さち いさや









ああ、自分は死んだのだ。

布団の中でまぶたを閉じて

眠っているのではない。

呼吸も心臓も止まっている。

ぴくりとも動かない。

身内や親族や親戚の者たちが

次々に自分の回りに集まってくる。

「死んだなんて、びっくりした。」

という者がいる。

「何をいっている。

人間はだれでもいつか

必ず死ぬんだぞ。

びっくりすることなんかない。」

と、自分はいい返す。

しかし、その声は出ず、

回りの者には、

だれにも何も聞こえない。

すすり泣く者。

目頭を熱くする者。

頬をつたう涙。

顔にかけてある白い布を取り払って、

「ああ、安らかな顔をしている。」

という者がいる。

ろうそくの炎。

線香の煙と香り。

お坊さんの読経が始まる。

お坊さんの声だけが

部屋の中にズシリと響き渡る。

焼香が厳かに始まる。

みんな神妙な表情をして焼香をし始める。

しーんとしている。

空気がピーンと張りつめている。

無口だ。

無言だ。

焼香のしぐさの物音だけが

みんなの耳にかすかに聞こえてくる。

そして、みんなの焼香が終わり、

お坊さんの読経が静かに終わる。

お坊さんが帰った後、

生前中の自分のうわさ話を

みんなが口々にいい始める。

「いい人だった。」

「あんな人だった。」

「こんな人だった。」

と、死んだことを嘆き、悲しむ声が

涙とともにあふれ出てくる。

すすり泣く者がいる。

目を真っ赤にしている者がいる。

ああ、自分は死んだのだ。

もう二度と生き返ることはない。

人生を後悔しないかといえば

後悔することが山のようにいっぱいある。

人にやさしくして生きたのか。

人に親切にして生きたのか。

人を愛して生きたのか。

人を許すことができたのか。

後悔することばかりだ。

自分の体は、まるで氷のように冷えて

冷たくなっている。

今夜は、一晩中、通夜である。

そして、明日は、

自分のこの世とのお別れの葬式だ。

ああ、自分は死んだのだ。

だれもがこうなる。

そして、あの世へこれから旅立つのだ。

この世との別れを惜しみつつ。