夕立のレクイエム ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 高橋惟文





 今から二十年ほど前のことである。わが家の三人の子どもたちも大きくなったので、家を増築することにした。私が勤務を終えて帰宅する夕方の六時頃は職人たちもその日の作業を終え、大工の棟梁を中心にお茶を飲みながら談笑している。彼らは仕事のうえでのエピソードに事欠かず能弁だった。中でも左官屋のGさんの話は威勢のいい職人たちの心をうった。日頃は寡黙で聞き役にまわることが多い彼は、家業の左官を継いだきっかけを訥々と語った。 

 Gさんは中学一年の夏休みに友達と二人で映画を観に行った。映画が終わって出てきたら外は夕立だった。二人とも傘を持っていなかったので雨が止むのを待つことにしたが、時が経つにつれて雨足はますます強くなり、雷まで鳴りはじめた。中学生とはいえ、当時のGさんはまだ子どもである。心細さに泣きたくなった時、目の前に突然一台の自転車が止まった。それはGさんの父だった。息子が傘を持たずに映画館に出かけたことを聞いて迎えに来たのである。父はぶっきらぼうに「ホラ」と言ってGさんに傘を一本突き出した。しかし友達も一緒であるから一人だけ傘を受け取るのは気がひける。Gさんがもじもじしていると、父は友達も一緒にいることに気づき自分が差している傘を友達に手渡した。そして自転車をヒョイと持ち上げて逆向きにし、それに素早く飛び乗ると背中を大きく丸め、ペダルをフル回転させて脱兎のごとく土砂降りの中へ走り去った。Gさんはあの父の丸い背中を今も忘れられないという。

「あの時、私はオヤジに大きな『借り』をつくっちゃいました。私が家業を継いだのは『借り』を返すという意味があったんです」とGさんは言う。

 分かりやすい話ではあるが、果たしてその程度のことが人生を左右するものかと、居合わせた私たちは半信半疑である。しばし沈黙の時間が流れた後、棟梁が「じゃ、また明日よろしく……」と言いかけるのと同時に私の妻が口を開いた。

「Gさんって、お父さんっ子だったんですね」と。その言葉で立ち上がりかけた職人たちは帰るタイミングを失い、複雑な顔で再び腰を下ろした。Gさんは妻の方へ向き直った。

「そんなことはありませんよ。私は子どもの頃、オヤジに可愛がってもらったことは一度もなかったですから。ただ、あの土砂降りの晩に傘を届けてくれたオヤジに礼を言わないでしまったんで、『借り』は全部返してはいなかった……」

 Gさんは父から届けてもらった傘を差して家に帰ると、母が「父ちゃんがずぶ濡れになって帰ったんだ。ちゃんとお礼を言いなさい」と言った。Gさんが茶の間に行くと父は既に浴衣に着替えてビールを飲んでいた。すぐに「父ちゃん、傘を届けてくれてありがとう」と言うはずが、なぜか急に照れくさくなってそのまま自分の部屋に入ってしまった。

 次の日も、その次の日も父に礼を言わないでいるうち、Gさんは中三になっていた。そして「左官をやってみないか」という父の誘いに、「借り」を返す意味で「いいよ」と答えたのだという。

 妻が「その後はお父さんと仕事をずっとご一緒だったから、もう十分すぎるほど『借り』は返しましたよね」と言うと、みんなも「そうだ」という表情で一斉にうなずいた。しかしGさんは首を横に振る。

「いや、私としては納得がいかない……、実は毎日オヤジと一緒に仕事をしながら『あの時、傘を届けてくれてありがとう』って言うチャンスを狙っていたんです。でも、なかなか言えません。そうやってグズグズしていたら突然オヤジは心臓病で死んじゃったんです。私が十九になった年の秋でした。なんでオヤジが元気なうちに礼を言わなかったのかと、悔やんでも悔やみきれなくて…」

「そうだったんですか。でも、Gさんの気持はお父さんも分かっていたと思いますよ。親子ですもの」

「そうでしょうか。私は葬儀の時、オヤジに誓ったんです。あの土砂降りの『借り』の残りは、将来オレが息子に同じことをすることで勘弁してくれって」

「同じことって?」

「私も息子に傘を届ける……いえ、ただ傘を届けるのではなく、息子が中一の時の夏休み、それもお盆の頃、友達と二人で傘を持たずに外出して土砂降りに……、そこへ私が自転車で駆けつけて息子に傘を渡した後、友達も一緒にいることに気づいたふりをして今度は自分の傘を渡す。その直後、私は自転車に飛び乗って濡れながら家へ帰ると……」 

 Gさんのこだわりは半端ではない。あの夜の父の行為を今度はGさんが忠実に再現しようというのだ。家に帰るタイミングを窺っていた職人たちも、いつのまにかGさんの話にすっかり引き込まれている。

「それから五年経って嫁さんを貰ったんですが、最初に生まれたのが息子だったので早く中学生になってくれって、いつもそればかり願っていました。そして去年の春、やっと長男が中学生に……」

 Gさんのワンマンショーはいよいよ佳境に入った。みんなは息をのんで次の言葉を待った。

「去年の夏は雨が多かったけど、天気予報が結構あたるものだから、息子はいつも傘を持って出かけるんです。まさか、傘を持って行くなとは言えませんしね」

「それで、土砂降りは来たのかしら」と妻が恐る恐る訊いた。

「何度か来たことは来たんですが、いつも条件がそろわなくて……。でも、待ってみるものですね、あれは確かお盆の十六日の夕方でした。急に入った仕事を終えて家に帰ったらいきなり夕立が来たんです。しかも飛び切り上等のゴロゴロが付いたヤツ……。女房に『せがれは?』って聞いたら、『お堀で魚釣り』、『傘を持ってるのか?』、『持ってない』、『一人か?』、『○○君と一緒』……。私は飛び上がらんばかりに喜びました。この日が来るのを首を長くして待っていたのですから。女房に『ひとっ走り傘を届けてくるからお前の自転車を貸せ』って言うと、『車で行けばいいのに』って変な顔するんですよ。『自転車でないとダメなんだ』って言うと、女房は不思議そうな顔でなにかぶつぶつ言いながら自転車を出してきました。そして傘を三本用意したんです。私が『二本でいいんだ』って言うと、『○○君も一緒だから三本でしょう?』って。当然ですよね、あの土砂降りの件は女房に話していなかったんですから。とにかく早く行かないと息子は戻って来ます。そうなると全て水の泡……。私は傘を差してペダルをフル回転させ、息子が魚釣りをしているK公園の堀へ向かいました。もう引き揚げたのではと心配でしたが、現地に着いたら丁度息子たちは堀の土手を駆け上がってくるところでした。間に合ったんですよ。私は二人の目の前で自転車を急停止させました。そして、あの日オヤジが私にしたように『ほら』と息子に傘を突き出しましたが、あの時の私と全く同じでした。友だちに遠慮して受け取ろうとしないんです。そこで『シナリオ』どおりに私の傘を『はい、○○君の分も』と言って、二人に一本ずつ傘を手渡しました。その後、オヤジの仕種を真似て自転車の向きを変えるとそれに飛び乗り、ペダルを壊れるくらい回転させて家に戻りました。すぐに浴衣に着替え、女房にビールを出させて息子の帰りを待ちました。十五分ほどしたら『ただいま』、『おかえり。お父さんがずぶ濡れになって戻ったんだよ。すぐ有難うって言いなさい』、『うん』…、女房と息子のやり取りが聞こえてきました。あの時の『借り』の残りをオヤジに返した瞬間でした」

 原作、シナリオ、演出、そして配役と、一人四役の芝居は見事に完結したのである。

 大工の棟梁は声を震わせながら「いい話だ。実にいい話だ……」と目をしばたたいた。ほかの職人たちも「光景が目に浮かぶようだ」とか「まるでドラマみたいだ」などと話しながら涙ぐんでいる。

 妻は「ところでGさん、自転車で帰る時、ちゃんと背中を丸めましたか?」と訊いた。

「勿論ですよ。あの丸い背中を真似したくて二五年も待ったんですから。それにしても顔に当たる雨があったかくて……、とても幸せな気分でした」

 私はGさんの顔をまじまじと見ながら言った。

「息子さんは『ありがとう』って言いましたか?」

「それが言わないんですよ。私の近くまで来たのは気づきましたが、そのまま自分の部屋へ……。やっぱり私のせがれですよ、全く同じ事をやるんですからね。それでいいんです」

 私はこのGさん親子の三代にわたる「とっておきの話」を今も忘れられない。父親と息子は、適度な緊張関係にあるのも悪くないような気がする。