四畳半のプラネタリウム ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大野水絵





「ね、三人で撮るのはやめにしない」

「どうしてえ」

 私の顔を覗き込み、平和ちゃんがくすくすと笑った。ファインダーに向かう三人の少女の、真ん中に私が位置していた。

「信じているわけではないんだけれど……」

 私は、こういうことに敏感だった。

 もう一人の友人が提案をした。

「ねぇ、二人ずつ、撮ることにしない!?」

 その子だって嫌なのである。

「なに言ってるの、迷信よ。……分かった、私が真ん中になる」

平和ちゃんが間に入り、「これでどうォ」と、顎を反らせ、私と友人を交互に見た。

 その写真を撮ったのは、小学校の遠足のとき。五年か六年生のときだった。

 幼馴染みであるはずなのに、集合写真を除いてしまえば、彼女と撮ったのはそれだけである。同じ市営住宅に住んでいたのに、複雑な家庭環境の子だったために、遊んではいけないと言われていたのだ。

 彼女の父違いの兄は極道に属し、時折彼が帰って来ると、場違いな感じの黒塗りのベンツが、家に横付けされていた。その姉はと言ったなら、結婚詐欺師との噂だった。平和ちゃんは、母の再婚相手を父とする、年子の三人兄妹の末っ子だった。

 三人とも父親に似て端正な面立ち。頭も存外良かったのである。平和という風変わりな名は、共産党員であった父親が、安寧な世を願って付けたのだという。しかし彼女の人生は、決して名前通りには行かなかった。

 最愛の父は小学四年生のとき、やくざに刺されて死んでしまった。

 異質なものに惹かれた私は、両親に嘘をつきながらも、彼女の家に遊びに行った。

 借金取りから身を隠すため、快晴でも雨戸を閉めきった家には、万年床がのべられており、卓被台には食器が散乱していた。饐えた臭いと徴臭さ、鯨のお腹にいるようだった。

 彼女の父が亡くなってからは、その骨壺が棚にあり、部屋に入るとまず先に、その骨壺と目が合った。

「こんにちは」

 そう言うのが礼儀に思え、いつもそう言い、頭を下げた。

 ある初冬の晴れた日のこと、彼女が思わせ振りに微笑みながら、布団の上でこう言った。

「今からプラネタリウムをやるからね」

 立て付けの悪いガラス戸に手をかけ、躓きながら開けるのだった。

「雨戸の方をじっと見ていて」

 古びた薄茶の木製の雨戸を、私は怪訝な思いで眺めていた。

 カチッ。背後で電気が消えた。すると、幾つかある小さな穴から、トパーズの光が差し込んで、プラネタリウムのように見えるのだった。

「ほんとだ。昼間なのに星が見える」

 はしゃぎながら私も言った。

「最初は虫が空けた穴だけだったけど、面白そうだから私が足したの」

「お母さんに叱られなかった?」

 彼女が時折肌に持つ、紫の痣を想いながら訊いた。

「そりゃあ、もちろん怒られたよ」紫の記憶が色を増す。

「だから普通はテープを貼ってる!」 悪怯れた様子など一つもなかった。

「兄ちゃんの部屋には、穴が一つだけあって、そこから朝日が差し込むと、景色が逆様になって見えるんだよ」

「嘘だあ」

 ピンホールの原理など知らなかった私は、即座にそれを否定した。

「嘘じゃないよ、本当だよ」

 彼女はムキになって主張したが、私はそれを信じなかった。

 彼女の自慢は父親の蔵書で、不相応なほどたくさんあった。内容こそ解らなかったが、マルクスやレーニンという人の名を、私は彼女の家で知ったのである。

 しかしそれらの書籍群も彼女が中学に入る頃には、すっかり姿を消していた。代わりに三部屋しかない住宅は、二度目の出戻りとなった詐欺師の姉が、子供を連れて戻ってきたため、六人の大所帯になっていた。

 家庭がしっかりしていれば、高校にも進学出来たであろう。しかし彼女は中学を出ると、看護婦になると言いながら、東京の看護学校に行ったのである。



 人生の新しい数ページを捲り、半年が過ぎた秋の日のこと、彼女がひょっこり現われた。華やかな洋服に身を包み、顔には化粧が施され、垢抜け、とても大人びて見えた。

(ああ、東京の人なんだ……)

 胸で、ひっそり呟きながら、東京という街に恋焦がれ、部活で日焼けした自分のことを、ひどく田舎臭く思ったのだった。

 彼女は微笑み、自慢げに言った。

「今ね、歌手になる勉強をしてるの。有名な先生についてるんだよ」

 ある作曲家の名前を告げた。

「すごい!」

 テレビでも目にする人だったため、私は即座に拍手した。

 聞けば、街角でスカウトされたとのこと。色白で、美しい少女だつたから、そう言われても驚かなかった。

 時代は『スター誕生!』の頃。

 ところがそれから数か月ほどして、彼女は郷里に舞い戻っていた。歌手になる夢は露と消え、ホステスをやっていると人伝てに聞いた。その噂に私は戸惑い、同じ界隈に住みながらも、最早別世界にいるのだと、一線を引き会わなかった。

 そんな十六歳の冬である。恋人と夜明けのツーリング中、暴走した挙げ句電柱に激突し、彼女は炎上して人生を閉じた。

 私が初めて耳にした、同級生の訃報だった。

『三人で写真を撮った場合、真ん中の人は短命になる』

 馬鹿げた迷信だと思いつつも、三人を避ける習性を、私は今でも持っているのだ。