壮大な夢の陰で・・・・・・・・・・・・・・・・・・松本郁子


 二年程前のある朝、出勤の仕度をしながら見ていたテレビのニュースで、宇宙へ行く『軌道エレベーター』のことを知った。
 宇宙を目指すエレベーターは、宇宙旅行の父・コンスタンチン・E・ツオオルという人が一八九五年に着想した。
 その計画が具体的に動き出したのは、一九九九年のことだ。NASAで開発が始められ、日本にもJSEA(宇宙エレベーター協会)ができている。
 二〇一八年四月十二日が開通の予定となっている。かかる費用は莫大で、一ヶ国ではまかないきれないといわれている―と、インターネットにある。
 もし、二・三日前に同じくインターネットのニュースで『トイレ・サミット』のことを読んでいなければ、学生のころサイエンスが苦手だったわたしが興味を持つ話題ではなかった。
 世界保健機構(WHO)の調べでは、現在推定二十六億もの人々が正式なトイレを使っていない。
 世界の人口は約六十八億だから、およそ四割の人がトイレのない生活をしていることになる。その半数以上の人は中国とインドに住んでいるのだそうだ。
 中国は人口約十三億で世界一位、インドが約十一億で世界二位。もともと人口の多い二ヶ国ではある。
 偶然にも二十六億の半分は、中国の人口十三億に匹敵する。十三億の半分、六・五億を中国とインドで受け持つと中国では五割、インドではなんと六割もの人々がきちんとしたトイレを使っていないということになる。
 勿論、それほど単純ではないだろうし、中国もインドも経済成長の著しい国である。トイレも改善されているだろう。
 トイレ・サミットとは、全ての人々が衛生的なトイレを使えるようにするために、四十ヶ国から保健・公衆衛生の専門家が集まって方策を練っている会議だ。
 わたしが、インターネットのニュースで読んだのは、二〇〇八年十月三十一日から四日間、インドのニューデリーで開催された第七回のサミットだった。
 トイレ・サミットとは、カースト制度に反対しているインド人、ビンディシュワル・パタク(この人自身はカースト最高位、バラモンに所属している)が、国際場ボランティアNGO「スラブ・インターナョナル」という組織を立ち上げ活動が開始された。二〇二五年までに、全ての人々にトイレを普及することを目指している。
 不衛生な状態での排泄は水質を汚染し、病気の原因になる。ビンディシュワル・パタク氏は「一般家庭での排泄物を処理していた最下層の人々(カースト以外の人々、アウト・カースト、ダリッドなどと呼ばれる)がいなければインド人は疫病で死に絶えていただろう」と言っている。
 都会に暮らすインド人は、自分のカーストを知らない人も増えているらしいが、根強い差別意識はそう簡単にはなくならないだろう。
 パタク氏は重要な仕事をしてきた人たちに対する社会的差別への怒りを活動の原点としているようだ。
 宇宙エレベーター≠ニトイレ=Aこの二つのニュースを付き合わせ、私は暫し感慨にふけってしまった。
 かつて、手塚治虫らが描いた空想化学マンガや、一〇〇年以上も前に生きた人が考えていた壮大な夢が現実のものになろうとしている。その同じ時代に、世界の四割の人が、夢どころかトイレもない暮らしをしている。
 しかも、宇宙エレベーターの開通より、全ての人へのトイレ設置目標が七年もあとなのだ。このアンバランスさは何だろう。
 子どものころ、母の実家には行きたくない場所があった。それは、風呂場から外へ出る扉を出て、二・三歩のところにあったトイレである。
 外にも中にもろくな電気も付いておらず、昼も夜も薄暗かった。私は、魑魅魍魎の棲家のように思っていたように思う。
 板をくり抜いただけの安直な造りで、便器もなかったと記憶している。四十年も前の東北の片田舎の話だが、それでもそれ≠ェない生活というものをしたことがない。
 軌道エレベーター≠ニトイレ≠ヌちらが大切かはわたしにはわからない。ただ、たぶん広義には弱い人が犠牲になっていること、軌道エレベーターを大気圏から脱出させるずっと手前の費用でパタク氏らの目的は達成されるだろうとは思う。
 トイレのない生活をしている人は、貧困層や文明の入り込んでいない未開の地の人がほとんどだろう。貧困や病気などを望む人はいない。それは、貧困に直面している人たちも、現代文明に毒されていない人たちも同じはずである。
 わたしは、トイレだけでなく教育というものも全ての人に普及する必要があるのではないかと思う。何故なら、望まなくとも慣れるということがあるからだ。不衛生なことが当たり前ではないということ、保健や栄養の知識を浸透させることも大切ではないだろうか。
 ところで、宇宙に向けて一機目のエレベーターが発進されるとき、世界中で正式なトイレを使っていない人はどれくらいになっているのだろうか。
 二十億人か、十五億人か、五億人か、パラク氏らの目標が達成して零か(いや、パタク氏の目標達成は七年後だ)それとも―。
(2010)