翼 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 榎本まさる




 二〇〇年、一月十五日、夜、埼玉の小さな葬儀場に私はいた。

 そして、この日初めて私は孫の翼と対面した。

 小さな柩に納められた翼を見詰めながら、私はりりしく整った顔立ちが何年もの間、この世に生きていたように思われた。

 葬儀場の夜は静寂をたもちながら時間が過ぎていった。

 久し振りに会った妻と翼の母親である娘は私と翼を残して一旦自宅にもどっていった。

 私は翼との最後の時間を大切にしたいと思った。

 柩の中の翼の顔を見詰めながら私が翼に話しかけると、翼からも語りかけてくるような気がして、その思いをここに書留めてみました。

 後半の『翼からの手紙』は、一年後、天国から、翼の今の心境をかたっている様子を書きしるしてみました。



 翼

 初めまして!僕は、岩井翼です。一九九九年十二月十七日に生まれました。その時、お父さんとお母さんは、僕に翼という名前を付けてくれました。僕は、とっても嬉しかった。

 僕は、声に出して、お父さん、お母さんと呼ぶ事は出来なかったけれど、二人のはだにさわられる事がなによりも幸せな思いでした。

 こんなにやさしく包まれながら、あまり長く生きる事が出来なくてごめんなさい。でも僕は、一目、お父さんと、お母さんに会えただけでも満足させてもらっています。みんな泣いてくれるけど、あんまり悲しがらないで下さい。それよりは、僕の事を時々思いだして一生忘れないで下さい。ほんとうは、もっと長く生きて、お父さん、お母さんと、いろいろおしゃべりしたり、わらったり、泣いたり、しかられたりもしてみたかった。こんな事を言って、わがままな僕をゆるして下さい。

 お母さんは、僕を生む為に三ヶ月以上も病院に入院して苦しい思いをさせてしまいました。ガンバッテ、ガンバッテ僕を生んでくれた。でも僕は、普通の赤ん坊より小さすぎて心臓に穴があいていたのですぐには退院させてくれませんでした。お母さんは毎日僕の為に病院にきてくれて、心配ばかりさせてごめんなさい。なんて僕は親不幸な赤ん坊なんでしょう。でも、お父さんとお母さんのまわりにいる人は、みんないい人なので僕は安心しました。僕は手術をしてもらいましたが、生きる事は出来ませんでした。みんな泣いてばかりで僕もさびしくなってきちゃいますよ。みんな、明るく楽しい顔を見せて下さい。僕も一度わらってみたい。おいしい物も食べてみたかったし、遊びもしてみたかった。でも僕は、こんなに幸せな気持になれてほんとうによかったと思います。それに僕のお墓は、お母さんのおじいちゃんが一人でいる所に入れてもらえるので、たのしみにしています。

 まだ会った事がないお母さんのおじいちゃんは、とってもやさしい人だったってみんながおしえてくれました。僕の事も気に入ってくれたらいいなあーて、ちょっと心配ですけど、あまえてきます。お父さん、お母さん、これからは二人揃って仲良く楽しい人生を送って下さい。そして、後でいろいろな話を僕に聞かせて下さい。さようなら

 岩井翼



 翼からの手紙

 お母さん、毎日健康で元気にしていてくれますか?この前に会った時には、僕の為に悲しい思いをさせてごめんなさい。あの時は、いろんな人と会って、とても嬉しかった。だって、皆始めて会った人達ばかりだったから少し緊張しちゃった。僕は話は出来なかったけれど、みんないい人ばかりですね。僕が今いる所も、優しい人達が沢山いて、とても、楽しい所ですよ。お母さんが、今迄会った事もない人もたくさんいますけれど、みんな、お母さんの事を良く知っていて、僕に色々な事を教えてくれます。僕は、お母さんの事は何も知らないで、ここへ来ましたけれど、今では、何でもお母さんの事がわかる様に感じます。皆はお母さんの事を褒めてくれていて僕は、とっても嬉しいです。今、お母さんの優しさの中で育てられたら‥‥なんて、そんな事を言ったら、又、お母さんを悲しませちゃいますね。ごめんなさい。あまりお母さんに甘えているとお父さんがやきもちやくかも知れませんね。僕の名前の「翼」は、お父さんが好きな本の主人公なんですってね。僕、とっても気に入っています。ここにいる皆、僕の事「翼ちゃん」て言ってくれて、可愛がってくれているんですよ。おじいちゃんなんかは僕のそばから離れないで、いつも近くで見守ってくれています。おじいちゃんもお母さんの事、可愛くてしかたがなかったって話しています。僕は一人じゃないから、心配しないで下さい。でも、たまに僕の事思い出して、心の中で話しかけて下さい。僕は楽しみにして待っています。そして、又赤ちゃんを生んで可愛がって育てて下さい。もしかしたら、神様がもう一度、お母さんのそばにいかしてくれるかも知れませんね。そうなったら僕は良い子になりますよ。もう一度お母さんに抱かれて、いろんな事を教えてもらって、たまには叱られたりして、そんな贅沢がしてみたいです。また無理な事言っちゃってごめんなさい。いつまでも忘れないで下さい。

 そして、健康で長生きして、皆、仲良く人生を生きて下さい。又、お手紙書きます。

 さようなら

 お母さんの翼より

 二〇〇一年・一月