朝妻麗




アランフェス ―死の戴冠式―


 


ロドリーゴの「アランフェス協奏曲」に合わせてキューバン・ルンバを踊る一組の男女より霊感を受けてここに記す。
      
     *
 
誰の目に映るのか

アランフェスのきざはしにあゆみをしいられ

引かれくるいけにえの涙は

身のうちでいっとう

冥界との交わりをこのむ肌が

海辺の白いつぶにたくされた痴情を

いまだ留めているというのに

しかしその掌は異国の夜においてあらたな灼熱を

すでにもとめているのだ

それでも彼女をはぐくんできた

瑠璃とめのうの豊饒をかなしみ

闇をきりさく稲妻のように

とぎすまされたまなざしがひらめくが

あかつきの玉座をはずかしめるのは

ああ

東方のまぼろしか

桜色をした篝火が

若葉の波に命をしずめていく

花びらは光をやどしながら地下の国へ

ぬばたまのはだえに血潮をはばたかせたままの幹は

おお

そなたの心も引きさかれ

乱舞の蔭に再生の夏を

じっといだいているのか

そのゆらぎを受け

指のおののきに答えるひとみよ

裏切りと愛のしかばねを焼きつけているのか

うなじはもはや月明かりの愛撫を

噴水のようにあびているではないか

響きあう炎は

やがてあらしにみずからをゆだねるだろう

落花の夢におぼれつつ

焔の翼をたぎらせる不死鳥となり

まぶたに東雲をはためかせる女に

とこしえの翳りをあたえるのは

この世の冥王(ハデス)

生とのきずなをとらわれ

瞑るまなじりを伝う一条の筋

真紅につらぬかれ

夜風に冷えゆくこの閃光こそ

舞姫(テレプシコラ)にささげられた

妃としての徴なのだ

しかし

鏡のような四のまなこがうつしだす面影を

彼らでさえ知ることはならない
 






まぼろし



しゃららんしゃららん

さざめく風が

ぴろろーんとんとん

お囃子のねをよみがえらせ

わたしだけのまつりが

この冬もまためぐりくる



ざわざわ

ざわめく市の匂いや

かさかさからから

くるった下駄をおどらせる





魂にむけて

駈けよ



ひらりひらり

たもとが

はたりはたり

すそが舞い

ぱたぱたり

うちわが風をなぐさめる



がらりんがらりん

くたびれた足に

がさりがさり

はなおがかみ

きらりきらり

星があざけり

くたくたり

あゆみがこおる



はなはなふわり

おしろいが

わたがしが香り

がんやがんや

わんやわんや

やぐらは囃し

人はうたい

おどり

わらい

むつみもつれて円となる



影の乱舞にかこまれた銀杏よ

千手をもがれ

祝いの庭にたたずんで

芽吹くことなき大銀杏よ



その身ひとつをのせ

あの世へおもむく小舟

そのへさきのように

なごりの枝が木枯らしのなか

わくらばをはらい

花火さながら散りかがやく



どーんぱらぱら

たしかに聞いたものが闇となり

ちゅるるちゅるるん

あかつきに追われ

ちらりちらりん

きらりんぽたり

涙の雪よ

追え

留めよ

野菊にも似た火をいだけ



しろくつめたい火の粉が

さらり

明けに舞い

さわり

時の微風はこずえをのがれ

ふるり

樹の手は空をつかみ息絶えぬ



しずけさよ

化粧をおとさぬ月よ

あわ雪を

ほのおの花を

寂滅を

痴情をはらみ

いだき

東雲とたなびくいにしえよ



かわきたわまぬ幹に

掌をかざし

線香花火の末期にもにたおののきが

身をつたう時

しくりしくり

柱時計が

りろりりろりん

びいどろの通いびとが刻み

あしたにこがれる

氷の幕







青春あいうえお



序 

学生オーケストラの一日を記す。
     
     *

朝の陽射しはさわやかで

いつものようにチェロパート

歌いながら弾いている

駅まで届くその音色

穏やかな日の始まりだ

風の音に重なって

聞こえてくるよピチカート

曇り空の憂鬱を

消してしまって輝いて

こだまのように駈けぬける

さあそろそろ練習が

静けさの中で始まるよ

すっきり綺麗なコンチェルト

先週思い出して弾いている

空を見上げて考えた

楽しみだね次の練習

近くの店でお疲れ様

次もますます頑張ろう

手を取り合って部室へと

時計は十時を指している

なぜこんなにも時が経つ

二楽章も弾けないよ

濡れないように傘をさし

ネガティブな考えさあやめた

のんびりしよう日曜は

八時までのオーケストラ

日が長いよね最近は

二人ずつ並んでチェロを弾く

ヘンデルの主題は美しい

ほっとしているそのひととき

まあ素晴らしい演奏に

みんなで耳を傾ける

ムーンライトの囁きと

メロディの流れ厳かに

もう少しだけ弾いていよう

優しい想いときめきは

夢のかなたに聞こえてくる

酔い心地だねこんな日は

ラッキーだ今日は

立派な曲をほめられた

るんるん気分の

歴史に残る日

ロッキングチェアでリラックス

我が青春のチェロパート