川田政通




日常刺さって



 手すりのざらつき、壁の表情、階段踊り場の惑い。
 無垢な空、欲望の雲。太陽に近づこうと人工物は背伸びして。
 頭が引かれる。二つの目、虚空に刺さって。
 膨張する世界。するりと、身体抜け出して。
                                  空へ飛ばされてしまいそうだ。
                                      離れていけ、遠く。
                                          遠く。

 焦るように、意味から遠く離れる。             遠く。
 浮かんでは、消える自己。             遠く。
 延々と、思いを吐きだしていく。      遠く。

 語り続け、切り取り続け、空虚の先の、圏外から、言葉を運ぶ。

        眼下の透明な世界、光放って。

                          さらさらと流れる川音。
 静かに耳を澄ます。
                             透かし見た自己。

                                      静寂と共に、底に沈む。

 太陽                               ああ
    が                                今日も
      横切って                              もう少しで
           いく。                                 消える。
                                            地上の自己。
                              束の間の感傷。
 停滞して、途方に暮れる。

       誰かが、夜を塗りつけるよ。

何度繰り返しても、慣れぬ。                                生。
似たような感情、煮え切らぬ。                               惑。
拭いきれぬ感情、塗りつけた。                               拘。
寝ても覚めても、念頭にある。                               問。
逃れられぬ、のたうつ自己。                                失。

 闇に同化して、無言で先人たちと会話。
 「どちらが、深く世界に沈んでいるか」

       ようやく慣れた頃にいつも夜は明ける。
                         明け方、白い空、無個性の道。
             高速道路の非日常。走っているかぎりは死なない。
             降り出した雨一粒。手にした瞬間に世界は弾ける。

 破壊せよ、日常。かなり深く刺さっている。         「はじめてではないのにね」
 響く、ひび割れ。現実感と浮遊感が擦れて。                「光が瞬いて」
 触れられぬ自己。絶えず背中を追いかけて。           「ふとした瞬間気づく」
 壁面、透かして。外の気配が胸を焦がして。                   「平気さ」
 放棄せよ、真実。ひどく世界を偽っている。                    「ほらね」

 待っている理由が褪せた。見失うには知りすぎた世界。やんで、ゆれて、よりかかる。
 向き合っている何か。目は正視から逃れようと。妄想。やがて、ゆらり、よろめいて。
 楽観転がして、立脚。留守番中「ひとり」。連絡はない。牢獄、横になって、邯鄲の夢。

 「輪」、を巡っているという期待、諦観、繰り返す「どこだ」で、終焉、未完成の螺旋。

 目覚め。刺さったままで、少しでも多く持ち運ぼうと境界を越えるが、叶わず。
 日常刺さって、血を流して、それでも「記憶」を繋いで、どこへでも歩いていく。






覚悟



 弛んだ醜い腹は切れないと言った。

 尖る。
 言葉が刺さってまみれている。
 気づかずに無表情の喧噪。
 茶番に止めを刺して見せた。

 引き換えに刻む気構えに釣り合うものを示す者は誰もいないはずはないと周囲に目を放つ刹那の孤独の尖端の反射の切れ味に興味を示さずにまみれている。
 問う者の前に立って天秤に何を乗せるべきかを思案している暇などない太陽に突き刺されと既に一端を占める心臓が挑発する。
 一生に足るものを。
 筆を海に、空を裂く。
 先頭だという確信が何度も振り返っては挫折したのは誤りだという証拠に気づくのはいつのことになるのか待っても誰も訪れないのは後尾だから。
 待つことは選ばないことと等しい。

 選べ。
 切る気など毛頭ない。
 透明な目がたがうことはない。

 弛んだ醜い腹でいいわけがないと準備だけはしておいた。
 はじめから燃やすつもりで辞書は厚さを増していく。
 一緒だ。
 捨て去って残る言葉に興味がある。

 腹をしぼって出てくる言葉。
 燃えさかる辞書を横目に放した。

 弛んだ醜い腹は切れないと言った。