カワリモノニワタシハナリタイ・・・・・・・・・・・・・・・・・・山崎哲平

 

 

「変わり者」

何てステキな言葉だろうか。

起抜けに、

「今日も変わり者でいよう」

と呟くだけで、得られるこの高揚感はいったい何なのだろうか。

「格好良い」だと「ファッションセンスが良い」だとか、世の中に数多の誉め言葉が存在するが、どれを言われても僕は嬉しくない。言われる可能性が皆無に等しいという、悲しい理由もあるけども……。

とにかく、たった一言、

「お前変わってるよなぁ」

と言ってくれれば、もれなく発言者を敬うだろう。

それだけじゃない。東に病気の発言者あれば、行って看病してやるし。東に疲れた発言者あれば、行ってその稲の束を負う。南に死にそうな発言者あれば、行って止めを刺してやるのだ。

それ程、僕にとって「変わり者」というのは、美徳なものなのである。そして「変わり者」になれる素質が僕にはあるのだ。

ついさっきも、僕はセブンイレブンでアメリカンドッグを買ったのに、ケチャップを付けてもらえなかった。催促なんてしない、はいっ、変わり者。アメリカンドッグなんてケチャップありきの食べ物。あのトマトを裏ごしした赤いソースが無いなんて、アメリカンドッグとは呼べない。単なるちょっぴり甘いパンでウインナーを巻いて串刺しにしたやつ、になってしまう。「トム」で言うなら「ジェリー」だし「ジョン・レノン」で言えば「オノ・ヨーコ」だ。ちなみに「なごり雪」で言うと「イルカ」が妥当なんだろうけど、作ったのは伊勢正三さんなので、「かぐや姫」にするべきか、どっちにせよ僕の一存では決められない。

……話が逸れた。まぁ、言いたいのは二つで一つという事である。そんなケチャップを、

「スイマセン、ケチャップ……」

なんて言ったりせず、バイトの女の子に会釈をして店を出たのだ。

外に出て大きな溜め息をつく。道行く人達よ、僕、ケチャップもらってないんです。変わってるでしょう? 今近くに可愛い小犬がいたら、僕は物凄い美しいフォームで小犬を遠くに投げます。今近くに大腸が落ちてたら、僕は縄飛びに用います。便が手に付いても関係ございません。変わってるでしょう?

……こんな事を日々考えている僕を、「変わり者」と形容する人はごく僅かで、実際の所は大多数の人から馬鹿にされる男だった。小さい頃から親に折檻を受け、兄姉からは中にバラのトゲがしこたま付いた仮面を日夜被らされた。朝露だけを飲んで育てられた。こんな考えばかりする子供になってしまうのも無理はない。

というのはもちろん嘘で、僕はごくありふれた家系に育った。僕が小学校の時、僕の同級生相手に相撲を取って全力を出した父親。円型脱毛症を患っている母親。ファミスタをやっていて自分が負けてると消すくせに、僕が負けてて消すとビックリする程キレる兄。僕の同級生に異様にモテていた姉。カレーにヤクルトをぶっかけて食す祖母。そんなありふれた家庭からどうして僕の様な子が育ってしまったのか摩訶不思議である。

家族も、友達も、バイト仲間の韓国人も誰一人として、僕を相手にしてくれない。韓国人に、いくら年上と言えども、

「ヤマザキサン、ゼッタイモテナイデショ?」

と言われた時の怒りったら筆舌に尽くし難い物がある。まあでも、僕がもし自分みたいなのに出会っても、やっぱり相手はしたくないと思う。

「変わり者」になりたいからって、やっぱり自己演出しようとするとボロが出てしまうものである。

忘れもしない、小学六年生の夏休み。最終日に作文の宿題があった事を思い出した。パッパッと書いた原稿用紙八枚が、担任の先生に大絶賛されたのだ。そこから僕の勘違いが始まった。

「変わった事考えてるねぇ」

今思えば、この言葉は誉めていたのか少し疑問だが、この時「変わってるって何か良いなぁ」と感じたのである。「いつも心に変わり者」というスローガンが定着したのである。

しかし、馬鹿にされ続ける毎日。恐らく今担任を訴えたら、懲役二百年ぐらいの刑罰になるだろう。僕に変な志を持たせやがって。

……そんな最低極まりない事を考えながら、僕は今コンビニのアルバイトをしている。ちょっと遠い目をしながら。この「遠い目」という何かあったんですか? スタイルを考えた人は素晴らしい。遠くを見るだけでボンヤリと考え事をしている人になれる。たとえ何も考えてなくたって。誰が編み出したんだろう。「遠い目」特許取っときゃ良かったのに…。遠い目御殿を建てられたろうに。遠い目御殿の屋上から遠い目が出来たろうに。

先輩の高石さんは僕に声を掛けない。

「何かあったの?」

と一言で良いのに。

「いえ、別に…」

と言うのに、唇を噛みしめながら言うのに。この「唇を噛む」というメチャクチャ何かありますスタイルを考えた人は素晴らしい。特許取っときゃ…止めておこう。

それにしても高石さんは声を掛けてこない。正直言って考えてるフリしてるだけだが、こんなにフリをしてるのに…。名前出てこないけど、BUMP・OF・CHIKENのボーカルの人みたいな感じで憂い顔してるのに…。勝手なイメージだけど、しかもやってるフリだけど。

高石さんは缶コーヒーを補充しに倉庫に消えて行った。

「アホ」としか言い様の無い僕を映し込んだ窓ガラスを仕方無く眺めた。無論、遠い目をしながら、外に見える山手通り。ドライバーさん方が、

「あの店員何かあったのか?」

と思うかもしれない。

その時、

「お前、本当変わってるよなぁ」

背後から聞こえた声に、「ついに来た」と振り向いたが、それはレジ前のコミック売場で談笑する男二人と女一人だった。

「テレビの砂嵐が好きって何だよ〜」

と太った男が笑いながら言う。

「えっ? わかんべ? わかんべ?」

サルのTシャツを着た男が同意を求める。

「本当変わってるよねぇ、そういうの何かアーティスティックだよね〜」

何と、女性にまで「変わり者」と認識されるとは…完敗だ。

その後サルシャツは、先日出会ったオモシロタクシー運転手の話で笑いを取っていた。僕はそれが、千原ジュニアさんがテレビで話していたのをパクッていると気づいていたが、御構い無しで笑っている。

えっ? 砂嵐好きなら何しても良いの? 奥さんそうなんですか?

僕はこれからも中途半端な理想を貫くだろう。変な事言うだろう。

「トンネルってロマンあるよね〜」

「消しゴムになりたい」

そして、

「テレビの砂嵐好きなんだよね」

とか言ったりするだろう。

ここで気付いたことが二つある。一つは、僕には「変わり者」になる為のバックボーンが無いのだ。

「コイツが言うと、それっぽい」

的な人格が形成されてないのだ。

そしてもう一つ、バックボーンが無い奴がそんな事を言ったり、考えたりした所で、気持ち悪いだけなのである。単なる不思議ちゃんになってしまう。キモチワルッ…

サルシャツには、お笑いキャラというバックボーンがある。だから生きる。

ゆうこりんには、容姿がある。だから可愛い。

僕には何も無い。あるのは、気が遠くなる程の生きづらさだけ。

気づいたところで、解決策がまったく思い付かないじゃないか。いやぁまいったな。

まぁとりあえず、小六の時の担任は重罪。