プラトニックラブ・・・・・・・・・・・・・・・・・・大空英秋


 僕が高校三年のときである。僕はかなりの晩生で女の子には全くと言っていいほど興味がなかったのだが、同じクラスの写真部の友人がたまたま僕の元に来て、そこに偶然いた奈美とツーショット写真を撮らせろ、ということになった。今思えば偶然にしてはできすぎている。
「おい、お前ら、アングルがいいからそこに二人並べ。一枚撮らせろ」
「俺は、別にかまわないけどよお……。だけど……」
 彼女は無言のままそっと僕の隣に来た。小高い丘の上のその高校の芝生で埋められた裏庭でのことだ。西日が差し込んで逆光になっている。放課後のことで図書室に行く途中であったと思う。

 それから数日して、彼女がそのときの写真を教科書にはさんで、毎日、後生大事に持ち歩いているという流言が、僕の耳に入った。僕は女の子をまるっきり知らなかった。学校祭のフォークダンスで手を握ったくらいで、キッスもしたことがなかったし、エロ本も読んだことがなかった。晩生すぎると思われるかも知れないが、マスコミの言うほど、僕は、性に関して開けてはいないはずだ、と思っていたし、今でもそう思っている。たぶんあるとすれば一部だし、マスコミはセンセーショナルな部分を取り上げる嫌いがある。その方がおもしろいからだ。

 その日、僕はかなり迷ったすえに、彼女を勇気をふりしぼり、お茶に誘った。もちろん彼女は快諾してくれて、高校近くに新しくできたログハウス造りが売りものの喫茶店へ行き、僕は、無理をして、コーヒーをブラックで飲んだ。今思うとおかしな話だ。彼女はココアだった。
「これからさぁ、待ち合わせて一緒に下校しないか? バス停も俺の家から近いし、家に寄ってってもいいぜ。」
 彼女は頷いた。それはもしかしたら、ココアを啜っただけかも知れない。それでもその翌日から僕らは一緒に下校するようになり、時として彼女は僕の家にも寄った。そんなとき、何をするでもなく、ただ僕の好きなレコードを聴いたり、僕の弾くピアノを、彼女は気持ちよさそうに聴いたりするだけだった。
 母は少し心配していたようだ。母は、僕が女の子を連れて来ることは今までなかったし、大学受験に影響があってはというのも手伝ってだと思うが、かなり心配していたのは確かだ。
「英秋、大切なとき、大切なとき」と何度も聞かされた。
 ところが逆に彼女の存在が僕の励みとなって、僕は勉強に力が入り、成績は上っていくではないか。
 そんなことがあり、母は僕らをとやかく言わなくなったし、返って奈美を快く向かえてくれるようになった。女同士とは不思議なもので、僕の知らないうちに二人は仲良くなった。何を話すかと言えば、大抵は僕の悪口だ。

 バレンタインデーに初めて僕は、母以外からチョコレートをもらった。その日は日曜日だったが、彼女が家まで届けに来てくれた。僕はそのチョコレートを食べることができず、机の奥にしまい込んだ。笑ってしまうだろ?
 彼女のことと言うとそんな淡い思い出しかない。下校の道程と一緒に聴いた音楽とバレンタインのチョコレート。初めての異性とはみんなそんなものかも知れないと、僕は思うのだが、それはあまりにもロマンチックすぎるかも知れない。そしてその恋は知らないうちに消えてしまったが、本当に好きだったよ、奈美。
 たぶん、彼女は元気なオバチャンになっているだろうと、思う。あのときの歌のブロンズ像が、この街のあるホテルに飾ってあるよ。
 ♪汗臭いシャツを脱ぐ……。
 誰かに聞いているかな? 誰か僕がそう言っていたと、彼女に伝えて欲しい。そうすれば僕のあのときの恋を終わらせることができると、思う。そのせいで僕は、独身なのだから……。だけど、彼女を求めているわけでは決してないから、ご主人には怒らない旨、誰か伝えてくれ。
 もちろんこれはペンダコしかない男の戯言だ。今夜も眠れそうにない。眠らない生活を仕事上し続けたせいで、僕は不眠症になってしまった。それは誰もがあこがれるテレビ局の仕事で、東京で頑張ってきたんだ。暇があればペンで身を立てようと書いてきたし、残ったものは……。
(2010)