佐山広平






季節に君は



風が吹く
掌が記憶を受ける
すると
蝶の流す羽根の煌めきが空に充ちる
世界が夢を吹き出す空の哀しみの
愛が囲繞する夕暮の街路を
君は求め歩きはじめる
                   
風が煌めく
皮膚が幻想を受ける
すると
蜻蛉が飛ぶ軌跡が空に充ちる
日々が草原に匂う郷愁の
祭りの記憶が君を囲繞する社を
君は求め歩きはじめる

風が語る
意識が妣の国を受ける
すると
屈折する雲の変形が風景を覆う
囁きが大気を埋める国の
時間が消える澄んだ世界を
君は求め歩きはじめる

風が囁く
伝説が時間を受ける
すると
風景の混合が人々を引き裂く
歴史が母の微笑みに対峙する
峠道の登攀に異層に賭ける意志を
君は求め歩きはじめる

風が沈む
重い大気が地表を埋める
苦い大気が世代を埋める
思想が人を空洞化する
世界が情念を腐食する
意識が夢を墜落する
そして
愛しすぎる他者への囲繞する羞恥の時
ぼくたちの時代のため
風景を君は超えようとする







陽の亀裂に



季節の巡りに天が揺れる君の意識
思想に彷徨う歩みに
観念が鳴りはじめる
そして
学校の庭は騒めきに煌めく
君は教科書への愛に
テニスコートの白い線を辿る

枯葉を敷いた道が伸びている
雲の誘いの峠
稜線に消える虚無の呟き
そして
知の錯乱に病む街路樹
散りつづける木の葉の情念に
風化する辞書を繰る

刻みつづける時計の音の、この暗さを
濡れた天日の、このアンニュイを
生きつづける風景が伸びている

意識の被われた地表で、鉛色のくすんだ空気が軋む
すると
地球の公転がずれ、季節が死ぬ

露に光る松葉の先にマナコが………
視覚の触手の神経と、葉の先端との戯れ
世界に触れるために眼孔に時間が奔る

網膜を貫く傷口
裂けた森の色彩が拡散する
藪の刺と人間が重影する
ビルデイングの壁に
舗道の音に
人間が重影する
ぼくらの世界







ぼくらが愛を信じた日々のために



春になった日
蝶の羽根から夢幻が飛び立つ日
鱗粉に咽せる空の青さに
いつからかぼくらの愛は始まっていた
ぼくらはいつも街の十字路で出会う
授業を終えた君は山の手の学校から帰り
工場から帰るぼくは山の手の学校へ向かう
そして
俯き眼を伏せ歩く君
君の世界をぼくは盗み目に意識する

露を大気が帯びる暗い日
紫陽花が皮膚を重くする日
風に噎せる空の蒼さに
いつからかぼくらは微かにみつめあっていた
学校の帰り君は十字路で傘に倒される
羞恥に染まる君の頬に街路が恥じる
意識に押されぼくは傘を拾う
そして
匂いの満ちる舗道の上で
君の世界をぼくは覗きこんだ

爽やかな秋の日
意識が遠くに響く日
風に想いをおくる眼差しの空に
いつからかぼくらは指を触れあっていた
郊外を散歩しながら君は語る
絵に耽溺した幼い記憶を君はひらき

異質の世界を覗きあうぼくらの幼い思想
そして
樹木の流す死の不安の中で
ぼくらは肌のぬくもりを確信しあう

  ぼくらの世代から消えない時代の歪みに
  夏の陽が照りつけていた日々
  ぼくらは砂浜を歩いた
  陽に透ける君の意識
  水平線に賭けるぼくの情念
  遥かに見える父たちの世界
  遥かに見える母たちの記憶
  ぼくらは祝福されて砂浜を歩いた

砂は重い
砂は飛ぶ
砂は光る
砂は流れる
砂は滑る
砂は跳ねる
すると
砂はみつめる
砂は思惟する
砂は愛する
そして
砂は悼み
伝説の世界をぼくらに充たす