アイドルになった妹 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 林香織




 この時期、テレビで入学式や入社式といった話題をよく耳にする。我が家でも三人姉妹の真ん中の妹の職場では、新人が四人入ったそうだ。私は、そんな話を聞きながらふと去年の今頃のことを思い出していた。

 私の三人姉妹の真ん中の妹は、去年の四月からN大学病院で看護師として働き始めたのである。最初は、あこがれの看護師になれたことで、期待に胸をふくらませ、毎日楽しそうに出勤していた。私は、その様子をどこか羨ましい気持ちで見ていた。本当は、同じ時期に社会人になっているはずだった。だが、私は生まれつき持っている身体障害が四年前から悪化してしまい、働くことが難しく就職できていないからである。

 しばらくすると妹は、理想と現実のギャップに苦しむようになり、毎日のように「やめたい、やめたい」と言い、食欲もなくしてしまった。やはり、医学技術の進歩しているところでは、それだけ仕事もきついし、毎日勉強して知識を詰め込まなければいけないのだからかなり大変だろうなと思う。私と母は、そんな妹を元気づけようと昼ご飯を持って、妹が住むマンションに遊びに行っていた。現在もそれは続いているが、最近では近くのショッピングセンターで、買い物を楽しんだりしている。最初の頃は、妹を元気づけるためだったものが今では三人の楽しみになっている。妹は、私達に会うと毎回、機関銃のように次から次へと喋り続けている。私はその様子を見て、そうとうストレスが溜まっているんだなといつも思う。そしてこれには私も母も感心させられるばかりだった。

 半年が過ぎ、ようやく仕事にも慣れてきたのか「やめたい」と言う言葉を妹はほとんど口にしなくなった。私は、仕事に慣れてきて少し余裕が出てきたんだなと感じた。そしてこの頃から、勤務態勢も変化し、夜勤が入ってくるようになったのである。

 夜勤をやり始めたころは、いろいろな失敗をしたらしい。例えば、見回りの時に静まりかえった廊下でペンライトを落としたり、尿器を落として割ってしまうといったことである。ここに上げたほかにもまだまだ沢山失敗をしてしまったようだ。中でも私がすごく笑えたのは、扉が半開きになっていて、その空いた扉で鼻のてっぺんをぶつけてしまったという話だ。想像しただけでもすごく痛そうだ。妹の鼻のてっぺんは、しばらくの間赤鼻のトナカイのように赤くなっていた。この状態で、毎日仕事に行かなければいけなかったので、かなり恥ずかしかったようだ。そして、妹は失敗をして先輩にすぐ怒られてしまうという理由からか患者さんから「くれよんしんちゃん」とあだ名を付けられてしまったそうだ。その話を聞いたとき、私はよく患者さんは観察しているなと感心してしまった。暫くその話題は、家族の中で盛り上がった。その話題が出るとき、妹は「いつも患者さんに癒されているんだよ」ということを口にしていた。そのあだ名はしばらくすると消滅し、現在では「十四南のアイドル」と呼ばれているらしい。

 私が妹に「何でそんなあだ名が着いたの?」と聞くと妹は「十四南っていうのは、私が働いている病棟のことで、アイドルっていうのは笑顔が可愛いからだよ」と教えてくれた。私は「へー。 くれよんしんちゃんからすごく成長したね」と言った。私は、このあだ名の変化で日々、妹が成長していることが分かり、どこか自分のことのように嬉しくなってしまった。そして妹は、「最近、患者さんから生き甲斐は何ですか? て聞かれたことがあるんだよね」と私に話してくれた。私は、「それでなんて答えたの?」と聞いてみた。すると妹は、「仕事が生き甲斐って言えるようになりたいです。と答えたよ」

「それはすごいね。前まであんなに辞めたいって言ってたのに」

「うん、最近は仕事が楽しくなって来たよ」と妹は言った。私はそれを聞いて、看護師という仕事に妹はやりがいを感じてきたんだと思った。それに、前よりもだいぶ余裕が出て来ているようにさえ思えるのだった。最近では、夜勤明けも寝ずにそのまま友達と遊ぶということが多くなっている。それから、最近では妹は毎日、職場にお弁当を自分で作っていっているという。この前妹が、家に帰ってきているとき、こんな出来事があった。母が夕食の準備をしていて、菜の花の和え物を作っているときのことだ。母が、「菜の花の和え物作ったんだけど持って行く?」と妹に聞いている。私は、絶対妹はそのようなものは食べないからお弁当には入れないだろうと予想していた。しかし、妹は私の予想とは違い、「持って行く」と言い出したのだ。それには、私はかなりびっくりしてしまい、「本当に持って行くの?」と思わず聞いていた。そしたら、「緑の野菜が入っているか入っていないかではお弁当の見栄えってだいぶ変わるんだよ。この前なんて、みんなからそのお弁当可愛いって褒められたんだよ」と喜んでいた。私は、その話を聞きながら本当にお弁当づくりにはまっているんだなと思った。それに、自分で作ったのが人から褒められたりされるとやる気がわいてくるものだと思った。そんな妹も今年から二年目に突入する。今年も一年頑張ってほしいなと思った。

 こうして一年を振り返ってみて、働き始めたばかりのころはこのさき大丈夫かなと家族みんなが心配していた。しかし、辛い時期を乗り越えて働き続けることができてよかったと私も家族も思っている。私は、そんな妹を誇りに思っている。これからも私は、こうして毎日頑張って働く妹を応援し続けて行きたいと思う。