酔妄の梁山泊〜新宿ゴールデン街を機縁に〜


風の森

・A5判、140ページ前後
・価格500円

〒169・0051
東京都新宿区西早稲田3-1-3西尾ビル4F
TEL&FAX03-6457-6430



●「風の森」紹介



 新宿や銀座などの繁華街では、風の森という言葉は爽やかで上品なイメージを喚起させ、文化的な趣きが感じられます。温泉や喫茶店また日本酒や文化サロンなどとも親和性があるようです。しかし、北海道のブナやトドマツの原生林に風が舞うと、深い森林のざわめきが不気味な暗い予兆を感じさせるところがあります。
 新宿ゴールデン街は世代交代の時期になっているようで、若い人の飲み屋の新しい看板が目につき、団塊の世代はすこしずつ肩身が狭くなっています。学生運動の華やかな頃、薄汚れたカウンターで激しい議論の火花が散り、泣きながら立ち去る連中もいました。いまでは隣の席のお客と理屈を捏ね合うという雰囲気は希薄になっていますが、住職や映画監督あるいは絵描きや編集者などの出入りする酒場はやはりセピア色の香りが漂い、懐かしい時代の幻想に浸れます。
 両手を広げれば両側の軒に触れそうな狭い路地――十年ほど前に酒場・風の森が開店し、団塊の世代の常連が多く、文芸誌・風の森はその名前を拝借しました。ウィスキィやリキュールの瓶が乱雑に並んでおり、酔えば奇声を上げるお客は出入り禁止になり、カウンターで語り合う常連は穏やかな人格者で、文学の毒とは無縁です。風の森の同人は別の場所で調達しています。
 主な書き手は六〇歳代で、美しくはない過去を引きずっていて、光と闇の対比に惹きつけられたのはずっと昔の物語です。思想に疲れ、感覚も鈍っていますが、言葉による表現には妙にこだわっています。小説と批評との識別から離れ、思うがままに書くという行為に惚れているのです。人間の心理や宇宙の神秘など、面白い事象は無限にあり、それを表現する試みはお酒を楽しむことにも通じているようです。
 文学と社会あるいは文学と人間などは迷妄の視点であって、頭の中のイメージをどのように文章化するかが問題なのです。自分に似合った文章を創り上げ、つまり言葉の職人に徹することによってはじめて個性が生まれてくるのではないでしょうか。昔の作家はひたすら原稿用紙に向かい、言葉の宇宙をさまよっていたのです。文学の社会的意義などは後付けの屁理屈にしかすぎません。マスコミは文学や絵画をひとつの文化事象として捉えていますが、そこに安住するのは敗北です。
 文芸誌・風の森は精神の梁山泊であり、他者の視線に惑わされず、みずからの夢を追い、それが唯一の現実になっています。その手応えが未知のエネルギーを誘発し、道なき道を切り開き、そこには文体というものが生きています。文章による表現はすべて文体に収斂し、精神とみ躯体の意匠なのです。皆川勤は気配りの味わいに満ち、遠矢徹彦は不可思議な迷宮をさまよっています。
 常連の皆川勤は豊かな教養と知識を自在に操り、地味ながらも示唆に富む評論で多くの支持者に支えられています。説得性の高い論評は風格を滲ませ、図書新聞などで活躍していますが、突然、雄大な構想の思想小説を発表しても不思議ではありません。そういう気配は確かに感じられます。
 遠矢徹彦は団塊の世代よりも先輩であり、安保闘争や全共闘の荒波を掻い潜っていて、その経験を独自の幻視の世界に昇華しています。泉鏡花記念金沢市民文学賞の受賞者です。精神の闇を精妙に描き、現実そのものは妖しい幻視に中に織り込まれ、闇の美しいメタモルフォーゼは存在するものに内在する原罪をも照射しているかのようです。商業誌や若い世代のはるか頭上を飛翔しているのです。(編集長・東谷貞夫)

(「文芸思潮」35号掲載)