カプリチオ

・不定期発行
・A5判、140ページ前後
・700円

二都文学の会
〒156・0044
東京都世田谷区赤堤1-17-15
電話03・3713・7962








● 不定期構想とゼイタク感覚   関谷雄孝


一九九三年。まさに世の中は世紀末だった。長年、名古屋で日本の同人誌会に雄を誇っていた一つの同人雑誌が、その中心人物が亡くなり、組織が変わりはじめ、まだ落ち着かない状態のなかで、誤解からくるいくつかの軋轢の噂が尾を引き、それらとは関係あるような無いような、四十代、五十代の数人かが、他の同人誌仲間を集めていつの間にか読書会や講演会などの形式で会っているうちに、なにやら本でも出すかということになってきた。
そして、誰言うともなしに、同人誌上に自腹を切って小説を載せるという行為は、土台、大変贅沢な道楽のことなのだから、思い切って贅沢なバカをしないかとなり、ただ文字だけをひたすら並べるような慎ましいものでなく、表紙もカットも編集も上も存分にゼイタクなものにし、その上内容も、同人たちが気儘に書き上げた作品を溜めておいて、随時仲間が読み廻わし、これならばと思った作品が適量に集まったところで不定期に発刊しよう。間違っても原稿が足りないと言って、無理に書き上げるなどという愚行はやらない――てなことで話が纏った。一九九三年十月。黒人の女性歌手がブルースを歌っている多色刷りの表紙のカプリチオ創刊号が発刊。「カプリチオ」とは奇想曲、狂詩曲の意。発行は二都文学会(東京・名古屋)である。
一号、二号と続いた。誰もが続けようというベクトルの考えを持っていなかったから続いた。どんな方向へ進もうとも誰も考えない、勿論、年何回出そうとも、いつまで続けようという議論もなかった。ただ広告料をやや多く出してくれる熱意のある同人がいて、その金でいろいろな特別企画のページがつくれた。これが雑誌をリトルマガジン様に展開させた。時には、広告料が余ったのを蓄積しておいて六七頁の特集タルホ感覚嗜好症―稲垣足穂について―を展開できた。(本体一四四頁)
いつの間にか二十七号になり、同人も五十数名になっている。最初はじめたメンバーから一人消えただけで後は、みんな元気だ。
好きな時に好きなものを書き、皆の間を廻し読みして、それなりに作品が集まった時に出すという不定期構想は基本的にゼイタク感覚といっしょに続けている。
あい変らず、同人の誰も続けようとは思っていない。原稿が集まらなくても心配している者がない。不定期な本だからである。でも熱心に小説は模索している。(「文芸思潮」24号掲載)




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