangladesh
(バングラデシュの緑化を! というコミュニティ)
http://www.facebook.com/GoGreenBangladesh

※2:ネットでのやりとりをするときには、英語もしくはベンガル語のアルファベット打ちで行う。このごろはベンガル文字に対応したサイトも多くあるが、いちいち文字入力システムをベンガル語に切り替えるよりも簡単なのだろう、ベンガル人同士でもアルファベット打ちで会話しているのを多くみる。



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