教員が教師になる日
         

......................卯月 陽



 自分の子育ての仕方が本当にこれでいいのか、若しかしたら間違っているのかも知れないと思うことは常にある。子育てが間違っていなかったかどうかなんて、誰にも判らないし判断つけようが無い。けれど、この子が将来親になってチャンと子育てできる人間に育ったかどうかが答えのような気がしている。最近のニュースで良く目にする『虐待死』、そして必ずと言って良いほどの言い訳。

「虐待じゃありません。躾です!言うことを聞かなかったので殴ったンです。いえ、バットなんかじゃありません。私の手で。そう、握り拳で顔を」

これを『躾』と身を以って教えたのは、その親を育てた親なのだろう。

 その時点で答えの出ない事柄には、学校の先生も同じかも知れないと思う出来事があった。それは、甲子園出場が決まった山裾にある大きな高校の職員室風景。生徒数四百人を超え、翌年度から新設される学部のための、新築中校舎が隣接する。そんな大きなコンクリートの塊の中に、本気の大人達はいた。

自立性疾患の男子生徒を自分の机の側におき、体調が戻り始めるのを暖かく待ち、授業への出席を促す。それも毎日、毎日。自立性疾患とは、自覚がないまま自律神経系に支障をきたし、太陽が空に昇っても体が起きない。何かしなきゃ!と判っていても体の言うことが利かないばかりか、気力が湧かない。直接の原因が判っていないので即効性の薬も無い。なのに、予告も無く突然完治する。だから、この症候群に知識の無い先生は意外に多い。勉強不足の養護教員は、こんなことまで言ってみせる。

「それは、病気じゃないよね!朝決まった時間に起きて決まった時間に朝食をとって、決まった時間までに登校する。これは習慣付けだから、前の晩は九時には就寝させて朝六時には起こす。これって、家庭の問題じゃないですか。簡単なことですよ!」

 すると、若いクラス担任は翌日から生徒を自分の元で面倒を見始めたのだ。生徒はほぼ午前中は気だるそうにストーブの前で居眠りをしている。凍えたように殆ど動かない。そして、午後になると動きが多くなる。まるで、凍っていた動物が解凍されて動き出すかのように。その様子を見定めて、若い教師は授業に出席するように生徒を促し、職員室から送り出す。一方では、各教科担当の先生に連絡を取り当該生徒の様子を伝え理解を求めている。それは、親鳥がヒナを両の翼で抱きかかえ外敵から守るかのようだ。

 その、向かい側では真面目に授業を受けない常習の生徒を叱っている若い講師。『世の中、そんなンじゃ生きて行かれないんだよ!』

 その、奥では謹慎処分になった女子生徒を、職員室隣の部屋に隔離し静かに反省の時間を持たせている。やがて、クラス担任は穏やかに自分の人生経験を話し始める。生徒は反省期間で、授業に出席できないためテスト勉強ができないので、課題等を出してくれるように理解を求めるプリントを各教科担当に渡している。それに応じて、教科担当の先生が生徒の普段の授業態度や提出物が真面目なことを伝えながらプリントを預けると、クラス担任は生徒にそれを伝えて励ます。そして、教科担当に礼を言う。

「先生、プリントどうも、ありがとうございました。生徒も落ちこんで居たところで、先生に誉めていただけて本当に喜んでいました。本人の励みになりました」

 まるで親が子どもの世話になった人に礼を言うかのように。

 その一方で、校則を守らず制服を着てこない女子生徒を本気で叱るクラス担任。

「どうして制服着て来ないンだ!」

「だから!教室にあるって言ってンだろ!」

「あるんだったら、すぐに着ろよ!」

「こんな人の多い所で、着替えられっか!このエロオヤジ!」

「もうすぐ授業が始まっちゃうだろ!早く着替えろ!」

「だから!こんな所で着替えられるかってんだよ!どこまでエロオヤジなんだよ!」

 まるで痴話げんかのような怒鳴りあいバトルが繰り広げられている。

 最近では他人が子供を叱らなくなった。いや、他人どころか親でさえ。スーパーで走り回って遊ぶ子供、レストランで食事を運ぶウエイトレスの間をぬって鬼ごっこをして走り回る子供たち。誰も注意しないどころか親は買い物やお喋りに夢中で、自分の子供に気付かないのか全く平気でいる。昔は危ないことや他人に迷惑をかけている子供は、よく叱らていた。それも、見ず知らずのどこかのオジサンから。

 もう、他人の子供を叱る大人は絶滅したかのようだったが、この学校にはまだ健在だ。『エロオヤジ!』と怒鳴っていた女子学生も、いつか必ずこの『エロオヤジ』に『ありがとう』を想う日が来ることだろう。本気で叱ってくれた大人の、大切さを解って貰えた時『教員』が『教師』と呼ばれる時なのかもしれない。

 そして、入学直後から茶色に髪を染め、引きずるように太い学生ズボンを履き、その裾は磨れてボロボロになっている男子生徒。出席日数も定期テストの点数も留年の危機に毎年さらされ、3年生になってもその生活態度は変わらない。今度は進級どころか卒業も危機だった。そんな時、ヤンチャな生徒に疲れ体調を崩したベテラン教諭の代わりに非常勤講師がやってきた。

非常勤の中年女性講師は、元々男が圧倒的に多い考古学の世界に居る。土方よろしく発掘現場で威勢のイイ、腕っ節の強い土方作業の経験豊富なオッチャン達を仕切り、炎天下での体力仕事の中で体調を崩してはいないか、老若男女の作業員の顔色や動作に細やかな注意を払う。人口割で女性は1割に満たない、完全なる男社会。その中でも平気で普通に存在していられる男みたいな気性の女だった。

卒業を危ぶまれていた男子生徒の欠課日数が、あと3日で留年になる。それを知った女性講師は授業の後で生徒を呼んだ。

「おまえ、あと3日で卒業できないぞ!遅刻が多いンだよ。遅刻3回で1回欠課ってルールは知ってンだろ!」

「うそっ!あと3日っきゃね〜の?やべぇじゃん」

「だから、もう絶対に休むな!遅刻する分にも休むンじゃね〜ぞ!」

 その翌日の授業に、生徒は終業間近になって教室に入って来た。いくら遅刻してもイイと言っても程度ってものがある。通常なら、20分遅刻は欠課扱いになる。

「おい!おまえ判ってンのか。自分の今置かれている立場!」

「うん、ごめん」

真面目に反省してないのバレバレだっつ〜の!へらへらと謝って見せる。教員も舐められたものだ。翌日は、そのクラスの持ち授業は無いが、廊下でその生徒と行き会う。

「チャンと次の授業に出ろよ!おまえさぁ、自分を粗末にし過ぎだよ。もったいないから、真面目に生きてみな」

相変わらず、へらへらしてみせる。その二日後の授業でも案の定、例の生徒は遅刻してきた。やはり終業に二十五分前だった。こうなったら煩がられようとも、嫌われようとも本気で向き合うしかない。授業のたびに、廊下で会っても女性講師は母親になる。

「今朝は、チャンと朝飯食って来たか?」

「明日は遅刻すんじゃねぇぞ」

「自分を大事にしろよ」

そしてこの生徒はどうにか単位を満たして、最後の授業が終った。この学校では一年間の授業の感想を、生徒が書き担当教員に提出することになっている。その中に意外にも几帳面な文字で書いてある一枚を見つけた。

―授業中も、廊下で会っても口うるさく世話をやく女の先生だったけど、こんな俺のことを最後まで見捨てないでいてくれてありがとう―

 

 


PROFILE

年齢   45歳

生年月日 昭和38年 4月 30日

住所   長野県 北佐久郡 立科町 

職業・略歴

大正大学文学部史学科(考古学)卒業

22〜25歳  佐久埋蔵文化財調査センター・家庭教師協会派遣家庭教師

25〜26歳  立科町教育委員会学芸員

26〜27歳  結婚退職・主婦育児

28〜32歳  主婦育児・自営進学塾経営

33〜現在   埋蔵文化財調査員・自営進学塾・高校非常勤講師・主婦育児