川文夕鶴




貪り



見よ
魂の中心に居座る大釜が
阿片患者のように
地獄の業火を吐き出す
見よ
吹き出された業火に
焼き尽くされる
Mという男

見よ
走る車のタイヤが
パンクする様を
見よ
大病を患う元を
家へ引き連れて帰る様を
見よ
奴の舌が
黒く焦げて
跡形も無くなるのを

見よ
お前は永遠に口を閉ざす
もはや
悪臭を放つ言語を
口から垂れ流しに
することもない

お前がいなくなり
町に平安が戻った
Mという男
お前の存在が
罪悪だった

あれを見てくれ
お前の残骸はさらされ
風に吹かれている
時がお前の骨を
遥か時代の彼方にまで
運び去っていく
お前は塵と化したのだ
愚を極めた言語とともに
お前は消滅した
満ち足りた悪辣とともに

私は休息する
無人と化した
この町で
跡形もない
平穏を貪る





支度



身体に凝り固まった塵を
順に除いていく行為は
ここという場所に居ながら
他所の土地へと旅立っていく
前触れのようでもある

緑の蔦が
日々決まり事のように
部屋を覆っていき
気がつくと
緑をミドリとしか
意識出来なくなっている
知らぬ間に
線と書こうとしていた
ミドリのつもりで

やがて
苔に蝕まれた空間が
そこはかとなく完成した
そこに一人の女が座っており
文字を書いている
全く読めない文字を
ミドリが徐々に厚みを増していき
一年後には
二・五メートルもの厚さに到達した
苔が
水さえも緑に変えたが
女は気づかないのである

十年が経ち
中央に居た人型の肉も
しらじらとしたものに変わった
針金で出来た髪、干乾びた顔
口には草が
銜えられていた
名前もない雑草
女は風化したのである
女の居た場所に
細かな塵が
落ちていた
女が切り落としたもの
乾びた生の証

部屋にはまだ
取り残された二酸化炭素が
浮遊している
空間を占拠した緑たちは
細過ぎる腕を伸ばし
息の残骸を奪い合う

二酸化炭素が救済され
酸素へと浄化される時
長い旅路も
終わりを告げる
誰かが重い腰を上げ
腐敗に満ちた緑の丘で
最後の鐘を鳴らす





深夜、震える邪光



脳髄が
じくじくと爛れている
仕舞い様のない劣等
畳み様のない嫌悪が
耳から目から
鼻からさえも溢れ出す

疫病の詰まった箱
それが
頭蓋骨の中心にあって
しきりに喚いている
無数の疫病が
災厄が
無害に見える塵となって
詰まっている

午前零時
カーテンの裾
死んだ人間のヴェールを
持ち上げる

漆黒を反映する巨大な目が
覗いている
頭蓋骨にある小箱から
中身を引き摺り出すため
手を伸ばす

髄液が沸騰する
耳の奥にある螺旋が
限りのない形で
今という時間に終止符を打つ

午前一時は
息が白くなる時間
一枚一枚
写真を燃やす
三歳から
十七歳までの写真
引き裂いて燃やす
すると
箱に住む疫病も
揃ってパチパチ言う

止まった時間
記憶に焼きついたフレームが
音もなく崩壊する
箱の中の疫病
代わって頭蓋を
取り仕切る

とめどなく溢れる劣等
その一部を掴んで
ベランダの向こうに投げた
するとそれは虫になって
青緑色の邪光を放ち
天まで栄えた時計草の影に
密やかに
息を殺し消えていった