多谷昇太




ドッペルゲンガー



お気をつけなさいよ、世の小父さん達。

お宅、聞いた事ない? ドッペルゲンガーって。ほら心霊用語でさ、人は死ぬ直前に自分の姿を他人の様に目にするって云うじゃない。いつもの街角で、電車の中でとかさ。

へへ、だからさ、脅す訳じゃないが、

お気を付けなさいよ、世の御同輩達……。

ほらっ! 今あんたの前横切った人! あれあんただったんじゃないの……? フフフ。




電車の長椅子に掛けて車窓の冬の日差しを浴びながらゴトンゴトン揺られている。

車内はガラ空きでいい気持ちだ。うっとおしい人間共がいない。

しかし一寸前迄就職の為の気の乗らぬ面接を受けて大分苛ついていた。フフフ、一体何百回目の面接になるんだ、このお年で、自分の子供の様な若い男に……。

その不愉快さ不面目さが今暖かい無人の電車の中で、車窓の日差しに溶けて消えて行く……(無意味さに死にたくなるこの一瞬)……。そして俺は見たのだ、その時!ドッペルゲンガーを、死神を!幽体離脱した今一人の俺を。そして同時に俺は知った、奴の正体、真なる姿を、何の為に現れるのかって云う事迄……。フフフ、知りたいだろ、御同輩? ドッペルゲンガーの正体を、死神のプロフィールって奴をさ……。



何もあんたの前にあんた自身が現れる訳じゃない。フフ、それとも現れるって思ってた? あんたの前に腰掛けてニコッと笑ったりしてさ、フフフ。

オー、ノー! そうではないっ!

もしそうだったらまだ可愛い気があるってもんだ。本当の奴はそんな可愛いもんじゃない。陰惨で、悲惨で、冷たくって。

墓場の底迄一気に連れてってくれる様な、気を失う程滅入ること受け合いの、何の洒落っ気もない奴さ。ほんとだぜ。

そいつと比べれば西洋の鎌を持った死神様や何かの化物だって、愛嬌者のナイスガイと云わなきゃならない。



ドッペルゲンガー! そいつはっ!

無意味な繰り返しを送るお前自身だ!

生きなきゃならないから、暮して行かねばならないからと云って

何十、何百、いや何千何万回も、

まるでエンドレスの悪夢の廻廊を行く様に愚かな繰り返し繰り返しを演じ続けるお前!……あんたのことだよ。そう、俺のことさ。



ある日突然自らの人生に繰り返しの万華鏡を見る時、籠の中のネズミが車を回す無意味さを知った時の様に、

恐ろしい思いをするぜ、アンタ。

死にたくなるぜ。

何せネズミじゃないもんな俺達、

人間だもんな。



ドッペルゲンガーを見るも見ないも

あんた次第、もし見ちまったら?

そりゃあもう死ぬしかない、逃れる術はない、運命という奴。

だって死ぬ以外に奴の恐怖に堪えられるかい? およそジタバタしないこった、受け入れちまいな、死んじまいな、楽になりなよ……。

(沈黙……時間……スイサイドは行われたのか)

で、どう、旨く死ねた? そしたらあの恐ろしかったドッゲンの奴、途端に何か別のものに変わっただろ?

そいつを、そいつをさ、あんた自身の言葉で語って欲しいんだ、俺に教えておくれ。だって俺は奴を見たのに拘らずまだこうして生きている、死ななきゃいけないのに。代りに発狂の淵に立ってるこの様、フフフフ、ヘヘヘヘ。卑怯者ってか、臆弱者ってか、然り然り、一言もねえ……。

しかしもっとも、ドッゲンを見た丈でも

本当はましってもんだ。

何も見ず、何も知らず、繰り返しの万華鏡の中に沈んで行く人間共の何と多いことか……。



ドッペルゲンガー、汝、ディケンズ描くゴーストなるものよ。