青春の文学に挑む由緒ある「午前」の流れ


季刊午前

・発行年2〜3冊
・A5判102-254ページ
・価格600円

季刊午前事務局
〒812-0015
福岡市博多区山王二丁目一〇番一四号 脇川郁也方
エ092-452-0510(FAX同)



●「季刊午前」紹介

 『季刊午前』は一九九一(平成三)年、福岡で創刊された小説・評論・詩・随筆を掲載する文芸同人誌だ。

「自然破壊、大気汚染による地球の環境悪化はさらに末世的な危機感を強め、無気力、怠惰、狂気だけが地表を覆うにいたっています。もはや、人間らしい若々しさ、みずみずしさ、力強さはどこにもみられません。その責の一端は文学の衰退にあります。文学が青春を喪失したときから、人間の運命に翳りが萌してきたのです。/私たちはいまいちど、青春の文学に挑み、人類無限の可能性を確かめたいと思います。ここから、二十一世紀以降の世界を展望する新しい文学が開花することを信じます。」

 これは、九〇年十一月、『季刊午前』の創刊趣意書に掲げた言葉だ。文案作成は故・北川晃二(きたがわ・こうじ、一九二〇〜一九九四)=写真。誌名の「午前」の歴史を少し遡ってみよう。

『午前』は敗戦翌年の一九四六年、福岡の出版社・惇信堂が南風書房という発行所を立ち上げて、北川晃二を編集長として刊行した商業文芸誌(〜四九年/全25号)だ。敗戦直後で、東京がまだ完全に機能していなかったことや、惇信堂が良質の紙を持っていたことなど、いくつかの条件が重なり、中央での出版ではなかったにもかかわらず、三島由紀夫、庄野潤三、中村真一郎、三好達治らにも作品発表の機会を提供するなど、高い水準を保っていた。北川自身、創作集『逃亡』(四八年)を上梓して注目された作家で、彼の作品「奔流」は五二年下半期の芥川賞候補に挙がっている。

 北川はその後、同人誌として『午前』を創刊(五一年)、由緒あるその流れをくむ『季刊午前』は第四期午前ともいえる。北川は、長く福岡の文学の牽引者であり、多くの書き手がその薫陶を受けた。現在でも毎年六月に北川晃二を偲ぶ会「南風忌」が開催されている。

 青春の文学に挑む》

 季刊を謳ってはいるが、掲載作品の質を保持するため発行の歩みは遅く、最新号は第40号(〇九年)だ。だが、九五年に掲載した同人作品が芥川賞候補に選ばれるなど、そのレベルは高いといえよう。
 編集は六人の編集委員が行っているが、「青春の文学」に挑むべく、斬新な編集をする同人誌でもある。ここ数年の企画・特集のテーマと内容は次のとおりだ。

 ●現代詩特集「充満と真空あるいは声高と静謐」(第32号/〇五年)
 第18号(九九年)以来の現代詩特集。写真家・古城由香里の写真からインスピレーションをもらい、外部ゲスト二人を含む十四人が十七編の詩を書いた。写真と詩とのコラボレーション。

 ●企画小説「川向こうの、こちら側」
(第34号/〇六年)
 六人の同人が、共通の設定下で小説(六〇枚前後)を競作。小説と小説のインターバルには短い詩が付けられた。設定は架空の町だが、「雪の降ったある一日」だけは共通の時間として小説内に生かされた。掲載号では、あえて作者名を明らかにしなかった、同人誌ならではの取り組み。

 ●企画特集「本歌取り」
(第37号/〇七年)
 古歌の語句や発想、趣向などを素材に取り入れて新しく作歌する本歌取りの手法で同人九人が参加。万葉集や枕草子などの古典、童話や聖書、詩集、字典など多彩なジャンルを本歌として六〇枚前後の六編の小説と三編の詩が発表された。

 ●創刊40号特別記念企画
(第40号/〇九年)
 同人全員が参加してジャンルを問わず原稿用紙五枚を発表する記念企画「2000字特集」を組んだ。これは発行の節目となる十号ごとに企画しており、今回が四度目となる。また詩人・樋口伸子氏をゲストに迎えた座談会「漂流・鼎談〜詩と誌と私と」を掲載した。

 一月を除く毎月第三日曜日に例会を開催し、発行号の同人合評会のほか、芥川賞受賞作品などをテキストとする勉強会などを行っている。例会の会場は福岡県農民会館(電話〇九二・七六一・六五五〇)で参加自由。同人加入希望者の見学も受け付けている。

 入会には手続きが必要だが、文学とまじめに向き合おうとする人には広く門戸を開いている。福岡近郊だけでなく、熊本や宮崎在住の実力ある同人も多い。
(文責・脇川郁也)
(「文芸思潮」30号掲載)



故・北川晃二氏